罠
「…」
相変わらずだんまりか。
謎の多い少女だ。
「お前もミノタウロスを倒したんだよな。皆戦い方がうまいって褒めていたぞ」
「どうでもいい」
全く興味がないといった様子でそっぽを向く少女。
ふぅ…。こりゃまともにコミュニケーションを取る気はなさそうだ。
俺を見ていた理由も教えてはくれないだろう。
「そうか。邪魔したな」
そう言って俺は移動する。
ちょうどその時、100人目の参加者がミノタウロスに敗れたところだった。
「どうやら終了したようなので、予選を突破した方以外はお帰りくださいね~」
そう言うと、負けた参加者たちは帰っていく。気絶して動けない人達も中にはおり、それらは警備兵達が運んでいった。
そして残ったのは俺を含め8人。皆鍛え抜かれた体をしており、生傷も絶えないことから修羅場を乗り越えてきた猛者だと判断できる。
女性は、にっこりと笑顔を浮かべながら説明に入った。
「では続いて、準決勝の説明に入りますね~。
準決勝では、2人ずつ対戦をしてもらいます~。
予選と同じく制限時間は10分。その間に相手に降参させるか、相手を気絶させて行動不能にすれば勝ちです~」
なるほど…単純明快で闘技場らしくなってきたな。
だが、次に女性はとんでもないこと言い出す。
「まあですが、もし仮に相手を殺しちゃったとしても勝ちになりますので~皆さん、気を入れて頑張ってくださいね!」
「なるほど。相手を殺してもいいのか。それなら遠慮はいらねえな」
おいおい…殺すのもありなのか。
しかし、流石は予選を突破してきた猛者たち。そのルールを聞いても異を唱えるものはいなかった。
「では、戦う相手を言っていきますね~」
そうして女性に指示され、戦う相手が決まっていく。
「続いて、ミーニャ=ベリーさんとエビル=ディアブロさん~」
毒舌少女が立ち上がる。
どうやら俺は少女…ミーニャとは相手じゃないらしい。
「ロルフ=ティーニッヒさんとロイシン=リゲルさん~」
俺の名前が呼ばれ、相手とご対面する。
「ほぉ、てめぇが相手か…。これは楽しみだな。ぶっ殺してやるから覚悟しろよ」
ずっと俺に絡んできた男だった。
女性を見れば、俺の方を見て微笑んでいる。
まさか、こうなるように調整したんじゃないよな…。流石にそれは考え過ぎか…。
「では、ロルフさんとロイシンさんは会場内へ入ってください~」
おいおい…いきなりかよ。
ロイシンは肩を回しながら意気揚々と会場内へと入っていく。
続いて俺も中へと入った。
「おおっと、準決勝第一試合は、あの華麗な戦いぶりでミノタウロスを倒したロルフ選手と、惜しくも倒せなかったものの、最後まで互角のいい勝負を見せていたロイシン選手だ~~!!
これは見ものですね~」
そうして司会者の長ったらしい説明が終わったあと、試合が始まる。
「ちっ…まぐれで勝ったからって調子に乗るんじゃねえよ!!」
いきなりそんなことをいいながらロイシンが襲ってきた。両手に大太刀を持ち、あれで斬られたら一瞬でお陀仏だろう。
ロイシンは、俺の頭めがけて大太刀を薙いだ俺はそれをかわすと、腹を思い切り殴りつける。
「おぐっ…!? てんめぇ…舐めやがって!!」
剣を使わない俺に腹を立てたのか、怒り狂って大太刀を振り回すロイシン。
が、俺は想像していたよりもかなり弱いロイシンに落胆していた。
なにせ、ミノタウロスと互角の勝負をみせたのだからな。
だが、こいつの攻撃速度も、移動速度も何もかもがミノタウロスには遠く及ばない。はっきり言って、こいつこそまぐれで予選を突破できたんじゃないだろうか。
「正直もっと強いかと思ったが…。残念だ」
「なにを…!!」
「悪いな。こんなところで時間をとっている暇はない。早急に決めさせてもらうぞ」
そう言うと俺は構えを取る。
「おおっとロルフ選手、いきなり構えを取り始めました~!! 今回は剣を使うことなくきめるつもりなのでしょうか!?」
「ちっ…!! ふざけるな!!」
ロイシンが痺れを切らして斬り殺しにくる。。
俺は大太刀を軽々とかわすと、まず脇腹を一発殴る。続いてすねを一発蹴る。
最後に顎を一発、下から持ち上げるようにして殴った。ロイシンはそのまま後方に飛ばされ、崩れ落ちる。
会場が今までにないほど沸き立った。
「ロルフ選手、またしても魅せる試合をしてくれました~!!
それに対してロイシン選手、ロルフ選手に手も足も出ずに負けてしまいました! 皆さん、勝者に盛大な拍手を!」
そうして俺は沸き立つ会場を後にした。
室内に戻ると、男達が驚きの声をあげる。
「え、もう終わったのか!?」
「早すぎる…」
「ふん…」
視線を感じつつ、俺は長椅子に腰掛ける。
あまり長くすると疲れるので、さっさと試合を終わらせたが…流石に少し相手には申し訳ないことをしたな。
しかし、武術なんて久しぶりだったものの、体が覚えていてくれたので良かった。
続いて、3ペアの試合が行われ熱い戦いが繰り広げられた。
俺はその様子をじっと見ていたが、やはりその中でもあのミーニャという少女の素早い動きには目をみはるものがあった。力こそ男にはかなわないものの、素早い身の動きに男はついていけずどんどんダメージが蓄積していき、最後は致命傷を突かれ倒れてしまう。予選といい見事な戦いぶりだった。
準決勝が終わったあと、少しだけ休憩が与えられた。皆は水分補給をしたり、軽食をとっている。
俺は特にすることもないので腕を組みながら休憩が終わるのを待つ。一人でいるイリアの事が少し気になったものの、目の前にあの少女が立っていたことでその思考はかき消された。
少女は俺を睨みつけるようにしてこう言った。
「決勝戦は必ず私が勝つから」
それだけ言うと少女は去っていく。
俺にだけそれを言ったということは、俺を一番警戒しているからと見ていいのだろうか? もしそうだとしたら、相応の期待に応えねばならないだろう。
「はい。では休憩も終わったところで、決勝戦のルール説明をしたいと思います~」
その声に、俺達4人は女性に顔を向ける。
「ルールは至って簡単。皆さんにはこれから一斉に会場に入り、乱戦してもらいます~。
30分という制限時間の中で生き残っていた人が優勝となります~。逃げ回って勝ったとしてもそれは無効となるのでご注意くださいね~」
…まさに決勝戦にふさわしい試合だ。
だが、これを勝てば金貨100枚。それだけあればイリアに好きなだけ服を買ってやれるし、もっと栄養価のある食べ物も買ってやれる。当分は安定した生活ができるだろう。
だから俺は負けるわけにはいかない。
「では、皆さん、中へお入りください~」
そう言われ、会場内へ入っていく。
俺達4人はお互いが一定の間隔になるまで離される。
「さあでは、この中で最後まで生き残るのはいったい誰なんでしょうか!? それでは試合、始め!!」
そして、最後の戦いが始まった。
「うおおおおおおおおおおおおおぉぉっ!!!」
試合が始まると同時に、前方にいる男が雄叫びをあげながら俺に突っ込んできた。
「こういうのは先手必勝なんだよ!!」
「ちっ!」
俺は鞘から剣を抜くと、猛スピードで走ってくる男を迎え撃とうとする。
…が、敵は1人だけではなかった。
「やっぱさっきの戦いぶりを見てもお前が一番厄介だと思ったんだよなァ!!」
背後からもう1人の男も迫ってきていた。
ちぃ!? この2人、組んでいたのか。
恐らく、俺を倒した後に改めて戦うのだろう。だからそれまでは共闘するというわけか…。
距離を取ろうにも、挟まれているためどちらに行っても同じだ。が、どちらかに進めば少しだけ1人と相手にできる。
だから俺は前方の男めがけて走っていく。
「ほう、俺の方が弱そうだから狙ってきたのか? だが、そう簡単にやれると思うなよ!!」
「いいや、逆だ。強い奴を先に潰しておけば、後後楽になる」
「なるほど、そりゃ光栄だ…ねぇっ!!!」
男のレイピアが俺の脳天を貫こうとするのを俺は寸前のところでかわす。軽い分、速度には申し分のないレイピア。あれで突かれたらかなり痛いだろう。
俺は脇腹を斬るべく剣を横に薙いだ。男も寸前のところでかわす。そうして一瞬後ろに間合いを取ろうとした男に、俺は間髪入れず空いている方の手で脇腹を殴る。男の着ている鎧にヒビが入った。
「いってぇ!!」
俺はひりひりと痛む手を我慢しながら、ヒビを入れた場所めがけて剣を振る。
「なっ!? 鎧が__」
鎧は音を立てて割れてしまった。
俺は男が動揺している隙に、一気に畳み掛けるべく丸裸になった場所めがけて剣を振った。男の脇腹から血が流れ出るのを無視し、続いて顔面を殴りつける。
少々手荒になってしまったが、ああしないと俺が殺られていた。あの男は俺を殺す気満々だったからな…。
だが、油断してはいられない。
まだもうひとりがいるはず。
俺は素早く振り返ると、体制を整える。だが、そこで俺は驚くべき光景を目にした。
「ぐああっ!? このアマ…!! ちょこまかと…」
あの少女が男と戦っていた。
そうだ。こいつもいたんだった…!!
少女は、男を容易く仕留めるとこちらを振り返る。
「はっ…。やっぱそうなるよな…」
決勝では絶対にこいつと戦うだろうと思っていた。
少女は俺を睨みつけ、こう言った。
「後はお前さえ倒せば…終わりだ」
「そうだな。だが、俺はそう簡単には倒されんぞ」
まるでどこかのボスキャラみたいなセリフを吐く俺。
俺はいつ来てもいいように身構えた。
「私は…優勝しないといけないんだっ!!」
そう言うと今までの男たちとは比じゃないくらいのスピードで俺の方めがけて走ってくる。
「たああっ!!」
「ふっ!」
ミーニャの短剣を剣で受け止めると、俺はすかさず蹴り飛ばそうとするが、すぐにミーニャは間合いを取り再び攻めてくる。俺はかわしたり、受け止めたりしているうちに徐々に後退していった。
ミーニャの短剣の切っ先と俺の剣の切っ先がかち合い、つばぜり合いのような形になると、俺はこう言った。
「ところでさ、お前のそのフード。視界が狭まって戦いにくくはないのか?」
「全然!それこそお前程度の奴と戦う分にはね!!」
そうして何度も斬りつけようとしてくるミーニャ。それを全て受け止める。
「へぇ~なるほど。じゃあ、フードを外したくなるぐらい俺も頑張らないとな!!」
そうして俺とミーニャの斬り合いは続く。
お互い、一瞬でも気を抜けば倒されるという緊張感。
疲労もかなり来ている。
だが、この少女が優勝しなければいけないというふうに、俺もまたこの勝負には絶対に勝たなければならない。
そうしてどれぐらい斬り合っただろうか…、そろそろ制限時間も気になってきた頃、ミーニャは叫ぶようにしてこう言った。
「はぁ…はぁ…。何なんだお前は…! これだけ私の攻撃をくらっておいてまだ立っているなんて…! さっさと死になさいよ!!」
「わりぃな…。奴隷が見ているんだ。主人である俺が、ここで無様に倒されるわけにはいかない」
少女の悲痛な叫びを、俺は受け入れることはなく再び攻撃に転じる。
そうして、お互いが斬りつけようとしたその時、突如ゲートが開かれた。
「…何で突然ゲートが?」
「いや、わからない…」
俺達は一旦攻撃をやめ、お互いに少し距離を取ると突如開かれたゲートに困惑を示す。
俺はゲートの方を注目しつつ、横目でミーニャを見ながらこういった。
「なぁ、ミーニャといったか。なんだかすごい嫌な予感がするんだが気のせいか?」
「気安く名前を呼ぶなこのゴミ虫…といいたいところだけど嫌な予感には同意するわ」
「おい、なぜ突然ゲートを開けた!!」
俺は司会者に向けて疑問を飛ばす。
…が、司会者は不敵に微笑むだけ。
そして、俺達の嫌な予感は見事に的中した。
『グルルル………』
ゲートから姿を現したのはミノタウロス。
俺達が予選で相手にしたのより更に1回りでかい。
更に、それだけではなかった。
「なっ! もう1体…!?」
なんとミノタウロスは1体ではなくもう1体いた。
そして、司会者は白々しくこう言った。
「おおっと~? ゲートから2体の乱入者登場だ!! これは面白い展開になってきたぞ~!」
そうして沸き立つ会場だったが、俺達は呆然としていた。
「まさか、あれを相手にするの…?」
「どうやらそうらしい…。はは、こりゃ嵌められたな」
「嵌められた…? どういうことよ」
「言葉の意味だ。この大会の主催者は、最初から優勝者に金貨100枚なんてやる気は毛頭ないらしい。
ほら、周りを見てみろ」
俺の言葉に、ミーニャが周囲を見渡す。
「あぁっ!? 出口が…!!」
戦いに集中していたあまり気が付かなかったが、
2箇所あった出口が鉄柵によって塞がれていた。
「こうして俺達を戦わせて疲弊させたあと、ミノタウロスと戦わせ、事故に見せかけて俺達を殺すことで優勝者自体をなくすつもりだ」
「何よそれ……」
くっ…。まさか軽いノリで受けた試合がこんなことになるなんてな…。
後悔しても後の祭り。
ミノタウロスは黒い目を不気味に光らせながら、俺たちめがけて走ってきた……!!