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伝巧堂遊戯  作者: 時雨煮
2/4

 駅前の小さなロータリーを離れて、鷹匠(たかじょう)さんの先導で線路沿いの商店街を歩いていく。わずかにカーブしている道には、雨でも結構な人通りがあった。

 和菓子屋に喫茶店、服屋やクリーニング屋なんかを通り過ぎつつ、ふと疑問に思ったことを訊ねてみる。


「そういえばさ、昼休みに聞いてたんだったら、教室で声かければ良かったんじゃない?」

柏木(かしわぎ)くんが、ひとりになる機会を狙ってたんですけど」


 ずっと誰かしら一緒に居たので、声を掛けられなかったのだと彼女は首を振った。殺し屋か何かだろうか。

 放課後も、ちょっと目を離した隙に教室から居なくなっていて、慌てて追いかけてきたらしい。


「そんな気にすることないのに」

「でも、体育会系はちょっと怖くて」

「ハカセ、っと、大木戸(おおきど)はいい奴だと思うけどなあ」

「そうかもですけど、どうもジョックスは苦手なので……」


 よく分からないことを言いながら、鷹匠さんは細い脇道へと入っていく。

 ゆるやかな上り坂の左右には大きな木が生えていて、雨空の下でもさらに薄暗かった。路地には他に誰も歩いておらず、一転して寂しい雰囲気に包まれていた。

 古い民家を何軒か過ぎた先に、これまたいかにも古風な建物があった。


「えっと、ここ、です?」

「なにゆえそこで疑問形なのさ」

「あ、いえ……変、じゃないですか?」


 自信なさげに問われて、改めて目の前の建物を観察してみた。

 しっかりした瓦屋根は雨に濡れて黒く光っている。白い壁や小さな窓、濃い目の色の柱にしても、特におかしなところは見当たらない。


「変っていうより、格好いいけどな」

「そ、そうですか」


 幾分か安心したように、鷹匠さんは息を吐いた。

 昭和か、あるいは大正辺りの雰囲気を感じさせる歪んだガラス戸の上には、大きな一枚板の看板が掲げられている。


「堂……巧……伝……?」

伝巧堂(でんこうどう)、です」

「あー」


 なるほど、左右逆とか、年季の入り方が違った。

 鷹匠さんは入り口の戸をがらがらと開けて、傘を畳んで中に入っていく。


「ただいまー」

「お邪魔しまーす……」


 ガラス戸に書かれている「骨董」「査定」「買取」といった単語を横目に見つつ敷居をまたぐと、中はやはり何かの店舗のようだった。

 暗めの照明の下、いくつか置かれている陳列ケースのひとつを覗いてみれば、大小さまざまな機械らしき品物がいくつも並んでいた。そのほとんどにキーボードがついていて、おそらくは年代物のパソコンなのだろうと思われた。


(よど)さん、母さんは?」

「店長なら夕飯の買い物行く言うて、ついさっき出てきはりましたよ」

「そっか。ちょっと奥の鍵借りるね」


 奥の方で、鷹匠さんと誰かが話している声が聞こえた。ビニールの袋に入った剥き出しの基盤やら、表紙がすっかり焼けた雑誌やらを眺めつつ、声の方へと足を進める。

 少しばかり高くなったスペースに座っていた、二十代前半くらいの男と視線が合った。店員だろうかと考えていると、彼はこちらに軽く会釈をした後、鷹匠さんの方に顔を向けた。


(あきら)ちゃんの彼氏さん?」

「そんなんじゃないよー」


 鷹匠さんはといえば、隅の方で靴を脱いでいるところだった。彼女に手招きされて、急いで後に続く。

 少し気になって振り返ってみれば、「淀さん」と呼ばれていた男は、もう持っていた雑誌に目を落としていた。


    †


 こっちは物置だの居間は上だの、必要なんだかよく分からない説明をされながら、長い廊下を奥へと歩いていく。

 途中、風呂場らしき場所でタオルを渡されて、濡れた頭とか制服とか鞄とかを拭いつつ、鷹匠さんに問いかける。


「骨董って書いてあったから、壺とか掛け軸とかあるのかと思ってたよ」

「あ、えっと、うちはちょっと特殊というか、守備範囲が違うんです」


 縮こまりながら小声で言われ、なんとなく、話題にしたくないような雰囲気を感じて。

 根掘り葉掘り聞くような話でもないし、話題を変えることにした。


「そういや、さっきの人は?」

「淀さんですか? バイトで店番やってもらってるんです」

「ふーん」


 お高いモノだって並べてるんだろうに、バイトひとりとか大丈夫なんだろうか。ずいぶん気安く話してたけど。

 ……まあ、警備会社とかそんな感じのも契約してるんだろうし、余計なお世話なんだろう。


 などと考えているうちに、どうやら目当ての部屋へと辿り着いたらしかった。

 ふすまではなく、しっかりとした造りの木の扉には、外国語の書かれたプレートが掛かっている。


「ん、アトリエなんだ?」

「鑑定や、修理をするときの作業場なんです。やっぱり、柏木君は読めますか」

「そりゃまあ、嗜みっつーか」


 それなりに有名なゲームのシリーズタイトルだし、読めちゃうだろう。

 鍵を開けた鷹匠さんが、扉を横に引いて中を覗き込み、すぐにこちらを見た。


「あ、あの、少し片付けるんで、ちょっと待っててください」


 返事をする間もなく、彼女はするりと作業場(アトリエ)の中へと入っていった。

 扉はゆっくりと閉まっていって、ひとり廊下に取り残されてしまう。


「……しゃーないなー」


 扉に背を向けて、小さな中庭をぼんやりと眺めていることにする。

 こんなとき、扉の向こうが鷹匠さんの部屋だったなら、お約束っぽい展開だと思うんだけど。


    †


 作業場の中は、思ったよりも小ざっぱりとしていた。

 左右の壁面にはラックがあって、よくわからない機材だとかコードだとかがプラスチックのケースの中からのぞいている。


 部屋の中央には大きな机があって、その半分ほどに白い布がかけられている。でこぼこした膨らみからして、何かの修理中とか、そんなところなんだろう。

 机の残りの半分には、ノートパソコンと小型のテレビがひとつ。それから、鷹匠さんがラックの方から運んできた白いゲーム機。


「爺ちゃんの家にあったのと違う気がするな」

「それ、たぶん旧型ですね。モニタとの接続方法が違うんです。どっちもアナログ出力なんですけど、古い方はアンテナ入力に割り込ませないといけなくて──」


 段々と意味が分からなくなってきた説明を続けながら、彼女は手際よくコードを繋いでいく。

 ほどなく準備は完了して、僕と鷹匠さんは机の角に置かれたゲーム機を挟んで、向かい合うようにパイプ椅子に座った。


「もう一度、詳しく見せて貰ってもいいですか?」

「あ、ああ」


 いざ本体にセットしようと鞄から取り出していた黒いカセットを、差し出された鷹匠さんの両手に乗せる。

 彼女は手渡されたカセットをしげしげと眺めた後、表面のシールの下半分、タイトルの書かれていない白い部分を人差し指でなぞっていく。


「……やっぱり、ですね」

「何か分かったの?」

「えっと、ここのあたり、軽く押してみてみてください」


 鷹匠さんが指し示した部分を触ってみると、確かに少しだけ違和感があった。何というか、ここだけがなんとなく、


「柔らかい、っつーか、穴でも開いてるのか?」

「はい」


 カセットを手元でくるくると回しながら、彼女は眼鏡を光らせた。


「普通に販売されていたゲームのカートリッジと違って、この中にあるのは書き換え可能なロムなんです。ゲーム開発中の実機テストや、バックアップ用に使われてたみたいですね」

「それって、好きなゲームをいろいろ書き込んで遊べるってこと?」

「自作のものなら問題ないです。でも、市販のゲームは元のソフトを持ってないと駄目ですよ」


 そりゃそうだ。神妙に頷くと、鷹匠さんは言葉を続ける。


「それに、そんなに便利じゃないんです」

「どゆこと?」

「データを書き込むには、いったん前のデータを消去する必要があるんです。具体的には、この穴に紫外線を数時間は当て続けないとなんですけど」

「それ、かなり面倒じゃん」

「昔の人は大変だったでしょうね……」


 少なくとも、自分で使うことは無さそうだった。


    †


 そんなこんなで、ようやく黒いカセットがゲーム機の本体へと差し込まれた。

 赤い電源ボタンへと伸びた鷹匠さんの指が止まって、迷うように少しだけ揺れた。


「……あと、もうひとつ、伝えておいた方がいいことがあって」

「そんな急に改まられると、怖いんだけど?」

「こういったロムって、書き込まれたデータの寿命が短いんです。十年か、二十年くらいだったはずです」

「あー……もしかすると、中身が消えてるかもってことか」


 鷹匠さんは黙って頷いた。祖父がこのカセットを用意したのは、何年前なんだろうか?

 とはいえ、ここで迷っていても意味は無い。親指を立てて、鷹匠さんにゴーサインを出す。


「おっけー、やっちゃって」

「えっ、でも……」

「いいから、ほら!」


 躊躇する鷹匠さんのかわりに手を出して、赤いボタンをぐいっと押し込んで、こう、ぐいっと。


「……あれ?」

「あの、えっと、このスイッチは押すんじゃなくて、上の方に……」


 下から添えられた手が、ボタンをかちりとスライドさせる。

 テレビの画面が明るくなり、静かにタイトル画面が表示された。


    †


 青い空、画面下には茶色いブロック。上半分を占めるのはこれまた茶色のプレートに、タイトルロゴ。

 小さな緑の山の手前には主人公らしき赤い帽子のキャラクター。


「……これってさ、スーパーマリ──」

「わーっ!」


 慌てて立ち上がった鷹匠さんが、両手で口を塞いでくる。バランスを崩して倒れそうになり、なんとか踏ん張って堪えていると、彼女は顔を近づけて、小声で話しかけてきた。


「だ、誰に聞かれてるか分かりませんから、慎重にいきましょう」


 いったい誰が聞いているというのか。さっぱり意味が分からなかったものの、鷹匠さんの真剣な表情には逆らえずに何度も頷いた。

 身体を引いた鷹匠さんは、改めてタイトル画面を食い入るように観察し始めた。


「やっぱり、スーパーな……アレじゃないの?」

「そ、そう見えますけど」


 渋々認めつつも、彼女の口元は不満そうにとがっていた。


「まー、中身がこれじゃあ、鷹匠さん的にはイマイチか」

「あ、いえ、ちがくてですね」


 画面を見たままの彼女の右手が、ゲーム機本体に差し込まれたカセットを指さした。


隆志(たかし)の挑戦状、なんて書いてあったから、そっち系のゲームなのかなって予想してたので」

「そっち系、って?」

「似たようなタイトルのゲームがあったんです。芸能人が制作に関わってて、それなりに話題になった奴で、確か……」


 画面から上体を引き、顎に手を当てて考えること暫し。鷹匠さんはゆっくりと口を開いた。


「主人公が宝探しに行くのに、会社辞めて離婚しなきゃいけなかったり」

「なにそれシビア」

「宝の地図を日光にさらして、一時間コントローラを触らずに放置しないといけなかったり」

「それってちゃんとヒントあるの?」

「さあ、そこまでは……」


 ヒントがあろうが無かろうが、一時間放置とかゲームとしてどうなんだろうか。


「あと、クリアした後に、こんなゲームにマジになっちゃってどうするの? って言われたり、とか」

「よく発売できたねそれ」


 なんともチャレンジ精神旺盛なゲームで逆に気になるところだけれど、それはそれとして。

 今は目の前のこいつをどうにかしないとけない。中身が消えていなかったのはいい。しかし、祖父は一体どうして、わざわざこのゲームを書き込んだのだろうか。


「……このゲーム、たぶん改造されてますね」

「え、そうなん?」

「タイトルの下、見てください」


 言われるままに、画面に注目する。タイトルロゴの下には、発売された年と発売元の名前が小さく表示されている。


「って、あれ?」


 そのすぐ下に、もう一行、似たような文章が続いていた。


「2005 DENKOUDO……でんこうどう?」


 最近どこかで聞いた名前だな、と疑問に思ったのは一瞬だった。


「そっか、この店の名前と一緒なんだな」

「関係、あるかもですね」


 鷹匠さんと顔を見合わせる。その表情は、冗談を言っているようには見えなかった。


「ゲームの改造とか、そういうこともやってるんだ?」

「店として依頼を請けることは無いです。でも、母さんとかお婆ちゃんとかが趣味でやってる可能性もあるので」


 もしそうだとしたら、聞いても教えてくれないかもしれない、と鷹匠さんは申し訳なさそうに言った。

 それはまあ、彼女にはどうしようもないことだし、むしろ彼女のおかげで分かったことも多い。


 何か言おうと口を開きかけたとき、鞄の中の携帯電話がメッセージの着信を告げた。


「ちょっと、ごめん」


 携帯を取り出して、チャットアプリを立ち上げる。「駄目だったわ」の一言だけが、ハカセから届いていた。

 すっかり忘れていたハカセにもお礼を言っておかねばと考えたところで、もう一通、見逃していたメッセージがあることに気が付いた。


「……あ、やっべ」


 父親からのメッセージは、二十分ほど前に着信していたらしい。外食するから寄り道せずに帰ってくるように、と書かれていたけれど、時すでに遅しである。


「ごめん、鷹匠さん。悪いけど……」

「あ、はい。私も確かめたいことがありますし」


 彼女は頷いて、電源スイッチをスライドさせた。静かにプレイヤーを待っていたタイトル画面が、結局プレイされることなく暗転した。

 鷹匠さんが引き抜いた黒いカセットを受け取って、鞄の中へと、ゆっくり仕舞いこむ。


「シールが貼ってあるんで大丈夫だとは思いますけど、紫外線には注意してください」

「紫外線っつーと、太陽光も駄目ってこと?」

「えっと、たぶん、そうですね」


 慌しく作業場を出て、鷹匠さんが鍵を閉めるのを待つ。横目で見た中庭は、相変わらず雨に濡れていた。


「後で連絡したいし、アカウント教えてくれる?」


 携帯で立ち上げたままのアプリを見せると、彼女は首を横に振った。


「メールアドレスならあるんですけど、そういうのはやってなくて」

「そっか」


 なら仕方ない。手早くアドレスを登録して、この日はお開きになった。


    †


 翌日の昼休み。顛末を聞いたハカセは困惑気味の表情になって、小声で話しかけてきた。


「鷹匠って、あの鷹匠か?」

「行儀悪いよハカセ」


 手に持っていた箸で彼の斜め後ろ、一番前の席の鷹匠さんを指した友人を嗜める。

 彼女の方はといえば、そ知らぬ様子で文庫本に視線を向けていた。


「だから、博士(ひろし)な」


 文句をつけつつも、箸を引っ込めて弁当を突き始めた。それにしても、ハカセのこんな反応は珍しい。


「鷹匠さんと何かあったん?」

「いや、何かって言われるけど特にはねーけど。なんつーか、顔を合わせるといつも睨まれてる気がするんだよな」

「眼鏡かけてるからそう見えるだけじゃない?」

「そうかねえ」


 どうも納得いかない表情だったものの、ハカセは話題を変えてきた。


「それで、今度はちゃんとプレイするんだろ? いつやるんだ?」

「まだ決めてない。どんだけかかるか分からないから、試験終わった後にしようかって」

「あー、明後日から期末だったな……復習しとかねーとなー」


 ぶつくさとぼやきながら、最後のおかずを口の中に放り込む。

 腕を組み、目を閉じて口を動かしていたハカセが、何か決意したように頷いた。


「試験終わったらすぐ夏休みだろ? 来週の日曜なら、俺も行けるな」


 がたりと椅子を揺らし、こちらを振り向いた鷹匠さんと目が合った。

 マジですか、という無言の問いかけには、マジみたいよ、と肩をすくめて応えておく。


「あの爺さんの最後の仕掛けなんだろ。お前らだけで楽しむとか無いぜ?」

「あー、そうだなあ」


 ハカセも僕と同じくらい祖父の世話になっていたのだ。ここで除け者には、ちょっとできない。

 斜め前の席に向かって、両手を合わせて頭を下げる。

 ハカセも背後を振り返り、文庫本で顔をさっと隠した鷹匠さんに対して、小さく手を上げた。


「まあ、なんだ。ちょっとは役に立てると思うから、俺も混ぜてくれよ」

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