FILE40 バレンタインのある日
さて、バレンタインデー当日の朝。愛歌は布団の中でもぞもぞと動き回っていた。
「愛歌~時間よ!」
渡り廊下から母・真梨恵の高い声が聞こえた。だが、愛歌はどうも動きたくないのか「むー」とだけ返していた。
母は、さすがで、愛歌の起こし方はよくわかっている。
「ちょっと~飛夜理くん迎えに来たわよ~」
愛歌は飛び起きて台所に飛び込むように入った。
この手でなんども引っかかる彼女も彼女である。
「嘘かよ……」
「いいから早く食べな。本当に迎えに来るよ、あの子。」
真梨恵は後ろを向いてまた片付けを始めた。ぷーっと頬を膨らませ目の前の切り干し大根を美味しそうに頬張る。それを見ると母は、ついつい何を聞こうとしたかなんて忘れていた。
「にゃーああーあー」
飼い猫のぬーは相変わらず変な鳴き声で愛歌に何かをねだり始めた。……それと同時に家のインターホンが響いた。
「あら、飛夜理くん」
真梨恵の言葉にご飯を吹き出し咳き込んだ。そして、お茶をぐっと飲むと気を取り直して、
「あっぬー、あれ!」
「にゃあ! 」
2人の通じ合い具合に真梨恵は「なんて娘を持ったんだろう」とすこし苦笑いした。
「いってきま…!」
「うぃ。いってらっしゃい」
真梨恵は笑顔で見送った。
それを見かけた飛夜理は、微笑んでぺこりとお辞儀する。気づいた真梨恵も笑顔で小さく手を振った。
「ごめん。飛夜理、寝坊した。」
「愛歌にしちゃ、珍しいな。」
いつも時間ぴったりには待ち合わせ場所にいる愛歌が、そんな寝坊をするとは、とても考えられない。
「あぅ、で、飛夜理……その。」
愛歌に呼ばれると、ん?と飛夜理は愛歌の方を見て首をかしげる。
その目を見て、愛歌は照れくさくなったのかなんなのか、彼女は俯いて(こう見えても愛歌は力がある)飛夜理の鳩尾にチョコレートの入った箱(それが意外と硬く)が入ったのだ。
「はい。バルェンタイン」
噛んだ………なんてのはいいとして。
「ぐっ」
飛夜理の声は痛みを物語る。ご愁傷様。
さてはて、そんな光景を観ていたのは、先程愛歌を送り出した真梨恵と飛夜理の後を付けてきた(らしい)飛夜理の母・綴恋が木の影からこっそりと二人の様子を伺っていた。
「真梨ちゃん、あの二人よく気づかないわね」
「意外と愛歌は鈍感というか鈍いというか……」
1つ、説明しておこう。この2人は『真梨ちゃん』『づれちゃん』と呼び合う仲である。つまり、なかなか仲が良いのである。
「づれちゃんに似たのか、朝月(飛夜理の父である)さんに似たのか……。」
「うーん、きぃちゃんの尻に敷かれてるのは、旦那に似たかもね?」
そんな二人の会話はどこか楽しそうだった。
「とりあえず、私達はもう帰りましょうか。」
「待てぇ」
「!?」
二人の後ろから愛歌の声がしてフラりと後ろを振り返る。そこには、怒ってる(であろう)愛歌とそれを宥める飛夜理がいた。
「げ!!バレた!」
たかたかと逃げていく真梨恵を追う愛歌。それを眺める坂下親子。全く、なんなのだろうか。と言わざるを得なかった。
「まぁ、愛歌、学校行こう。遅刻するよ?」
はははと苦笑する飛夜理に愛歌は真梨恵の首元から手を離し、学校へと駆け出した。




