FILE37 どうしてくれよう
放課後。ざわざわしていた教室はすっかり静まり返り、普通の放課後となんら変わりない風景がそこにはあった。
「愛歌。帰ろうか。」
飛夜理が声をかけると愛歌は無言で首を上下させた。
「そういや…………にゃんのすけが来てたのね。」
声をかけた愛歌は、なんでわかる、と飛夜理が不思議そうに愛歌を見た。
「悠志が、午後の授業起きてたもの。」
「そういやそうだったな。」
その基準で何かを判断できる彼女がある意味すごい気がするが、まぁ、口を挟まないことにしよう。
「そういや、空下村にはペットが少ないんだな。」
「そうね。………あまり、いないわね。」
「昔、住んでた下界では、すっかり動物に避けられてたなぁ」
唐突に話題を持ち出した飛夜理を見て、愛歌はふっと軽く微笑んだ。
「昔から不憫だったのね。飛夜理。」
「う…………。今もって言いたいのか…………まぁ、そうだけど…………」
あら、自覚あったの、と愛歌は口の前に手を当てた。
「と、とにかく!………猫に好かれたのは初めてだし、なんかにゃんのすけみたいな生物を見たのも初めてだ。」
「そうか…………やはり、飛夜理は変わっているな。」
普通にゃんのすけのような幸せを主食にしてる動物が下界にいるとでも思っているのだろうかと、飛夜理は頬をかいた。
「愛歌、やっぱり、お前ちょっと世間知らずっぽいとこあるよな………」
「そう?」
下界のことを知らない、とは、彼女にとったら、世間知らずには入らないのだろう。
「………まぁ、いいか。にしても、悠志は、にゃんのすけが太るのが嬉しそうだな」
飛夜理が何気なく発した言葉に、愛歌はくすっと肩を揺らした。
「彼は、誰よりもこの村の幸せを願い、にゃんのすけは誰よりもこの村の幸せを喜ぶんだ。」
「…………?」
「幸せは嘘をつかない。誰もが願い、望み、でも、掴むのは難しい。」
彼女は時々、おかしなことを言う。それは知っている。だけど、言う事言う事が時々、彼の胸の奥の記憶を締め付ける時がある。
今の話もなんとなく、記憶を締め付ける。幸せは掴むのが難しい。………それを聞いただけで飛夜理は苦しかった。すると、彼女は淡々と語り出した。
「飛夜理、………貴方にも、下界での過去はあるでしょう。だけど、いまは、これからは、その過去なんか忘れて幸せだけを求めたらいいのよ。」
「………そうかね。」
「そうだよ。」
飛夜理に返事をしたのは明らかに愛歌の声ではなく、『彼』の声であった。
「う?!悠志!?いつからそこに………」
「いつからもなにもずっといたよ。というより…………!!」
悠志は珍しく怒った険しい表情をして、にゃんのすけを飛夜理に突き出した。
「にゃんのすけが痩せたじゃないか!!にゃんのすけに聞いたら『飛夜理が苦しそう』なんて云うから………!!」
えっえっと動揺する飛夜理を見て愛歌はくすっと微笑んだ。
「悠志をここまで怒らせるのは飛夜理くらいね。」
「また………意味深なことを…………!」
「あぁぁぁ!!とにかく!!にゃんのすけだいぶガリガリなんだけどー!!」
どうしてくれようと言わんばかりに悠志は起こっていた。その怒りすら愛らしく見えるのは悠志の不思議なところだ。
「そ、そうだ!帰りに中家の集落行こう!みかん!みかんパフェ!」
「うむぅ~~~~………………許す!」
嬉しそうな悠志の表情に飛夜理も頬がゆるんだ。ただ、なんだよおまえらと言いたい愛歌の顔は険しくなる一方だった。
「にゃー♪」
にゃんのすけがひと鳴きすると、また丸くなった。
「みかん~みかん~」
「悠志が表情豊かになり出したね。………これも、また飛夜理の力かね…………。」
愛歌のセリフに飛夜理は首を少し傾げた。これはまた別の話ね、と彼女ははぐらかした。




