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ハック&スラッシュにシナリオはいらない  作者: 筬群万旗
第二話:ハック&スラッシュにレスキューはいらない
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ハック&スラッシュに人質はいらない

 ところが、ハサードさんの撃った弾は、天井を吹き飛ばしただけでした。

 突然上から何かが飛んできて、ハサードさんを突き飛ばしてしまったのです。


 跳ね返って床の上に転がったのは、外に落ちたはずのルイエちゃんでした。

 キックを放つ余力もなく、文字通りの体当たりだったのでしょう。

 倒れたままあえぐばかりでルイエちゃんも起き上がれそうにありません。


 私は盾を広げ、ルイエちゃんに向かって走りましたが、ハサードさんは倒れたままルイエちゃんに銃を向けました。


「お前ら! ……待たんか!」


 大臣の叫び声に、全員が振り返りました。

 生きるか死ぬかというときに、このおじさんはなぜ今さら口を挟もうとするのでしょうか。


「ハサード! ルイエが撃たれたら、ウチがこのおっさんの喉首かっきったる!」


 ワノンちゃんは大臣の首にカードを突きつけ、甲高い声で喚き散らしました。

 でたらめなハッタリですが、ハサードさんをうろたえさせる効果はあったようです。


「せこい真似しやがって! 悪党め、さっさと降参したらどうだ!」


「貴様、こんなことをして、どうなるか分かっているのか!」


「黙っとれ酒樽! そんなんハサードがやったゆーたらしまいや!」


 三人が喚き合っていると、上からまた何かが降ってきました。

 何かを確かめる暇もなく、ホールの中は真っ白になっています。


「こっちだ、タミラ」


 大きな銃声が聞こえた後、いくつもの軽い銃声が聞こえ、右も左も分からずに私はひたすら這いつくばりました。

 目を瞑っているはずなのに、赤や緑の鮮やかなまだらが、真っ白の中にちかちかと浮かびます。やがて銃声が止むと、誰かが私の肩をゆすりました。


「君、意識はあるか? 動けそうか?」


 起き上がって見渡すと、ホールの様子が白の中に少しずつ浮かび上がってきます。

 壁に大きな穴が開き、ハサードさん達は姿を消していました。

 ステージの方では、ワノンちゃんが組み伏せられ、いくつも武器を突きつけられながら何やら言い訳しています。


「ピスコ……さん?」


 青いボディースーツを着た軍人さんは、ルイエちゃんの方を指さしました。

 ピスコさんはフィンカちゃんではなく、ルイエちゃんに何やら話しかけています。

 フィンカちゃんに付き添っている方が、ホルヘさんということでしょうか。

 私は瓦礫に足を取られないよう、足元を見ながら歩きました。


「ありがとうございました。ピスコさん……ですよね?」


 ピスコさんはルイエちゃんを抱き起こし、1本200ピコの経口ナノマシンを飲ませてあげています。

 私に気づいたピスコさんはゆっくりと振り返ると、淡々と挨拶しました。


「ああ、私だ。コマンド部隊の中隊長をしている。いつもフィンカ達が世話になっているようだな」


 なんだか妙に持ち上げられた気がして、私は深々とお辞儀しました。


「ユニスです。私こそ、いつもフィンカちゃんには助けられてばっかりで……みんなより上手くできるの、お料理とお裁縫くらいなんです」


 私が気を遣わせてしまったのでしょうか。

 少し考えてから、ピスコさんは私に訊ねました。


「君のギアは?」


 私は蝶々を出して、指先に小さな盾を作ってみせました。

 野良ギアをやっつけられるわけでもないのに、対して硬くもない、盾。


「おかしいですよね、遠隔型(1)で防御なんて。せっかくルイエちゃんにもらったギアだったのに」


 ギアはコアにつくものではなく、人につくものだそうです。

 コアをもっといいものに変えても、変えられるのは出力だけ。

 私のギアは死ぬまで蝶々です。


「あ、ルイエちゃんっていうのは――」


 私が教える前に、ルイエちゃんが息を吹き返しました。


「少佐はユニスよりも私のことをよく知ってるよ。私は昔、少佐の部隊にいたんだ」


 ルイエちゃんが体を起こして座り込むと、ピスコさんは静かに立ち上がりました。


「一年前繰り上げ間昇進してね、今は中佐だ。その部隊に、遠隔型の盾を使う部下がいた。とにかく高慢で嫌な奴だったが、今では私以上の使い手だよ」


 ホルヘさんやフィンカちゃんと違って、取り澄ましているけれど、ピスコさんも本当は優しい人みたいです。

 のけ反って自分を見上げたルイエちゃんを、ピスコさんはじっと見つめ返しました。


「マイバは、便利になるまで時間がかかるだけだよ。今は無理でも、十分育てば、棒立ちしたまま私やフィンカをカバーできるようになると思う」


 私はルイエちゃんの手を心臓にあて、ルイエちゃんに約束しました。


「ありがとう。ルイエちゃん、私、早くみんなを守れるように頑張ります!」


 ルイエちゃんは何も言わずに、一度だけ深く頷きました。

 きっとできるという意味だと、信じてみようと思います。


 私の手を借りて立ち上がると、ルイエちゃんはピスコさんに訊ねました。


「中佐、ハサードの行方は?」


 壁に開いた大きな穴に一瞥をくれてから、ピスコさんは小さく笑いました。

「問題ない。彼らの船は既に押さえてある。船に捕えられていた民間人も救出したそうだよ……だったね? 中尉」


 脇にいた隊員さんが、バインダーをめくりながら答えました。


「ええ、ベルイーヌという国土省の……」



 その後、私たちは駆逐艦の一室で取り調べを受けることになりました。

 ワノンちゃんだけはこってりと絞り上げられましたが、ピスコさんとホルヘさんが気を利かせてくださったお蔭で連行を免れ、意表を突いたフィンカちゃんのウソ泣きによって、4人分の調書は闇に葬られました。

 当分の間は、パレッツィオ中将の雷が落ちることもないでしょう。


 ハサードさんは行方をくらませてしまいましたが、きっとそのうちまた自称世直しを始めるのでしょう。

 そのことを考えると、少しお腹が減ってきます。

 人質の解放に協力したご褒美として私たちは1本400ピコの経口ナノマシン他、消耗品をいくらか譲り受け、コマンド部隊が倒した野良ギアのコアを全部頂いてしまいました。

 真っ青だったワノンちゃんもこれには随分機嫌をよくして、今日も朝からにやにやし通しです。


 一番の心配だった大臣の仕返しは、結局何もありませんでした。

 セレブ達の真ん中で醜態をさらした大臣への風当たりは凄まじく、私がこっそり送ったお詫びのミートパイにお花が返ってきたくらいです。

 これをきっかけに奇妙な文通が始まってしまったのですが、それはまた別のお話。


 どうか今日は、誰かが野良ギアに襲われる前に、野良ギアをやっつけられますように――

 小さな声で祈りながら、私は今日も双眼鏡を覗いています。

1.パラサイトギアの分類:用途に即したものと形態に即したものがあります。ギアの形態には大きく分けて、手に持つ装備型、背負ったり被ったりする装着型、乗って動かす搭乗型、体から離れた遠隔型の4つがあります。

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