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ハック&スラッシュにシナリオはいらない  作者: 筬群万旗
第二話:ハック&スラッシュにレスキューはいらない
8/23

ハック&スラッシュに回復薬はいらない

 ワノンちゃんの質問に、二つの笑い声が重なりました。


「これは大物だな……お嬢さん、ハサードの首代は今日現在10万ピコだ。生きていればさらに5万がつく。勿論、それに見合った強さがあることも保証するよ」


 ピスコさんも千とか2千とか、適当にサバを読んでくれればいいのに、10万なんて数字を聞いて、ワノンちゃんが黙っていられるはずがありません。


「いいぜぇ、クールだ……前のめりな方がねえ乳もでかく見えるってもんだよなぁ!」


 ワノンちゃんはチエガミからカードを引き抜き、扇状に広げました。私も覚悟を決めるしかなさそうです。


「しゃーないな、5万の方はお預けや……」


 戦いの火ぶたを切って落としたのは、ワノンちゃんの投げたカードでした。

 音を裂いて飛んだカードも、ハサードさんには当たりません。

 カードを躱したハサードさんはステージを横切り、ロフトにつながった回廊の手すりに飛び乗りました。


「頼んだえ!」


 カードを投げ終わると同時に、ワノンちゃんはルイエちゃんの肩にアラガミ(1)を貼り付けました。 

 入れ違いに飛び出したルイエちゃんは天井にワイヤーを打ち込み、ハサードさんの頭上から襲い掛かりました。


「隙だらけだ!」


 ハサードさんは振り向きざまに、ルイエちゃんを狙いました。

 この距離では、硬い盾を張ることはできません。(2)

「マイバ、お願い!」

 私は駆け寄って、ハサードさんの目の前に目隠しを広げました。


「クソ!」


 ルイエちゃんは回廊に打ち込んだワイヤーを手繰り、ハサードさんが撃った弾をかいくぐりました。

 反対側から近づいたフィンカちゃんも、壁を走ってハサードさんにアプローチをかけています。


「食らえ! 岩・砕・刃!」


 回廊の床から、イワヌキの巨大な衝角が突き出しました。

 フィンカちゃんお得意の、横乗り540°スピンです。

 噛み千切られた回廊が粉々になって宙を舞い、私たちの頭の上から降りかかってきます。


「やったか?」


 ハサードさんの姿が、いつの間にか消えています。


「ユニス! 後ろや!」


 振り返った私の目に、大きな銃口が飛び込んできました。

 私はとっさに盾を張りましたが、一瞬では蝶々を寄せきれません。

 漏らした弾に肩の肉がえぐり取られ、焼けついた痛みに全身がしびれています。


 呻きの混じった悲鳴を上げる私の後ろに回り込み、ハサードさんはワノンちゃんの反撃を封じました。


「どけ! どけ、どけ!」


 降りてきたフィンカちゃんが、逃げ惑う人々の間を駆け抜け、大回りでこちらに戻ってきます。

 お客さんを助ける話は、どこに飛んで行ったのでしょうか。

 フィンカちゃんの道を空けるため、私は傷を押さえながら、右に跳びすさりました。


「もらった!」


 上から伸びてきたクリガネのワイヤーが、ハサードさんの銃をとらえました。

 ルイエちゃんは回廊の手すりに足をかけ、踏ん張りながらワイヤーを引っ張っています。

 向かいからはイワヌキが迫り、さすがのハサードさんにも逃げ場がありません。


「人民の自由と平等は不滅だ!」


 ルイエちゃんに引っ張られた右手の銃を引き寄せ、ハサードさんはふわりと跳び上がりました。

 細く伸びた光の筋が柔らかくしなり、逆さまになったハサードさんの影がルイエちゃんに重なっています。


「あかん!」


 ワノンちゃんが叫んだ時には、ルイエちゃんの体は窓を突き破り、夜の中に投げ出されていました。


 ハサードさんは回廊に着地して、早くも私たちに狙いをつけています。

「羽衣!」

 私はワノンちゃんに近づき、目いっぱい盾を広げました。

 同時にサチガミ(3)を貼ってもらって、防御だけは万全です。


 私たちに飛んできたのは、しかし、散弾ではありませんでした。

 盾の裏から広がった煙が、瞬く間に私たちを包み込んでいきます。


「なろう!」


 煙の向こうで、石の砕ける音がしました。

 フィンカちゃんが一人で突っ込んでしまったようです。

 一度失敗した手が二度通じるわけもなく、今度は重たい銃声が鳴り響きます。


「ワノンちゃん、フィンカちゃんのところに!」


 肩が治ったのを確かめてから、私は無傷な方の回廊へと跳びあがりました。

 煙幕を潜り抜け、回廊の手すりが見えてきます。


「ほえ?」


 ハサードさんです。

 ロフトの方に銃を向けたハサードさんに、私は自ら跳びかかる格好になってしまいました。

 こうなってしまっては、もう避けることはできません。

「羽衣!」

 私はやみくもに盾を張って、そのままハサードさんを押し倒しました。


「おのれ小娘! ハサード様から離れなさい!」


 下でタミラさんが何やら喚いていますが、私だってこんなおじさんはお断りです。

 もがくハサードさんを蝶々でくるみ、私は手足を全部使って必死にしがみつきました。

 能力バトルのはずが、これではもはやサル同士の取っ組み合いです。

「祟返し!」

 散弾を受け止めたときマイバがチャージしたなけなしのエネルギーを、マイバが一気に放出しました。マイバの内側から鋭い光がこぼれ、ハサードさんがのけ反りながら絶叫しています。


「このクソガキ! お前を可愛がってる暇なんざねえ!」


 ひとしきり叫んだあと、ハサードさんは悪態をつき、はみ出した左手だけを動かして私に銃を向けようとしました。 


「オラのもんだぁ! ほんなごとで放すてたまるか!」


 せっかく掴んだ弟の学費です。逃がすわけにはいきません。

 私はハサードさんの体をよじ登り、銃身を押し止めました。


「ユニスーッ! 後ちょっと踏ん張れ!」


 ロフトの方から、フィンカちゃんが戻ってきました。

 撃たれたものだと思っていましたが、ちゃんと躱していたようです。


「フィンカちゃん、早く!」


 ハサードさんは右手で顔をつかみ、私を力任せに引きはがそうとしてきました。

 私が押し返したせいで指が鼻の穴にはまり、裂けそうなくらいズキズキと痛みます。


「よし、いくぞ! ユニス!」


 いくぞというのは、私もろともおじさんをぶった切ってやるという意味でしょうか。

 壁に乗り上げ、低く浮き上がったイワヌキを、フィンカちゃんは側面のパイプにつかまって回転させようとしています。

 私は両手をついて起き上がり、足でハサードさんお腹を踏みつけ、強引に指を引き抜きました。

 今ので絶対、鼻の穴が広がったはずです。

 このままずっと戻らねがったら、嫁っこさ行けなくなってすまうべ。


「きったねーな、オイ!」


 鼻から指が抜けた拍子に私は手すりを乗り越え、ひっくり返って頭から落ちてしまいました。

 私が見ていない間にやけに豪華な音がして、決着は通り過ぎています。

 ひっくり返ったままワノンちゃんに抱き留められ、一緒に倒れこんだ時には、イワヌキが飛び出し、派手にバウンドしながら主を放り出しているところでした。


 フィンカちゃんが落ちた後もイワヌキは2、3度跳ね返り、人質たちの真ん中に突っ込んでいきました。

 いくらか悲鳴は上がりましたが、当たった人はいないようです。


「イエーィ……」


 背中を打ち付けて身動きが取れないながらも、フィンカちゃんは小さく勝どきを上げ、私たちに顔を向けました。

 とんでもないマグレでしたが、とんでもない相手にも案外勝ててしまうものですね。


「ハサード様!」


 タミラさんが瓦礫の山に駆け寄ろうとしたそのとき、瓦礫の中からハサードさんが立ち上がりました。


「いやぁ、お前ら小悪党の割には、なかなか大したもんじゃねぇか」


 ハサードさんはおぼつかない足取りでフィンカちゃんに近づき、頭に銃を突きつけました。

 長かった銃身は、フィンカちゃんの一撃を受け止めたのか、半ばで引きちぎられています。

 空いた手でポケットから経口ナノマシン(4)を取り出し、一気に飲みこむと、ハサードさんはにやりと笑いました。


「結構楽しめたよ……じゃあな」


 自由だの平等だの言っていたくせに、1本200ピコもする経口ナノマシンを持ち歩いているなんて、なんという課金厨(5)でしょう。

 私たちが歯ぎしりする音を聞き届けてから、ハサードさんはゆっくりと引き金を引き、フィンカちゃんの脳味噌がポテトサラダになった、かのように思われました。

2.マイバの範囲:前よりはマシになりましたが、5メートルより離れると蝶の連結が弱ってしまいます。

3.サチガミ:自然回復力を高める緑のカードです。破損したギアも直ります。

4.経口ナノマシン:体やギアを修復してくれるナノマシンが入った飲み薬みたいなもの。

5.高い道具にものを言わせて自分の力で勝負しない人たちのこと。


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