記憶Part1
事故シーンがあります。
ほんの少しだけ流血の描写ありです。
そういうのがまるっきりだめな方は
ご遠慮ください(>_<)
「その日」も何もない普通の日だった。
小学1年生だった私には
大好きな友だちがいた。
波多野 恵[はたの めぐみ]ちゃん。
恵ちゃんは私と10歳くらい離れていたけれど
家が近所だったから
何かと面倒を見てくれていて
優しくて綺麗な恵ちゃんが
私は大好きだった。
「姉妹みたいね」と言われると
とても嬉しかったのを覚えている。
高校生になった恵ちゃんには
なかなか会う時間もなくて
だから、たまたま帰り道に恵ちゃんに会えた
「その日」は私にとっては嬉しかった。
恵ちゃんと歩く夕暮れの帰り道。
話すのに夢中だった私は
周りに全く注意を払ってなかった。
青信号。
拙い話を楽しげに話す私に
相槌を打つ恵ちゃんの優しい顔が
驚きに満ちたものに変わる。
えっ?と思う間もなく
恵ちゃんに突き飛ばされ
道路わきで派手に尻もちをついた。
「恵ちゃ……」
何するのと言おうとすると
恵ちゃんの細い身体は
トラックに突き飛ばされ、空を飛んでいた。
どんっと恵ちゃんが道路に投げ出させれる。
真っ赤な、いちごをすり潰したみたいな血が
みるみるうちに広がっていく。
私の悲鳴……
救急車のサイレン……
記憶はそこで一旦途切れる。
次の記憶は病院からだ。
恵ちゃんのお母さんの未祝[みのり]さんが
泣き叫んでいた。
私はお母さんに付き添われて
病室の隅で小さくなっている。
私は何が起こったたのかはっきりと分からず
未祝さんが泣き叫んでいるのを
どこかうわの空で聞いていた。
ふと、声が止んだ、と思うと
未祝さんが鬼のような顔で
私に掴みかかってきていた。
「どうして、どうして恵なのよ!
あなたがちゃんとしていれば
恵は、恵は………!」
凄い剣幕で言われ
私は硬直するしかなかった。
私のお母さんが必死になだめていたけれど
未祝さんは激昂していて
わけの分からない言葉と
私への呪詛を叫び続けていた。
その騒ぎを聞きつけたお医者さんが
未祝さんにお薬を注射する。
お母さんは私を庇うように
抱きしめてくれていたけれど
私は未祝さんの言葉を思い出して
ずっと震えていた。
…時間はどんなことがあっても律儀に
いくらか残酷に流れていく。
私が中学3年生になったとき。
未祝さんと旦那さんが家にやってきた。
冷ややかな、でも少し震えている声で
未祝さんは私たちに告げた。
和さんはあと1年もすれば
あのときの恵と同じ高校生になるのだろう。
私達夫婦は、悪いが、そのことを許せない。
…そこでお願いがある。
この町から、和さんだけでもいいから
出て行ってもらえないだろうか。
和さんを見ると恵を思い出してしまう。
勝手なのは承知だ。
だが、もしいいのなら……
…私の両親はそれを受け入れた。
もちろん、私も。
そして、私はあの町から、記憶から
恵ちゃんから遠く離れたこの美咲町に来て
普通の高校生になった。
色んな人に言われたように
恵ちゃんを、あの声を忘れるよう努めながら
日々を過ごしている。
うまくいっていたはずなのに。
病院に行くとなっただけで
まだ身体は震えるんだ。
……あのとき
幸いにも恵ちゃんは亡くならなかった。
でも、約10年経った今も
病院のベットの上で目を覚まさない。
私たち家族は、特に私は
どれほど謝っても、ときに懇願しても
病院に行くことは許されなかった。
小さい頃の私はそのことが
ひどく苦しかった。
そして、その頃から、病院に行こうとすると
身体が過剰に反応してしまうようになった。
あのときの未祝さんの剣幕。
最後に見た、恵ちゃんの
たくさんの管に繋がれた身体。
病院に行くなという低い声。
全てが生々しく蘇って
私の身体をがんじがらめに縛る……




