1-8 <弱者と兵法>
フリデリックは男の子であるが、子供の時から剣のおもちゃで遊ぶ事もなく、姉と一緒に人形遊びをしたり、絵を描いたりして遊ぶ事が好きな子供だった。
争い事が兎に角苦手で、出来る限り諍いを避け生きてきた。
十歳の時、剣技の授業を行ったことがあるが、打ち合いになると身体が強ばらせ何も出来ず立ちすくむだけだった。
その様子があまりにも不憫だと、さ王妃が国王に訴え剣技の授業は中止になり、そのまま再開されていなかった。
「私は諍い事が嫌いです。暴力や戦争の仕方、そんな事を学ぶよりも平和の為の学問を学んだほうが……」
フリデリックは小さい声だが、訴えるようにバラムラスを見上げる。
「私だって暴力や諍いは嫌いだ」
レジナルドのつぶやくような声に、フリデリックは言葉を続けられなくなる。
情に厚く自分をレジナルド同様可愛がってくれる英傑なバラムサスと、誰よりも気高く義を重んじるレジナルド。彼らは軍人であるものの、好戦的ではない。国を想い、守るために戦っているのは良く分かっていた。
「二人はお強い方です。どのような状況でも、戦いの力を正しき事に使う術をご存じです」
レジナルドはその言葉に苦笑する。そんな表情も卑屈さや嫌らしさが出ず、むしろ精悍さを増す。
「お前はどれだけ私を買いかぶっている? それ程の人物だったら苦労してないぞ」
否定するレジナルドに、フリデリックはブンブンと頭を横にふる。
「そんな事! それに、お兄様は金彩眼をお持ちではないですか!」
フリデリックの葡萄色の瞳が真っ直ぐレジナルドに向けられる。
「ただ、眼の色が人と少し違うだけで、どれほどの事ができるというのだ?」
レジナルドはフリデリックに困ったように笑いかける。
「でも……現にお兄様は立派にお仕事をされています」
フフとレジナルドがその言葉に吹き出す。
「……どうかな? そうであろうと努力はしている。バラムラス殿にも日々鍛えられているしな」
レジナルドは、隣でやり取りを面白そうにみている上司をチラリとみる。
「でも私には、お兄様のようになるのは無理です!」
そう言って、首を傾げ甘えるようにレジナルドを見上げるフリデリック。
「王子、私はレジナルド殿のようになれ! と言っているのではないですよ。
フリデリック様はフリデリック様のままで良いのです。
今後、学んだことが何かフリデリック様の助けになればと想っているだけです」
バラムラスは笑いながら、オロオロしているフリデリックに助け船を出す。
しかし助けられたフリデリックにとって、あまり状況は変わらず、剣術と兵法を学ぶ事は動きようがないようだ。
「で……でも……」
「王子が、お優しい方なのは分かっています。
フリデリック様はフリデリック様なりの学問の生かし方が出来ると思っています。
他の学問と同じように。」
バラムラスは穏やかな表情で、フリデリックを見つめる。
「それにね、兵法というのは、戦争の仕方を教えるだけの学問ではないですよ」
フリデリックは、首を傾げバラムサスを見つめる。
「え……」
「戦争を避ける為、戦いの被害を最小限に抑える為のもの、そういった意味もあります。
王族として学んでおくべきモノだと思いませんか?」
そう言われてしまうと、何も言い返せなくなる。
自分が情けない程弱い事は分かっているし、そこは王子として克服せねばならない事は分かっている。
とはいえ、気の進まない事は変わりなく、フリデリックは大きくため息をついた。
でも、バラムサス元帥と、尊敬しているレジナルドに失望はさせたくない。
「分かりました」
短い言葉で承諾の意志を二人に伝えた。
~1章完~
一章の主な登場人物
フリデリック・ベックハード
アデレード王国の王子 十三歳 第一王位後継者
後生の人に『フリ(愚か者)』の名で呼ばれる
レジナルド・ベックハード
アデレード王国の王弟子 二十六歳
フリデリックの尊敬する従兄弟
王国軍 金獅子師団師団長 上級大将 金彩眼をもつ
第二王位後継者
ウィリアム・ベックバード
アデレード王国の国王
フリデリックの父親
マリア・ベックバード
アデレード王国の王妃
フリデリックの母
エリザベス・ベックバード
アデレード王国の姫
フリデリックの姉 十六歳
バラムラス・ブルーム
王国軍 元帥 公爵家
レゴリス・ブルーム
王国軍 紫龍師団師団長 上級大将
レジナルドの親友 バラムラスの息子
キリアン・バーソロミュー
元老員議員 按察官 伯爵家 二十一歳
ダンケ・ヘッセン
フリデリック王太子近衛隊長 二十九歳
グレゴリー・クロムウェル
フリデリック王太子の史学の教師