1-6 <ばらけていく世界>
秋になったが、王宮内の悪い噂が絶える事はなかった。
大きく分けて王宮には亡霊が住んでいるというものと、王国軍は魔に侵されているという、二つの噂が流れ続けている。
その間元老院の中核となしていたメンバーに、次々と不可思議な事が起こった。
カルデリア侯爵領の農民が五百人忽然と消え、カルデリア侯爵がその事により自殺し。カルデリア家は廃爵に。
バルサック伯爵家とローエン伯爵家の間に何か諍いがおき、決闘騒ぎになり、ローエン伯爵は死亡、バルサック伯爵は大けがを負い、息子のレオンはその後、謎の死を遂げるなど、
小さいことでは、ヴォーデモン公爵の開催したパーティーで食中毒が発生し、多くの者が暫く腹痛に悩まされたとか、
ガルバラン子爵の息子が、娼館の二階から落ちて怪我する、など……。
そういった事全てが、噂によると、呪いによるものという。
そして、王国軍には悪魔がいる。レジナルドは魔に魅入られているという噂。
こちらの方の噂は、それを特定させる事件といったものはないようだが、あえてあるとしたら、消えた五百名の農民は、王国軍が悪魔に捧げた生け贄であるという。
マギラ皇国が、『神を血で穢すアデレードは必ずや神罰が下る』と神託出した事も皆を怯えさせているようだ。
フリデリックなりに、噂を辿ろうとしてみたが、フリデリックが王族という事もあり誰もが口が重い。
「下らない噂なので、フリデリック様がお気にする事ではありません」
と強ばった表情で口を揃えていうだけで会話が終わる。
家族である母や姉に聞いた所で、「単なる馬鹿な噂」と切り捨てる。
下らないはずの馬鹿な噂が、何故こうも長期間も勢力を保ち続けられるものなのか、やはりそこには何かの意図が隠れているようにしか思えない。
しかし、現在こういった噂が流れることで誰も得しないという事が、ますますフリデリックを混乱させていた。
「フリデリック様らしくないですね……そんなしかめっ面をされているとは」
グレゴリーが面白そうに、コチラを見ている。
「グレゴリー先生が前おっしゃっていた、噂について考えていたのですよ」
フリデリックの言葉にグレゴリーは眼を細め唇へ笑みに似た形に動く。
「ほう」
グレゴリーは目を細めて フリデリックを見つめる。
「誰がとか、何の為とか分からないのですが、少しずつ国がバラバラになっていっているような……」
見守るようなその目に促されるように、漠然と感じていた気持ちを口に出してしまった。言ってしまった後で、その言葉の意味することにフリデリックは今まで感じたことのないような恐怖に襲われる。
王宮内が騒然としているのに関わらず、その状況が一行に収まる事がないということは、均すべく存在がいないということになる。
「グレゴリー殿、今の状況に何故 父上も元老院も何の対策も講じてないのでしょうか?」
「何の対応もしてないというか……対応も間に合わないくらい噂が蔓延しているというのが正しいのかもしれませんね」
以前なら ヴォーデモン公爵とクロムウェル侯爵の睨みで、不用意に噂が生まれ広がる事は抑えられていたのだが……この二人の力が通じない程、噂が王宮内で生まれ満ちて渦巻いていっている。
時間は解決を生まず、混乱を深め広げているだけである。
フリデリックは、何もできない自分がもどかしくなる。悩んでいるうちに、頭の中に自分が最も頼りにしている、従兄弟の顔が頭に浮かぶ。
「そうだ! こういう時はレジナルドお兄様ならば!」
立ち上がるフリデリックを、慌てて止めるグレゴリー。グレゴリーはいつになく思い詰めた表情で、フリデリックを見つめる。
「フリデリック様……少しお待ち下さい。
この噂の事ですが、もう少しお耳に入れたい事が……」
言葉を続けようとした時、扉が開く。
「おや……まだ授業中でしたか……」
のんびりとした、明るい声が部屋に響く。
車椅子の王国軍元帥のバラムラス・ブルームが、人の良さそうな笑みを浮かべ、レジナルドを伴って開いた扉から入ってくる所だった。
フリデリックの腕をもっていたグレゴリーの指に力がこもる。