6-3<鎮魂の鐘>
この大陸の宗教は基本的には一つ。最高神ソラリスを崇める太陽信仰で、太陽を尊いものとする為に、南を神座とし、太陽が昇る東が吉方とされる。特徴としては教会は二つ揃って対として存在する。東を太陽教会とか暁教会、西を月教会、黄昏教会等と呼ばれている。首都アルバートにおいては、太陽と月の名で呼ばれ城もその思想の元に街の設計され。宮殿は神座である南にあり、街のオブジェに二つの宮殿も東側は太陽と西ら月をモチーフとしたデザインが施されている。冠婚葬祭の冠と婚と人の生と成長を司る太陽教会と、葬と祭つまり死と祭りを司る月教会。人は東の教会にて生まれ洗練をうけ、宮殿の敷地内にある西の教会から旅たつ。王ウィリアムもヘブンリーシスタ城にある西の教会で葬儀を行い、その奥にある王家の墓地に埋葬される。
近衛兵によって運ばれる王の棺の後をついてフリデリック、マリ―王妃、エリザベスが横に並んで歩き、少し開けてレジナルドと王族が続く。皆が黒い衣装に身を包んでいる為に教会全体が重く暗く感じる。
黒いカーペットの上を歩きながらフリデリックは考える。皆神妙な顔をしているものの、この中で王の死を悲しんでいる者はどのくらいいるのか?
隣に歩く姉が微かに震えている気配がする。必死に哀しみを堪えているのだろう。一方母はこの日の為に作らせた黒いものの銀糸の刺繍の施された華やかな喪服に身をつつみ背筋を伸ばし堂々と歩いている。まるで舞台に立つ女優のように美しく振舞っている。
フリデリックは思う これは誰の為の儀式なのか? 父の為のもの?
前に義母姉と、その母が立て続けに亡くなった時に神官から聞いた言葉を思い出す。
『葬儀とは死者の為でなく、生者の為の儀式なのです。生者が死者とシッカリ向き合い気持ちに整理して別れる為の儀式なのです』
しかしこの儀式の中で、父を想い語りかけている人は何人いるのだろうか?
近隣諸国から弔問に訪れた王族らは、棺ではなくフリデリックやレジナルドの方を無遠慮に見つめていて、その視線がフリデリックには痛い。
この後、議会により自分は王に祭り上げられ、その後お悔やみの言葉を発していた彼らが一転祝いの言葉を発してくるのをどう受け取り返せばよいというのだろうか? 定型な言葉以外の言葉が一切思いつかない。そんな事を考え悩む自分に苦笑する。自分もまた、葬儀において父親と向き合う事もしないで自分の事ばかり考えている。他の人の事を軽蔑する資格はない。そんな自分を隣にいるエリザベスが気持ち悪げに見つめている事に気が付き顔を引き締める。
そして神官長の祈りの言葉と共に、亡き王を語るのを聞きながらウィリアム王であり父であった人物の事を考える。愛情深く穏やかな人だった。妻や家族を優しく瞳で見つめ、決して多くを語る人ではなかったがその父の愛はいつも感じていた。良き父ではあった。一言でいうと善良な人物だった。だが、それ以上でもそれ以外でもない。
王としてはどうだったか? 柔らかな物腰で王族の品格はあったが……。神官長今語っているような『良き指導者』からほど遠い。
フリデリックは静かに棺を見詰めていた葡萄色の瞳を閉じて記憶の中の父を見詰めることにした。
『父上、貴方は今何を想い、そして自分の人生をどう振り返っているのか?』
そう問うが返事がある訳もなく、記憶の中の父親はただ穏やかに笑っていた。そしてその姿も儀式が進むにつれ消えていき、自分の不安でしかない未来への憂苦が濃くなっていく。
王の棺が祭壇の奥にある小さな死者の扉から出されるのを見送り葬儀は無事終了となる。これから先は神職者の仕事で生者と死者は触れ合ってはいけない。専門の神官の手により墓に埋葬される。魂が完全に天国へと向かったとされる五日後に家族で墓に花とワインを捧げることとなっている。葬儀の、終了を告げる鐘が鳴り響く。
つまりは、フリデリックらが死者の為に時間を割くのはここまで。そしてこれからは生者による生者の為の儀式が始めることになる。
そこから元老院府に向かうまでの記憶はフリデリックにはひどく曖昧であった。ヴァーデモンド公爵らと顔を見合せほくそ笑み皆を見送るマリー王妃、意味ありげな視線を向けてくる貴族たち、堂々とした歩調で廊下を歩くレジナルドとそれに付き従うように側にいるテリーの姿。全てが断片的にそして静止し奥行のない絵のような形で記憶されていく。皆それぞれに会話している筈なのに、妙に静かで寒いと感じた。
近くでずっと見守ってくれていたダンケとも離れ議事堂に続く廊下を歩く。初めて入る議事堂は国の歴史が描かれたドーム状の屋根をもつやたら広い部屋だった。中央に大きな三日月型のテーブルがあり、三日月のそれを囲むように幾重にも椅子が配されている。三日月と、向き合うように小さな議長席と演台がある。
中央のテーブルに座れるのは王族と三爵の者のみ。そのテーブルの一際大きな椅子を勧められ腰かける。フリデリックには大きすぎるその椅子はひじ掛けもありクッションもきいているのに関わらず座り心地は悪かった。背後から感じる貴族らの視線も落ち着かなくさせる、王国軍士官とアデレードの名だたる人物、もしくはその代理の者が揃ったそのテーブルに座る。部屋は人数がいるわりに静かで嫌な緊張感に満ちていた。そんな空気の中笑っているのはヴァーデモンド公爵とクロムウェル侯爵ら元老院の重鎮ら、そしてバラムラス元帥。キリアン・バーソロミューも口角を上げ笑に見える顔で室内を見渡している。レジナルドは腕を組み静かな視線会場内へと向けているだけで、隣に座るレゴリスとも会話する様子もない。その視線を少し離れた席で参加するテリーに向け微笑みあってからその視線をゆっくりと正面に戻す。フリデリックはレジナルドやテリーに視線を投げかけるが、レジナルドら二人の視線同士は絡まることはあってもそれがフリデリックに向けられる事はない。
フリデリックを王にと推して居るはずのヴァーデモンド公爵らもフリデリックの事を気にしてもいない。むしろ彼らに挨拶に来る人の相手に忙しそうだ。国の中核をなすこれだけの人が揃ったこの場所に関わらず、まもなく王となる筈のフリデリックという存在を気なかけていない。その事実に笑うしかなかった。フリデリックは小さく溜息をついた。




