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愚者が描いた世界  作者: 白い黒猫
~見えてきたのは~

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5-9 <一変する世界>

 サンドリア宮殿から離れられる事になる事はフリデリックの気持ちを少し楽にさせた。母親への失望は、親離れと自立心の芽生えという子供の成長の時期とも重なっていたこともあり、そこまで精神が不安定になるほど乱れる事はなかったが、父への失望はフリデリックの生き方そのものの根底を崩壊させ程の衝撃があった。自分の目指すべき未来を失い、同時に見過して理解出来ていなかった自分の懸念すべき事が多すぎる現状に気付き恐慌状態となっていた。

 また幻滅しながらも父親も母親そのものを否定し拒絶する事も出来ない優しさもフリデリックを追い詰めていた。そういった環境から一旦距離を置けることはありがたかった

「フリデリック殿下、体調を崩されているとの事ですが大丈夫でしょうか? 剣技なとしていないで休まれた方が良かったのではないでしょうか?」

 キリアンは気遣うような表情で優しい言葉をかけてくるが、フリデリックには何故かそういった想いが感じられなかった。

「だからこそ、身体を動かし鍛えねばなりません」

 柔らかい笑みを作り答えるフリデリックにキリアンは目を細める。前はまだ流せていたその蔑すみの見える眼が今のフリデリックには辛かった。しかし療養に入ると逢えなくなってしまうテリーとの時間を逃したくなくて、周囲の反対を押し切ってでもこの時間を設けていた。グレゴリーからもテリーが裏で動いてくれていた事も聞いていたのでお礼をしたかったが、元老院メンバーでもあるキリアンがいてはそれも出来ない事に溜息をつく。しかも早目に現れたキリアンとの二人きりという状況にも戸惑っていた。

「確かにずっと部屋に籠られているというのでそれも良いでしょうね。ところでどちらに療養されるのですか?」

 警護の問題などもありまだいくつかの候補のどこになるかは決まっていない。フリデリックは頭を横に振る。緊張もありいつになくキリアンがフリデリックの事に興味を持っているという事実に気付いていなかった。キリアンの笑みがフリデリックの背後に向けられ消えたのに気がつく。

 振り返るとテリーが部屋に入ってきた所なようだ。テリーの眼がフリデリックではなくキリアンに向けられている。二人は無言で見つめてあい、先に逸らしたのはキリアンだった。

 テリーはフリデリックに向き直り、華やかな笑みを浮かべてくる。フリデリックはその笑みに、キリアンと二人でいたことで強張り緊張していた心が少し緩んだのを感じた。

「フリデリック殿下。本日もよろしくお願いします。

 申し訳ありません。お待たせしてしまったようで」

 テリーの言葉に慌ててフリデリックは首を横にふる。

「いえ、前の講義が中止になっていた事もあり、私が早く来過ぎただけです。それにバーソロミュー殿とお話していたもので……」

 そう応えるフリデリックに『それならば良かったです』と二コリと笑い答え、キリアンに視線を向ける。キリアンは突然自分の事が話題に出された事に驚きつつも、人好きに見える笑みを返す。微笑みあっている筈なのに、何故二人の間にはこんなに緊張した時間が流れるのかフリデリックには不思議だった。どちらも柔らかく優しい笑顔だというのに。

「コーバーグ殿、最近色々大変そうですが、このように呑気な時間を過ごされていて大丈夫なのですか?」

 沈黙を破ったのはキリアンの方だった。色々フリデリックにも引っかかる嫌味っぽい物言いにフリデリックは聞いていて戸惑うが、テリーは何故かフッと笑い眼を細める。

「私の部下は、城下町をうろつかれるよりもコチラにいるほうが安心できるようで」

 キリアンは片頬だけ上げ笑い頷く。

「確かに……その方が安全ではありますね。

しかし跳ねっかえりの貴方の面倒をみる部下も大変そうだ。もう少し彼らの事を考えて大人しくしてはいかがですか?」

 相変わらずキリアンはテリーにチクリとケチをつけてくるようだ。しかしテリーはもう慣れているのか笑って『お気遣いいただきありがとうございます』と流し、剣技の授業が始まる。

「あの、今回の療養の事で色々動いてもらったようでありがとうございます」

 キリアンがと離れて剣技を行う最中にソッと、小さい声お礼を言うがテリーに苦笑を返されてしまう。

「私は、たいした事はなにもしておりません。それよりも療養にいかれるとはいえ、剣技は需要ですから修練を怠らないでくださいね」

 テリーにシッカリ頷き『はい』と答える。これから自分の足で歩いていく為にも、剣技もより一層真面目に取り組んでいく必要があるだろう。

「まあ、今までのようにとはいきませんが、療養先にも指導に行かせてもらいますので」

 その言葉が嬉しくて、フリデリックは笑顔を浮かべてしまうがテリーの軽い睨みに気が付き真面目な顔に戻す。

 気を引き締め直し、修練を再開することにする。人と戦い自分を守れるのか? というとかなり怪しいが、最初の頃に比べて剣技らしい動きが出来るようになり成長は見せていた。出来る事なら人と実際戦う事態にはなりたくないが、もう守られているだけの人にはなりたくない。フリデリックも気をいれて剣を握りなおした。その様子をキリアンの闇色の瞳がジッと見つめていた。

 いつになく集中し充実した時間をテリーと過ごせた事で、久しぶりにスッキリした気持ちでお茶の時間を過ごすことができた。今日は珍しくキリアンが会話に加わってこないこともあり、フリデリックはテリーとの会話を楽しむ。

「毎日は難しいかもしれませんが、身体を鍛えるという事は、あらゆる面にも役に立ちますので、身体を動かすという事は心がけてください」

 テリーの言葉は、剣技の講義の延長のような内容であったがフリデリックには、自分の為のその言葉が嬉しく、生真面目な様子で聞き頷き応えていた。後になって、もっとこの時キリアンの事を気にせずに色々と話せばよかったとフリデリックは後悔することになる。この日のテリーの剣技の授業が最後の指導で、こうしてゆっくりと対話できる最後の機会だったから。

 キリアンがいるものの、穏やかで楽しい時間も突然の来訪者により終わりを告げる。宮内省の議員が青ざめた顔で突然訪れ衝撃の一言を発する。

「大変です! ウィリアム殿下が、倒れられました。すぐにおいでください」

 その言葉の意味は分かるが心が理解を拒絶し、フリデリックは固まる。

「倒れられたって、それはどういう状況なのですか? 陛下はご無事なのですか」

 最初に反応出来たのはキリアンあったようで、そう議員に質問する。ようやく言葉の意味が理解できてきたフリデリックは身体がどうしようもなく震えてくるのを感じた。

「フリデリック様? 大丈夫ですか?」

 近づいてきたテリーの腕を、フリデリックは縋るように掴む。フリデリックにしては荒々しくしかも強すぎる掴み方だったがテリーはフリデリックを気遣うような視線を返してくる。

「シッカリしてください」

 頷くものの、身体の震えが止まらない。そしてその掴んだテリーの手をフリデリックは離せなかった。

 テリーとキリアンに抱きかかえられるように父がいる場所へと向かうフリデリック。ショックが大きくて足元がグラグンしており、視界もゆるく揺れて定まらない。テリーの腕にしがみついたまま離れない為に、テリーだけでなく移動を手伝ったキリアンも同行せざるをえなくなっていた。

「どういうことなの! 貴方がたがついていながら! 何故! あの人に倒れられたら困るのよ! 私どうなるの!」

 部屋に近づくと、王妃マリーの金切り声が聞こえる。部屋に入るとヴォーデモン公爵を怒鳴りつけている王妃が見える。それに対して宥めるクロムウェル侯爵。動揺し何やらブツブツいっているエリザベスの姿も見えた。

 エリザベスはキリアンの姿をみると、突進するかのように近づき抱き付いてくる。その為支えられていたフリデリックは転びそうになるが、それをテリーが支えてくれる。

「どうしてこんな事に、お父様が亡くなってしまったら、私はどうなってしまうの? 怖いの!」

 そうキリアンに甘えるように必死に話しかけエリザベスに対してキリアンは冷静な様子で周りを見渡している。

「落ち着いてください。

 申し訳ありませんが、何があったのか教えていただけませんか? 私も殆どなにも分からずここにおりますので」

 静かに話しかけてくるキリアンに、少しエリザベスは落ち着いたようだ。泣きながら頭を横にふる。

「いきなり仕事中に胸を押さえて倒れたらしいの。それに医師団は入ったまま全く出てこないの。それってかなり危ない状況よね?」

 フリデリックはテリーに抱き付いた状態のまま、その言葉の返事をエリザベスとともにフリデリックは待ち、キリアンの表情を横眼で見つめる。キリアンは何故かフリデリックを、というよりテリーに視線を向けてきた。つられて顔を上げてテリーを見つめるがテリーはキリアンにもフリデリックにもむいておらず、ジッと治療が今行われている奥の部屋のドアを見つめている。テリーの眉が寄せられる。その表情に不安を感じフリデリックはテリーを掴む腕に力をこめる。その動きでやっとテリーの視線がフリデリックに向けられる。金の瞳がフリデリックを映して揺れる。

「フリデリック殿下! シッカリしてください。今貴方がそんな動揺していてどうするのですか」

 安心させる言葉ではなく、そういう叱りの言葉にフリデリックは一瞬固まるが、改めて今の状況を再認識し、父の心配と失うかもしれない不安と自分の未来の恐怖がこみ上げてきて身体が再び震えてくるのを感じる。

 廊下側の扉が開く音がした。

「叔父上はご無事か?」

 レジナルドの声が響く。

「今治療を行っている所です」

 部屋にいた議員の声に頷きレジナルドはテリーの同様視線を奥の扉へと向け、そしてそのあとテリーと見つめあう。テリーのどこか必死で訴えるような瞳にレジナルドの形のよい眉が寄せられる。金の眼で何が見えたのか? フリデリックには怖くて聞けなかった。遅れてバラムラス元帥とバラムラスの車いすを押していたレゴリスも部屋に到着する。バラムラスは冷静な様子で状況確認をしている。その後も元老院の議員が駆けつけてきて『仕事中に胸部に痛みを感じた様子で倒れて、いま瀉血などの治療を行ってるようだ』という対話をして、別室に待機を命じられるという事が繰り返される程に不安も募っていく。

 フリデリックはその恐怖からテリーに縋ったままその腕を離せなかった。家族である母や姉でもなく、親戚であるレジナルドでもなくテリーの存在がその時のフリデリックには必要だった。そのままその胸に顔をうずめるように抱きつく。テリーの身体は思ったよりも柔らかく、そして温かかった。

「フリデリック殿下、しっかりしてください」

 テリーの手がそっとフリデリックの背中に回され、母親のように撫でてくる。

「分からないよ、今自分が何をしたら良いのか! どうすればいいの!」

 幼い子供のように泣き縋るフリデリックをテリーの腕がギュウと抱きしめ返してきた。その暖かさが今のフリデリックの唯一の救いに感じフリデリックもさらに強くテリーに抱き付いていた腕に力を込めた。

「フリデリック様……。顔を上げてください。どんな未来が来るかを見極める為にも今をしっかり見て」

 その言葉は耳元に唇を寄せて発せられた小さく囁くような小さい声だったがフリデリックの耳には届いた。その時フリデリックは顔をうずめたまま頷いたものの、顔を上げる事をしなかった。だからどういう表情でテリーがその言葉を告げたのか見ていない。

「フリデリック様、大丈夫です。そんなに顔されないでください。我々がフリデリック殿下やマリー王妃をしかと支えますので。何も心配ありません」

 ヴォーデモン公爵がそう優しげな声をかけてきて近づいて、テリーからフリデリックを引き離し、ソファーに座らせる。同じように座らされた母親と姉の隣でフリデリックはジッと父のいる部屋の扉を見つめ続けた。しかしテリーやレジナルドとは異なり、その中での様子など見えるわけもなく、ただ待つだけの時間を過ごすことになった。

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