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愚者が描いた世界  作者: 白い黒猫
~見えてきたのは~

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5-3 <切れず絡まる縁(えにし)> 

 グレゴリーの講義を受けていると何か慌ただしく人が動く気配を感じる。元々不穏な空気とか感じとる事が苦手なフリデリックだが、サンドリア宮は喧噪とは無縁で騒ぎがあるという事が殆どない。それだけにその音は目立って聞こえた。

 前室の扉が激しく開けられる音と、それを止める侍従や侍女の声か聞こえる。

「困ります、エリザベス姫。今は授業中ですので!」

「いいから、そこどきなさい! 弟に至急言わねばならない話があるの!」

 姉の怒気に孕んだ声が近づいてくるのが聞こえ、フリデリックのいる部屋の扉が激しく開けられるのを感じる。姉は気性が荒くフリデリックよりも男らしいと言われている。フリデリックとしては何故姉がこんな様子で部屋に押しかけてきたのか理解できず首を傾げる。姉を怒らせることをした覚えもないというか、そんな互いの感情を動かす程交流がないというのが正しい状況。

「姉上どうかされたのですか?」

 エリザベスはそう問いかけるフリデリック睨みつける

「あんたあの金眼の講師何とかしなさいよ!」

「コーバーグ殿の事ですか?」

 フリデリックがそう言うとエリザベスは顔を険しくして目を吊り上げる。

「アンタ、あんな人物すぐにクビにしなさい! とんでもない男よ!」

 ツカツカと近づいてきて、そんな事を言ってくる姉に弟は溜息をつく。目の端でグレゴリーが眉を寄せるのが見える。

「姉上! 今私は授業中なのですよ。今それをしなければならない話ですか?

私はともかくグレゴリー殿に失礼だとは思わないのですか?」

 エリザベスはその言葉にフンと鼻で笑う。

「歴史なんて無意味な講義でしょ、それよりあのコーバーグという子、剣を抜き人に突きつけるなんて事しでかすような野蛮な人すぐに講師止めさせなさい」

 姉のいう事が信じられず、フリデリックは目を見開く。

「テリーが? そんな事信じられません」

 エリザベスはそう反論したフリデリックを睨み、机を両手で強く叩きつける。

「目撃者もいるのよ!! 文書保管室でキリアンに剣を押し付け脅していたと」

 フリデリックは姉が何故ここまで弟の講師の事を気にしているのか理解した。大好きなキリアンが関わっているから、ここまで感情的になっているのだろう。

「それは何かの間違えではないですか? あの方は一方的に人にそんな事をされるような方には見えませんし。何か事情があった……」

「あの誠実で紳士のキリアンこそ剣を突き付けられるような事情がある訳ないでしょ! もういいわ! アンタでは話にならない」

 そう叫びエリザベスは入ってきた時動揺慌ただしく出て行ってしまった。フリデリックは戸惑いの気持ちでそれを見送るしかなかった。


 フー


 溜息をつく声がして振り向くとグレゴリーが珍しく険しい顔をしていた。

「グレゴリー先生、姉が申し訳ありませんでした」

 そう謝罪するフリデリックにグレゴリーは苦笑し顔を横に振る。そしてまだ隣の部屋で自分のお付きである侍女相手に騒いでいるエリザベスの様子を見にダンケが離れたのを見送ってからグレゴリーは視線をフリデリックに向ける。

「……フリデリック様、バーソロミュー侯には気を付けてください。あの一族は油断ならない者ばかりなので」

 フリデリックは険しい顔のままのグレゴリーの顔と語られる言葉に驚くしかない。グレゴリーは政治的な話とか、他者に対する批判的な言葉をすることはない。その男が部屋の扉を睨みつけながらそんな事を言い出したのだ。

「何かあったのですか?」

「私もバーソロミュー侯もコーバーグ様の部下で一番近しい位置にいました。それなのにバーソロミューはあの冤罪事件に気がついていながらそれを止めるどころか、陥れる側につき今の地位にコーバーグ様の領土それらを全て自分のモノにした」

「だから、テリーはキリアン殿に」

 グレゴリーは顔を横に振る。

「分かりません。でもきっと挑発するような事を言ったのか、嫌がらせをしたのか……」

 ダンケが戻ってきたことで会話はそこで終わってしまう。そしてエリザベスが騒ぎたてたその話は結局関係者であるテリーもキリアンもその事実を否定したことで立ち消えてしまい、周囲からしてみたら何だったのか? という事態になる。


 そして元の平和な状態に戻ったかというと、そうでもない。テリーとキリアンの関係により緊張した何かが感じられるようになったのはフリデリックだけなのだろうか?

「申し訳ありません、コーバーグ殿に請われて剣をお見せしていただけなのですが、それがこんな騒ぎになってしまって」

 今日のテリーの授業の同行者はキリアンで、たまたま立ち寄って茶の席にも参加したバラムラスにそう笑顔で謝罪する。『ねえ』と話を振られたテリーは二コリと笑みだけを返すがいつものようにキリアンとの会話を続ける事はない。フリデリックも話術の巧みな二人が要る為に聞き役にまわりその二人のやりとりを聞きながらテリーの様子を観察するが、テリーとキリアンの視線が合う事が殆どない。

 話題は弾み穏やかに見える茶の席も、またもや乱入者によって中断されてしまう。

 大柄の男を連れたエリザベスだった。エリザベスは元気に入ってきたものの、そこにキリアンとバラムラスがいた事に躊躇した顔をみせるが直ぐにいつもの勝気な笑みを浮かべ、バラムラスに向き直おる。

「バラムラス殿、私は弟の剣の講師としてそんな未熟な者が行っている事に不信感を覚えております。もっと剣の腕が確かな者が行うべき事ではと」

 バラムラスはというと、不快な表情をするどころか寧ろ面白そうにその二人を見つめている。心配でフリデリックはテリーの様子をそっと窺うが、ただ静かにバラムラスとエリザベスのやり取りを聞いているだけ。その流れでキリアンも確認するが口角を上げ笑って入ってきた男を見つめている。

「ほう、でしたら妃殿下、どうしたら納得していただけるのでしょうか? 私は能力的に問題ないとして推薦したのですが」

 バラムラスの言葉に、エリザベスはニヤリと笑いチラリと連れてきた男の顔を見る。体格はよく男性的な男はエリザベスの視線をうけて不適な笑みを浮かべる。

「この者は先の武闘大会にて優秀な成績を収めています。プロの戦士が彼と戦って負けるようでは問題ですよね」

 そう言い胸を張るエリザベスにフリデリックはどうしたものかと思う。逆に今日バラムラスがいてくれた事に感謝するしかない。バラムラスならば上手く説得し馬鹿な事を止めさせるだろう。見守る事にする。

「つまりは、試合を申し込みたいという事ですか? 構いませんが万がその方が怪我をされてもそれは試合上での出来事と納得していただけますね」

 無意味な戦いを避ける事もせず了承してしまうバラムラスにフリデリックは驚き、テリーに視線を向けるが平然としている。

「勿論! それでそのコーバーグ殿が怪我されても文句など後で言われないでくださいね!」

 何故かその男ではなくエリザベスが応える。これは止めなければと声をあげようとすると同じテーブルから先に声があがる。

「ちょっとそれはズルくないですか?」

 キリアンはそう言いながら二コリと笑う。その言葉にエリザベスは戸惑いの表情を見せる。隣の男はそんなキリアンを見て眉を寄せてくる。

「いえ、あくまでも試合を申し込んでいるだけで、そんな問題ある事では……」

「我が国が誇る王国軍の連隊長と剣を合わせる事ができるなんて、羨ましすぎる。

 姫、私にその試合をさせていただいても構いませんか? 入賞しただけのその男と違って私は優勝者ですので、もっと良い試合ができると思いますが」

 キリアンの言葉に沈黙が下りる。エリザベスは目を見開き、隣の男は忌々しそうに顔を顰めて、バラムラスはニヤニヤ笑っている。テリーはというとまるで自分に関係ない話題をされているかのように何の反応もしていない。

「貴方がそんな危険な事をすることはないわ」

「私も男ですから。こういう事に血が騒ぐのですよ」

 そう柔らかくエリザベスに微笑みかける。そしてその視線をテリーに向ける。テリーはその視線を受けて目を細め口角をクイっと上げる。しばらく二人で見つめあう。ここまで二人が向き合っているのは今日初めてなのかもしれない。

「私はどちらでも構いませんよ。しかし貴方も物好きな――」

 言葉はそこで途切れるもののテリーの目に何かの意志をキリアンへと投げかけたように見えた。言葉にしなかった何かはそれでもキリアンに通じたようで、キリアンは朗らかな笑み浮かべながらも目がスッと細める。

 試合はテリーとキリアンで行われる事になる。計算が狂い、愛する男を戦わせる事になってしまったエリザベスは不満げにテーブルに座り修練場を見つめる。視線の先で上着を脱ぎながらキリアンは何やらテリーと会話を交わす。二人とも笑みを浮かべているのに、談笑しているようには見えないのはフリデリックだけなのだろうか? バラムラスは呑気な様子でお茶を飲んでいる。ダンケに視線を向けると、武人だけに闘いが気になるのか二人の様子を見つめている。エリザベスに連れてこられた男は離れた所で立ったまま明らかに剥れた様子でキリアンを睨みつけている。

 二人は腰に下げていた剣をベルトごと外す。試合だけ真剣では行わない事に少しホッつとはするが木刀でも当たればかなり痛いだろう。防具を付けるキリアンの隣で、テリーは一旦髪の毛をほどき結えなおしている。そんな準備している様子を見ているだけでフリデリックはハラハラしてしまう。テリーは深呼吸をしてから木刀を手に先に修練場の中央へと進む。そんなテリーを呼び止めるキリアン。

「防具を付けるのをお忘れですよ。そんなに慌てていて大丈夫ですか?」

 やや嫌味っぽいモノの言い方になっているキリアンにテリーは微笑む。

「私には不要です。貴方は大切なその身体が傷ついたら大変ですので防具はちゃんと付けてください」

 その言葉に、キリアンの顔から笑みが消える。明らかな怒気を孕んだ表情になるのにフリデリックは心が震える。

 妙な緊張感を漂わせたまま、二人は修練場の真ん中で向き合う。視線を交わらせてから同じタイミングで瞳を閉じる二人。閉じた目のままで構えの姿勢をとる二人。バラムラスはその様子を静に見守り深呼吸をする。

「はじめ!」

 バラムラスの声が響き、二人はゆっくりと目を開ける剣。先ほどの様子から激しい打ち合いが始まるのかと思ったが二人はそのままの状態で睨みあったまま動かない。数分の後テリーの唇が笑いの形に動いたのを機にキリアンが動くがその動きを読んでいたのかテリーは華麗に避ける。逆に動いた事で出来た隙に入り込みテリーは打ち込んでいくがそれをキリアンが剣で受けニヤリと笑う。

 隣に立っていたダンケの口から『ホウ』と声が漏れる。ダンケが感心するのも無理ない。武闘会にて優勝したというキリアンの剣の腕は本当に確かだったようだ。連隊長であるテリーに対して対等に見える動きをしている。激しく切り込んでくるキリアンの剣を舞うかのように悉く避けるテリーも見事だが、絶妙に攻撃を返してくるテリーの剣にちゃんと反応をして剣で受けいなしている。

 その動きは華麗で二人で舞を演じているかのようで、フリデリックはうっかり見惚れてしまっていた。

 打ち込んできたテリーの剣をキリアンが受けそのまましばらく動きを止める二人。二人の唇が動き、何か会話を交わしているようで笑いあっていたが、何かをテリーが告げたとたんにキリアンの顔から笑みが引く。キリアンが強引に力技で弾きテリーが後ろに飛ばされる。しかしテリーは体制を崩す事なく即座に攻撃体勢になりキリアンに向かってくる。それ以後のテリーの動きはスピードが明らかにそれまでと違い、キリアンは完全に受ける事しかできなくなる。圧倒的にテリーが優勢であるのは誰の目でみても確かだった。テリーの表情は冷静そのものなのに比べ、キリアンは表情を作る余裕もなく『ウッ』とか『ク』とか声も上がっている。

「ずいぶんのんびりやっているかと思ったら。相手を立てて少し、打ち合ってやってあげていたか」

 バラムラスの声にエリザベスはエッといいながら顔を動かす。

「妃殿下、コーバーグは私が自分の部下を託すに値すると思ったから、連隊長に任命しました。

 今日の動きを見て納得してくださったでしょうか?

 それに、早く勝負をつける事もできたのにバーソロミュー侯に気を使って加減して戦ってあげております。そういう優しさのある人物だからこそ王子の側においても良いと思ったのですが」

 エリザベスはその言葉に俯き拳を震わせる。納得した訳ではなく、自分にとって全てが面白くない事になり我慢できないのだろう。


 ガッ

   カラン


 その音を最後にあれほど響いていた音がピタリと止む。剣を飛ばされ尻もちをついた状態のキリアンにテリーは木刀を突き付けている。勝負が誰の目からも明らかな形でついたようだ。

 テリーは柔らかく微笑み近づき手を差し出し起こすのを手伝おうとする。負けて悔しそうにしているキリアンにテリーの唇が何か言葉をかける。テリーの手はキリアンによって払われる。身体をさっさと起こしたキリアンは心がまったく入っていないと分かる儀礼的なお辞儀をしてから、さっさテリーから離れていく。テリーはその後ろ姿に静かに視線を向け大きく深呼吸をする。そして見守っていたバラムラスに視線を向けお辞儀をして木刀を片づけに下がる。バラムラスはその様子を見て苦笑する。そして心配そうに全てを見ていたフリデリックの視線に気が付き悪戯っぽい笑みを返し、肩をすくめた。

 その試合を純粋に楽しんだのはバラムラスとダンケだけだったようだ。それ以外の者にはなんとも微妙な感情を残したその試合。折角穏便にみせていたテリーとキリアンとの因縁深い関係を強めることとなった。この二人のこの歪な関係が意外過ぎる形でフリデリックに帰ってくることになるとはこの時分かる筈もなかった


 ※   ※   ※


 不安な気持ちで、テリーとキリアンとの試合の様子を書いたその日の日記を読みマルケスは溜息をつく。テリーとキリアンはどちらもマルケスが大好きなこの時代の偉人。この時代で既にそのようにテリーとキリアンが接触していたという事は読んでいるマルケスをドキドキさせる。

 異なる方向から国の為に動きそして時代を作り若くして散った二人。そんな二人だけに若いマルケスの心も踊るのだ。自分はもうテリーが連隊長となった年も超え、もうすぐこの年のキリアンの年齢となる。自分と変わらぬ年齢には按察官として活躍していたキリアンに、自分より幼いのに戦場で華々しく戦果をあげていたテリーと考えるとマルケスは自分が少し情けなくなる。これだとこの時代に生きていながら無為に生きて何もなしていないとフリデリックを笑う資格など自分にはないのかもしれないと思ってしまう。その若さでも頭角を現すからこそ偉人となるのは理解しているものの自分と置き換えると溜息をつくしかない。



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