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許さない

工房に、足音が響いた。


軽い。

迷いがない。


ラザルだった。


「……まだ残ってたんだ」


何気ない声。

用事がある風でもない。


ミレイアは、作業台の前で振り返る。


「はい。少しだけ」


それだけ答えて、手を止めた。


ラザルは、工房を見回す。


灯りは最低限。

作業は、もう終わっている。


「邪魔だった?」


「いえ」


即答。


沈黙が、落ちる。


ラザルは、壁際に寄りかかり、腕を組んだ。


(……変だな)


そう思う。


今日は、理由を作って来た。

「暇だから」で済ませるつもりだった。


なのに。


ミレイアの様子が、いつもと違う。


落ち着いている。

だが、どこか決めてきた顔だ。


「……何かあった?」


探るような声ではない。

ただ、聞いただけ。


ミレイアは、少しだけ視線を落とす。


それから、言った。


「……同じことが起きないとは、限らないと思いました」


ラザルの眉が、わずかに動く。


「私が、ここにいる限り」


声は、淡々としている。


責めていない。

怯えてもいない。


事実を並べる調子だ。


ラザルは、口を挟まない。


ミレイアは、続ける。


「魔道具を直す仕事は、好きです」


一度、言葉を区切る。


「だから……」


ほんの少し、間を置いて。


「もし次に、何か起きたら、その時は」


視線を上げる。


ラザルを見る。


「商会に頼らない形を、選ぶつもりです」


空気が、止まった。


……止まった。


ラザルの思考が、完全に追いつかない。


(は?)


表情には出ない。

だが、頭の中では、綺麗に止まった。


(……何を)


(……言ってる?)


ミレイアは、慌てない。


「今すぐではありません。今の予約が終わるまでは、責任を持ちます」


淡々と、補足する。


「ですが、その後は、個人で、細々と」


ラザルの口が、わずかに開く。


閉じる。


言葉が、出てこない。


(……待て)


(……おかしいだろ)


さっきまで。


——近づくしかない、と。

——踏み込む側に回る、と。


なのに。


(なんで)


(なんで、離れる前提なんだ)


守らせてもくれない。

頼ってもくれない。


挙げ句。


(辞める、方向で話を進める?)


ラザルは、ようやく声を出した。


「……君」


低い。


「それ、本気で言ってる?」


「はい」


即答だった。


迷いも、含みもない。


「商会に迷惑をかけ続けるのは、違うと思いました。判断を守るなら、その方が、筋が通ります」


理屈は、完璧だ。


だからこそ。


ラザルの胸の奥に、別の感情が刺さる。


(……違う)


(違うだろ)


口には、出せない。


これは、商人の反論じゃない。

会長としての説得でもない。


もっと、

ずっと個人的なところが、ざわついている。


(今)


(今、そういう話をするか?)


距離を詰めようとした、その瞬間に。


ラザルは、完全に思考停止したまま、立ち尽くす。


ミレイアは、そんな彼を見て、首を傾げた。


「……何か、問題がありましたか」


本気で、そう思っている顔だった。


ラザルは、ゆっくりと息を吐いた。


一つ。

深く。


それから、工房の床を踏み出す。


足音は、軽い。

だが、迷いはなかった。


ミレイアの前まで来て、止まる。


作業台を挟む位置。

触れない。

だが、距離は近い。


「……問題、しかないよ」


声は低い。

荒れていない。


だからこそ、重い。


ミレイアは、無意識に作業台の縁に手を置いた。

一歩、下がる。


結果として、

背中に、作業台が当たる。


「君ね」


ラザルは、視線を逸らさない。


「それ、“独立したい”って話じゃない」


静かに、言い切る。


「“切り離す”って話だ」


ミレイアは、瞬きをした。


「……違います」


「違わない」


被せる。

だが、声は強めない。


「君は、自分が原因で何か起きるなら、自分がいなくなればいい、って考えてる」


ミレイアは、言い返さない。


否定できないからだ。


ラザルは、その沈黙を見逃さなかった。


「それはさ」


一歩、詰める。


それでも、触れない。


「選択じゃない。処分だ」


ミレイアの喉が、わずかに動いた。


「……ですが」


絞り出すように言う。


「また同じことが起きたら……」


ラザルの眉が、わずかに寄る。


「守るよ」


即答だった。


「何回でも」


ミレイアは、目を見開く。


「……会長」


「今は、それで呼ばないで」


低い声。


「その呼び方されると、正しい顔でしか、話せなくなる」


一拍。


「今、僕は、正しくない」


空気が、変わる。


ミレイアは、言葉を探す。


だが、先にラザルが言った。


「だめだ」


短い。

はっきりしている。


命令でも、叱責でもない。


拒否だ。


「君が、ここが気に入らないって言うなら止めない。商会のやり方が合わないって言うなら、それも尊重する」


一つずつ、線を引く。


「でも」


距離は、そのまま。


「僕が守れないと思って、離れるのは、それだけは、許せない」


ミレイアの指が、作業台の縁を強く掴んだ。


「……守られるために、いるわけでは」


「知ってる」


即答。


「だから腹が立つ」


ミレイアは、息を詰めた。


ラザルは、ほんの少しだけ笑う。


自嘲に近い。


「君さ」


声が、低くなる。


「僕を、都合よく使わなすぎなんだよ」


ミレイアは、完全に言葉を失った。


「汚れ役も、盾役も、最悪、悪役だって」


一拍。


「全部、僕の方が得意だ」


それは、冗談めいていた。

だが、嘘じゃない。


「なのに君は、全部、自分で終わらせる前提で話をする」


視線が、絡む。


近い。

逃げ場はない。


だが、触れられてはいない。


「それで?」


ラザルは、静かに問う。


「僕は、何をすればいい」


ミレイアの胸が、きつく締まる。


答えが、出ない。


正解が、見つからない。


「……」


沈黙。


ラザルは、その反応を見て、悟った。


「……ああ」


小さく、息を吐く。


「なるほどね」


視線を逸らさずに、言う。


「君、僕を選択肢に入れてない」


それは、責める声じゃない。


事実を拾い上げる声だった。


「それはさ」


ほんの少し、声が柔らぐ。


「近づくしかないって、意味なんだよ」


ミレイアの心臓が、強く打つ。


ラザルは、最後に一言だけ落とした。


「独立の話は、保留だ」


理由は、言わない。


条件も、出さない。


「今日は、それだけ覚えておいて」


そう言って、ようやく一歩、距離を取った。


ミレイアは、その場から動けなかった。


作業台に手を置いたまま、

ただ、呼吸を整える。


ラザルは、背を向ける直前に、ぽつりと呟く。


「……ほんとに、厄介」


その声には、

もう、商人の余裕は残っていなかった。


工房に、再び静けさが戻る。


だが、

空気は、もう元には戻らなかった。

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