表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

67/72

独立

工房は、いつもと同じ匂いがした。


金属。

魔力残滓。

油と、乾いた布。


ミレイアは、一人だった。


昼の作業は終わっている。

急ぎの案件もない。


それでも、灯りは落とさなかった。


作業台の横。

いつも使っている小さな棚を、開ける。


中には、私物が少しだけ入っていた。


古い手袋。

自分の手に合わせて直した工具。

刻印が浅く、商会の備品には向かないもの。


——最初から、持ち込みだった。


ミレイアは、それらを一つずつ取り出す。


布で拭く。

刻印をなぞる。

欠けがないか、確かめる。


(……これも)


(……持っていく)


自然に、そう判断していた。


誰に言われたわけでもない。

許可も、確認も取っていない。


だが、

「持ち出してはいけない」とも、思わなかった。


ここで使っていた。

これからも、使う。


それだけだ。


棚の奥に、小さな記録帳があった。


商会の様式ではない。

自分用のもの。


判断理由。

直さなかった理由。

触らなかった理由。


——そして、直した理由。


ミレイアは、それを開く。


最後に書かれているのは、あの件。


古代装置。

修復不可。

不可逆的劣化。


ページの端を、指で押さえる。


(……また、起きる)


確信に近い感覚だった。


同じ組織でなくても。

同じ規模でなくても。


「直せる技師」がいれば、

必ず、寄ってくる。


判断を奪おうとする者は、現れる。


(……そのたびに)


(……商会を、巻き込む)


ラザルの顔が、浮かぶ。


会長室。

穏やかな声。

線を引く判断。


守ると言わない。

縛らない。


——だからこそ。


(……これ以上は)


甘えられない。


ミレイアは、記録帳を閉じた。


工房の隅にある、小さな椅子に腰を下ろす。


(個人で)


(できる範囲で)


派手な案件は、受けない。

判断が必要なものだけ、慎重に。


名を売らない。

学会にも、近づかない。


依頼は、少なくていい。

生活が回れば、それでいい。


(……直すのは、好きだ)


それだけは、嘘じゃない。


魔道具が、元の役目を取り戻す瞬間。

流れが、正しく整う感覚。


——あれが、好きだ。


でも。


(……守られるために、直すのは)


違う。


誰かの後ろで、

誰かの庇護のもとで、

判断を続けるのは。


(……違う)


ミレイアは、立ち上がる。


工具箱を開き、

中身を見下ろす。


いつもより、少しだけ軽く感じた。


(今の予約が終わったら)


(その時に、話そう)


まだ、言っていない。

まだ、決めきってもいない。


——だが。


準備は、始まっている。


それだけで、

十分だった。


ミレイアは、工房の灯りを落とす。


扉を閉める前、

一度だけ、振り返った。


(……好きな場所だ)


それも、本当だ。


だからこそ。


(……壊したくない)


自分が原因で、

ここが削られるのは。


ミレイアは、静かに扉を閉めた。


その背中を、

まだ誰も、追いかけてはいなかった。


——今は、まだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ