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幕間 仕事の範囲を超える

会合室を離れて、しばらく。


ラザルは、商会本館の裏手にある小さな執務室へ戻っていた。

会長室ほど整っていない。

短時間だけ使われる、簡素な部屋だ。


扉を閉める。

外套を脱ぎ、椅子に腰を下ろす。


机の隅に置かれた通信具に、指を伸ばした。


起動は一瞬。


「——ああ、僕だ」


声は低い。

会合で使っていたものとは、もう違う。


「例の件だけど」


一拍。


「動く必要、なくなった」


通信の向こうは、即座に返した。


『……そうですか』


感情のない声。

だが、驚きも、疑問もない。


「うん。話は終わった」


短く、それだけ。


「だから」


少し間を置いて、続ける。


「また、売店の仕事に専念して」


沈黙。


ほんの一瞬。


それから、向こうで、わずかに息を吐く気配があった。


『それは……』


声が、ほんの少しだけ緩む。


『ありがたいっすね』


商会本館の片隅で、だるそうに売り台に寄りかかっている、

あの青年の声、そのままだった。


ラザルは、口元だけでわずかに笑う。


「しばらくは、何もない」


『了解です』


「無理はするなよ」


『売店で無理すること、あります?』


「あるだろ。補充とか」


『あー……それは、まあ』


軽いやり取り。

だが、必要なことは、もう十分に伝わっている。


「じゃあ、切る」


『はい。また何かあれば』


通信が切れる。

魔導灯の光が消え、部屋に静けさが戻った。


ラザルは、椅子にもたれ、天井を見上げる。


一人になって、ようやく思考が動き出す。


(……なるほど)


ゆっくりと、理解が形になる。


(そういう選択をしたか)


円卓での光景が、自然と思い出される。


淡々とした声。

逃げ道を残さない言葉。

そして——自分自身を、条件として差し出す覚悟。


(本来)


(あれは、僕の役目だった)


相手が引かないなら、裏を使う。

商会を守るために、汚れる準備もしていた。


——それなのに。


(その前に)


(全部、終わらせられた)


腕を潰す。

喉を潰す。


それは、

「これ以上、何も取れない」という宣言であり、

同時に——


(……僕を、使わなかった)


頼れなかった、じゃない。

頼らなかった。


守ってくれとも言わない。

代わりに手を汚してくれとも言わない。


ただ、


そこまで行くなら、自分は終わる。


それだけ。


ラザルは、静かに息を吐いた。


(……困るな)


商人として、ではない。

判断としてもない。


もっと、感情に近いところで。


(嬉しい、はずなんだ)


自分の判断を貫いた。

誰にも委ねなかった。


それは、評価すべき強さだ。


それなのに。


(なんで、僕を外すんだよ)


胸の奥に、ちくりとした感覚が残る。


守らせてもくれない。

汚れ役も渡さない。


——置いていかれたみたいじゃないか。


(……情が先に来たな)


そう理解した瞬間、

距離を保てなくなる予感がした。


このまま、

「仕事ができる技師」としてだけ扱うのは、

たぶん、もう無理だ。


ラザルは、机の上の書類を一枚、裏返す。


(放っておく、は論外)


でも、「守る」でも、「管理する」でも、足りない。


(……近づくしかないか)


理由をつけて。

用事を作って。

暇だと言ってでも。


相手が頼らないなら、

こちらから踏み込む。


ラザルは、ゆっくりと立ち上がった。


「……ほんとに」


小さく、笑う。


「厄介な技師だ」


だが、その声には、

不満よりも、明確な興味が滲んでいた。


外套を手に取り、扉に向かう。


次に動くのは、

仕事の延長じゃない。


——自分が、行きたくなったからだ。


それだけの理由で、

十分だった。


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