結論
「私は——」
声は、震えていなかった。
円卓の中央。
全員の視線が、一点に集まる。
ミレイアは、ゆっくりと言葉を続けた。
「もし仮に、の話ですが」
前置きは、丁寧だった。
あくまで仮定。
あくまで可能性。
「もし私が、私の判断を奪われる環境に置かれるのであれば」
一拍。
空気が、わずかに張る。
レオニスは、まだ微笑みを保っている。
だが、その目が、ほんの少しだけ細くなった。
「私は」
ミレイアは、視線を逸らさない。
「職人としての私を、殺します」
その言葉は、
あまりにも静かだった。
——だからこそ。
意味が届くまでに、
一瞬の、遅れが生まれた。
補佐役の女性が、わずかに息を詰める。
レオニスの指が、机の縁で止まった。
「……それは」
レオニスが、言葉を探す。
「どういう——」
「具体的に、申し上げます」
ミレイアは、淡々と続けた。
感情は、乗せない。
脅しもしない。
ただ、事実として並べる。
「もし、無理矢理に修復を強いられるのであれば」
一拍。
「罪人用の刻印を、この腕に刻みます」
視線が、自分の右腕に落ちる。
「ご存知かとは思われますが、二度と魔道具に触れられなくなります」
——完全な職人生命の放棄。
その意味を、
この場にいる全員が理解した。
「また」
ミレイアは、続ける。
「もし、知識を吐かせるために、強制的な処置が行われるのであれば」
一拍。
「……喉を潰します」
言葉は、短い。
だが、
一切の比喩はなかった。
——声を失う。
——詠唱も、指示も、説明もできなくなる。
修理技師として、完全に終わる。
沈黙が、円卓を支配する。
レオニスの表情から、初めて“余裕”が消えた。
(……何を、言っている)
そう思った瞬間、
それが本気だと理解してしまった顔だった。
補佐役の女性は、無意識に書類を抱き直す。
——この技師は、脅せない。
——管理できない。
そして。
——使えない。
ラザルは、
一言も発していない。
だが、内心では、はっきりと息を呑んでいた。
(……そこまで、行くのか)
(……壊す覚悟だとは)
さすがに、想定していなかった。
ミレイアは、最後にこう言った。
「私は、直せるから、ここにいます」
視線が、レオニスに戻る。
「直せないなら、直さないなら」
一拍。
「存在する意味は、ありません」
円卓の上に、逃げ道は、もう残っていなかった。
レオニスは、しばらく黙っていた。
それから、ゆっくりと口を開く。
「……そこまでの覚悟を、強いるつもりは」
「覚悟を、強いられる環境に置かれるのであれば」
被せるように、ミレイアが言う。
「私は、先に終わらせます」
先に。
——使われる前に。
——壊される前に。
自分で。
レオニスは、
何も言えなくなった。
ここに至って、ようやく理解したのだ。
この技師は、
条件で動かない。
圧でも動かない。
——選べるのは、撤退だけだと。
ラザルは、そこで初めて口を開いた。
「……以上が」
静かな声。
「我が商会の技師の意思です」
机に、軽く指を置く。
「ご理解いただけない場合は、本日の会合は、ここまででしょう」
脅しではない。
宣言でもない。
ただの、事務的な締めだった。
沈黙。
長い。
だが、十分だった。
レオニスは、ゆっくりと息を吐いた。
「……承知しました」
その声には、
もう勝者の余裕はない。
「本件については改めて、内部で協議いたします」
——撤退。
それ以上でも、それ以下でもない。
会合は、そこで終わった。
誰も、勝ったとも、負けたとも言わなかった。
だが。
結果だけは、
はっきりしていた。




