確信
工房の予定表は、常に埋まっている。
それが、ここでの常だった。
月単位。
長いものは、年単位。
危険物。
判断案件。
「触らない」と決めるためだけの確認。
——全部、順番待ちだ。
ミレイアは、朝一番に予定表を開いた。
指先で、日付をなぞる。
「……?」
一箇所、空いている。
昨日までは、確かに入っていたはずの枠だ。
(キャンセル……?)
珍しくはない。
稀に、依頼主の都合で流れることもある。
そう思って、次を見る。
その次。
さらに次。
ぽつ、ぽつ、と。
(……空いてる)
一件だけではない。
三件。
四件。
すべて、直近ではない。
少し先。
「余裕を見て組んでいた」枠ばかり。
理由欄を開く。
《都合により、今回は見送ります》
《内部調整のため、延期》
《別件を優先》
どれも、丁寧だ。
失礼はない。
謝罪もある。
だが——
(……同じだ)
文面が、似すぎている。
ミレイアは、予定表を閉じた。
一度、深呼吸をする。
(……気のせい)
そう言い聞かせて、
別の端末を開く。
工房全体の進行状況。
他の職人の予定は——
(……減ってない)
むしろ、忙しそうだ。
自分のところだけが、
静かに、空いていく。
昼過ぎ。
別の通知が入る。
来月分の確認依頼。
そこにも、取り消しの印が一つ。
ミレイアは、椅子にもたれた。
(……私?)
思考が、自然とそこに辿り着く。
数週間前。
あの面談。
《お断りします》と、
正式に返した日。
その直後から——
(……タイミング、が)
合いすぎている。
否定材料を探す。
偶然。
年度切り替え。
予算調整。
どれも、あり得る。
だが。
一年先まで埋まっていた予定が、
ここまで、綺麗に空く理由としては——
弱い。
ミレイアは、膝の上で手を組んだ。
(……商会に、迷惑が)
その考えが浮かんだ瞬間、
胸の奥が、ひやりと冷える。
ここは、雇われている場所だ。
自分一人の都合で、
流れを乱していいはずがない。
(……もし)
もし、
自分が断ったせいで。
もし、
「扱いづらい技師」だと
判断されたのだとしたら。
(……)
答えは、出ない。
だが、数字は嘘をつかない。
予定表は、確実に軽くなっている。
ミレイアは、端末を閉じた。
そのまま、しばらく動かなかった。
工房の音が、遠い。
魔道炉の低い唸り。
刻印の擦れる音。
誰かの足音。
——全部、いつも通りだ。
それが、余計に刺さる。
(……このままでも)
(……困らない、のかもしれない)
自分がいなくても。
判断をしなくても。
直すか、直さないかを決めなくても。
工房は、回る。
商会も、回る。
ミレイアは、ゆっくりと立ち上がった。
工具箱を、見下ろす。
いつもの位置。
いつもの重さ。
(……選べるうちに)
(……決めないと)
失う覚悟を、先に決める。
何を、どこまで、差し出すのか。
——自分の中で。
ミレイアは、静かに踵を返した。
向かう先は、一つ。
会長室。
(……説明、しないと)
そう思った時点で、自分が何を選ぼうとしているのか、もう分かっていた。
(……守るなら)
(……私が、終わらせる)




