幕間 報告
商会への違和感は、止まらなかった。
依頼は、完全には切れない。
だが、戻ってもこない。
交渉は、成立寸前で停滞する。
承認は、理由もなく棚上げされる。
どれも「問題なし」と言われる。
どれも「想定内」と処理される。
——だからこそ、質が悪い。
会長室。
昼間の光は落ち、窓の外はもう夜に近い。
机の上には、処理しきれなかった書類が積まれている。
ラザルは、一人だった。
秘書も、部下も、下げている。
この時間帯に来る連絡は、限られている。
机の隅で、小さく魔導灯が瞬いた。
通信。
ラザルは、すぐに応じた。
「どう?」
返事は、簡潔だった。
『例の件、洗いました』
声は、抑揚がない。
報告に感情を乗せない声。
ラザルは、椅子にもたれたまま聞く。
「流れは?」
『商会への圧力案件、三十八件。直接的な妨害はなし。全部、合法の範囲内です』
「だろうね」
想定通り。
『ただし』
一拍。
『起点を辿ると、同じところに戻ります』
ラザルの指が、机の縁で止まった。
「……続けて」
『依頼の取り下げ、承認の遅延、交渉の停滞。全部、表向きの理由は別ですが、一次の経路を整理すると——』
声が、少しだけ低くなる。
『学会経由、共同研究名義、外郭機関を挟んだ委託。全部、同じ機関に繋がります』
ラザルは、目を閉じた。
「……名前は」
『《汎域魔道技術評価・再生統合機関》』
やはり、そこか。
『それと』
ラザルは、答えを待つ。
『先日の古代装置の修理依頼ですが』
空気が、静かに張る。
『一次の出所、同じです』
一拍。
『名義を分散させてます。学会を通し、複数都市を経由。記録上は、問題ありません』
淡々とした報告。
だが、内容は致命的だった。
——あの魔道具の依頼元。
ラザルは、息を吐いた。
「……なるほど」
声は、落ち着いている。
『向こうは、装置が「修復不能と判断された状態で返却された」と認識しています』
「壊されたとは、思ってない」
『はい』
「だから、焦ってる」
『おそらく』
短い肯定。
ラザルは、ゆっくりと目を開けた。
視線は、机の一点に落ちている。
「他には?」
『今のところは以上です』
『次は、どう動きますか』
質問は、簡潔だった。
ラザルは、即答しなかった。
数秒。
それから、静かに言う。
「……準備に入って」
声は、低い。
「まだ、手は出さない」
『了解』
「でも」
一拍。
「いつでも、出せるようにしておいて」
返事は、なかった。
それで、十分だった。
通信が切れる。
魔導灯の光が、消える。
会長室に、静寂が戻った。
ラザルは、一人で椅子に座ったまま、天井を見上げる。
(……完全に、黒)
偶然じゃない。
善意でもない。
最初から——
囲うつもりだった。
技師を。
判断を。
そして、装置を。
ラザルは、机の上の手紙を思い出す。
丁寧で、礼儀正しく、管理を口にした、あの文章。
(……順番を、間違えたな)
こちらがまだ何も奪われていない段階で、圧をかけた。
焦っている。
それが、何よりの証拠だった。
ラザルは、肘を机につき、指を組む。
(……汚れる準備は、できてる)
必要なら。
商会を守るためなら。
だが——
その瞬間。
脳裏に、
静かな声が浮かぶ。
「直さない判断も、仕事だと思っています」
ミレイアの声。
ラザルは、目を細めた。
(……君は)
(……どこまで、見えてる?)
答えは、まだ出さない。
だが、状況は揃った。
敵は、確定した。
あとは——
誰が、先に踏み出すか。
商会の外では、
何事もない夜が流れている。
誰にも気づかれないところで、
天秤は、静かに傾き始めていた。




