面談
面談の場所は、商会でも学会でもなかった。
都市中央区画。
各国の使節が使う中立施設の一角。
過度な装飾はない。
だが、調度はすべて上質で、手入れが行き届いている。
——長く使われる前提の空間。
案内された応接室には、すでに二人の人物が待っていた。
一人は、年配の男性。
銀髪を後ろでまとめ、眼鏡をかけている。
穏やかな表情。
姿勢は柔らかい。
もう一人は、若い女性。
書類を抱え、立ち位置は一歩後ろ。
補佐役だろう。
「お越しいただき、ありがとうございます」
最初に口を開いたのは、年配の男だった。
「私は、レオニス・ヴァルデン」
「本機関の統括調整官を務めております」
名刺代わりの小さなプレートを差し出す。
肩書きは簡潔だ。
余計な権威は、載せていない。
ミレイアは、軽く一礼する。
「ミレイア・カレヴァンです」
それだけ。
レオニスは、にこやかに頷いた。
「存じております」
「今日は、お時間をいただき感謝します」
形式的な挨拶を終え、着席する。
距離は、適切。
近すぎず、遠すぎない。
お茶が運ばれる。
香りは穏やかで、刺激がない。
——緊張を煽らない配慮。
「さて」
レオニスは、手元の書類に目を落とす。
「まずは、改めて」
「我々の機関について、簡単にご説明を」
語り口は、学会の講演に近い。
「古代から現代に至るまで、魔道技術には、価値と同時に危険が内包されています」
自然な前置き。
「我々は、それらを正しく評価し、管理し、未来に禍根を残さない形で保存する」
“保存”。
その言葉を、意図的に選んでいる。
「破壊ではなく、放置でもなく。再生と制御」
ミレイアは、黙って聞いていた。
頷かない。
否定もしない。
ただ、聞く。
レオニスは、視線を上げる。
「貴女の経歴は、非常に興味深い」
一枚の資料が、机の上に置かれる。
「国宝級魔道具の修繕、規格外装置の判断。——直さない、という選択」
そこで、わずかに間を置く。
「それらは、技術だけではできません。判断力です」
評価の言葉。
だが、持ち上げすぎない。
「我々が求めているのは、“直せる技師”ではなく“判断できる技師”です」
ミレイアは、ゆっくりと瞬きをした。
「……私の判断は、常に正しいわけではありません」
事実だ。
「ええ」
レオニスは、即座に肯定した。
「だからこそ、価値がある」
補佐役の女性が、静かに資料を差し出す。
そこには、いくつかの装置の概要図が載っていた。
どれも——止まっている。
「これらは、現在稼働していない装置です。起動条件が不明。あるいは、危険性が否定できない」
ミレイアは、図面に目を走らせる。
(……古い)
(……でも、全部)
直せる。
そう思ってしまう自分を、意識的に止める。
レオニスは、穏やかに言った。
「貴女には、修復を“強制”しません。判断を、委ねます」
その言葉は、柔らかい。
だが。
(……委ねる、とは言っている)
(……でも)
ミレイアは、そこで初めて口を開いた。
「一つ、確認してもよろしいですか」
レオニスは、微笑んだ。
「もちろん」
ミレイアは、言葉を選ばない。
「もし私が、“直さない”と判断した場合は」
一拍。
「どうなりますか」
空気が、わずかに変わった。
ほんの一瞬。
だが、確かに。
レオニスは、すぐには答えなかった。
お茶に手を伸ばし、一口含む。
それから、穏やかに言う。
「そのような判断に至る前に、十分な情報共有と協議を行います」
予想通りの答え。
ミレイアは、重ねる。
「それでも、判断が変わらなかった場合は」
レオニスは、困ったように笑った。
「……技術者一人に、過度な責任を負わせることは、ありません」
言葉は、正しい。
だが、核心には触れない。
「我々は、常に最適解を探します。貴女と“共に”」
“共に”。
その言葉が、やけに強調される。
ミレイアは、ゆっくりと息を吐いた。
(……やっぱり)
(……直さない選択肢は)
(……用意されていない)
だが、それを今、断定する理由はない。
ミレイアは、頷いた。
「……分かりました」
今日は、ここまでだ。
レオニスは、安堵したように微笑む。
「ありがとうございます。本日は、顔合わせということで」
立ち上がる。
「ご検討いただき、後日、お返事をいただければ」
ミレイアも、立ち上がった。
「はい」
短い返事。
退室する直前、
レオニスが、ふと付け足す。
「——ミレイア殿」
「はい」
「貴女のような技師は、世界に必要です」
善意の言葉。
だが。
ミレイアは、歩きながら思った。
(……必要なのは)
(……“私”じゃない)
扉が、静かに閉まった。




