幕間 変わらない
会議室は、いつも通りだった。
白い壁。
長机。
記録用の魔導板。
資料は整っている。
結論も、もう出ている。
「では、次の案件に移ります」
進行役の研究員が、淡々と告げた。
「先日回収された古代装置についてですが……調査の結果、経年劣化による内部崩壊と判断されました」
資料が切り替わる。
断面図。
数値。
注記。
どれも、よくあるものだ。
「主核部の結晶配列が不可逆的に劣化しており、解析は困難。再起動の試行は非推奨」
「修復は?」
別の研究員が、形式的に確認する。
「不可能です」
即答だった。
「外見上は保存状態が良好でしたが、内部構造が古すぎる。現行規格との互換もなく……まあ、よくある話ですね」
誰かが、苦笑する。
「期待してたんだけどな」
「発掘品なんて、九割はこんなものですよ」
「一割を引くのが、我々の仕事ですから」
軽い笑い。
場の空気は、和やかだ。
「記録は?」
「《解析不能・研究対象外》で保管終了。必要があれば、展示用に回すか、廃棄判断で」
「了解」
議題は、そこで終わった。
誰も、
その装置について、
それ以上、口にしない。
会議が終わり、
人が散っていく。
最後に残った若い研究員が、
ふと資料を見返した。
「……修復を担当した商会、でしたっけ」
独り言のように。
「アル=ハディード、だったかな」
だが、誰も答えない。
もう、次の予定の話が始まっている。
窓の外では、
穏やかな光が差し込んでいた。
世界は、
何事もなかったかのように、
回り続けている。
——その日。
学術連合の記録には、
一つの装置が、
静かに「失われた」と記された。
それだけだった。
※
商会本館の裏手。
人目につかない回廊を抜けた先に、
いつもの小さな窓口があった。
《従業員用購買》
ラザルは、軽くノックをしてから声をかける。
「やあ」
返事は、少し遅れて返ってきた。
「はーい……」
間延びした声。
窓口の向こうには、
相変わらず眠そうな男がいた。
姿勢は崩れている。
だが、棚も帳簿も、乱れはない。
「どう?」
ラザルが、軽く聞く。
「変わらないっすね」
即答。
「在庫も、人も。平和っす」
ラザルは、ふっと笑った。
「それは何よりだ」
少しだけ、声を落とす。
「ちょっとね。気に留めておいてほしいことがあって」
懐から、紙を一枚出す。
折り畳まれた、簡素なメモ。
内容は、短い。
男は、紙を受け取る。
目を通すのは、一瞬だった。
「……了解っす」
短く。
質問はない。
男は、紙を帳簿の下に滑り込ませる。
在庫表の一番下。
誰も見ない場所。
それで、話は終わり——のはずだった。
ラザルは、去り際にふと思い出したように言う。
「売店、楽しい?」
男は、一瞬だけ間を置いた。
それから、いつもの気の抜けた声で答える。
「天職っすね」
少しだけ、口の端が上がる。
「終身雇用で、お願いします」
ラザルは、笑った。
「元々、終身雇用だよ」
男は、肩をすくめる。
「ですよね」
それ以上、何も言わない。
ラザルは、窓口を離れる。
回廊を戻りながら、思う。
——変わらない、というのは強い。
表では、何も起きていない。
それでいい。
起きないようにするのが、
彼の仕事で。
それを、支えるのが——
自分の役目だ。
ラザルは、足を止めずに歩いた。
商会は、今日も静かに回っている。
誰にも気づかれないところで。




