役割
工房は、いつも通りだった。
魔道炉の低い音。
刻印が擦れる乾いた響き。
職人たちの足音。
——何も、変わっていない。
作業台の上に置かれている装置も、見た目だけなら、ただの発掘品だ。
外装はそのまま。
刻印も残っている。
破損は、ない。
だが。
内部は、
静かに、完全に、死んでいる。
演算は回らない。
判断は成立しない。
再起動も、できない。
「経年劣化」
「結晶配列の自然崩壊」
「解析不能」
そう分類される状態。
誰が見ても、“よくある古代装置の寿命”だ。
ミレイアは、少し離れた場所からそれを見ていた。
(……問題は、ない)
技術的にも。
証拠的にも。
だが——
胸の奥は、まだ落ち着かない。
「……会長」
ラザルは、書類に目を通したまま顔を上げた。
「なに?」
「……私も、学会に行きます」
一拍。
「謝罪を、します」
ラザルは、瞬きをする。
「謝罪?」
「はい」
ミレイアは、きちんと姿勢を正した。
「結果的に、装置は戻せませんでした。商会として請け負った依頼です。信用に…… 傷をつけました」
言葉は、職人としてのそれだ。
判断。
責任。
対応。
「私が、説明します。責任も…… 取ります」
ラザルは、しばらく黙っていた。
それから、書類を閉じる。
「……ミレイアさん」
声は、穏やかだ。
「それ、君の仕事じゃない」
ミレイアは、首を振る。
「でも——」
「違う」
即座だった。
「君は、装置を見て、判断して、止めた。それは、職人の仕事だ」
一拍。
「その“後”を処理するのが、商人の仕事」
線を、はっきり引く。
「役割を、越えないで」
ミレイアは、言葉に詰まる。
「……でも」
「信用?」
ラザルは、軽く肩をすくめた。
「信用はね、謝って守るものじゃない」
机に肘をつく。
「“次に困った時、また頼める”って思わせて守るもの」
ミレイアは、黙る。
「今回の件は」
ラザルは、淡々と言った。
「発掘品の経年劣化。内部結晶の自然崩壊。修復不能」
書類を、指で叩く。
「学会側も、百回は見てきたやつだ」
「……でも」
「それに」
視線が、ミレイアに戻る。
「君が前に直した装置、覚えてる?」
「……学園の、演算装置ですか」
「そう」
ラザルは、軽く笑う。
「“あれ”があるからね。今回一件くらい、向こうも強くは出ない」
言い切る。
「貸しは、もう作ってある」
ミレイアは、少しだけ目を見開いた。
(……そこまで)
「だから」
ラザルは、椅子から立ち上がる。
「今回は、僕が行く。君は、ここにいて」
「……でも」
「命令じゃない」
すぐに付け足す。
「判断だよ」
ミレイアは、しばらく考えてから、息を吐いた。
「……分かりました」
だが、完全には納得していない顔だ。
ラザルは、それを見て少しだけ声を柔らかくする。
「ミレイアさん」
「はい」
「君がやったことは、正しい」
昨日と、同じ言葉。
「だから、君が前に出て頭を下げる必要はない」
一拍。
「それは、僕の役目だ」
ミレイアは、視線を落とす。
「……ありがとうございます」
小さな声。
ラザルは、軽く手を振った。
「はいはい。じゃあ、留守番よろしく」
冗談めかして。
工房を出る直前、
一度だけ振り返る。
「あと」
「はい」
「次、似た匂いの装置が来たら、最初に僕を呼んで」
笑わない目で。
「その時は、もっと早く一緒に止めよう」
ミレイアは、はっきり頷いた。
「はい」
ラザルが去り、
工房にいつもの音が戻る。
ミレイアは、
再び装置に視線を向けた。
見た目は、ただの古い装置。
だが——
自分は、もう知っている。
壊したのは、
装置だけじゃない。
“使われる可能性”そのものだ。
ミレイアは、工具を整えた。
次の仕事が、待っている。
だが、
何かあれば。
——一人では、やらない。
それだけは、
もう、決まっていた。




