責任
「……会長」
声が、揺れた。
『ミレイアさん?』
いつもの声だった。
穏やかで、少し軽い。
——だからこそ。
「……すみません」
言葉が、続かない。
「私……今……」
喉が、詰まる。
説明しなければならない。
けれど、何から言えばいいのか分からない。
通信の向こうで、
空気が切り替わった。
『ミレイアさん』
声が、低くなる。
『動かないで』
それだけ。
短い。
判断だった。
「……はい」
次の瞬間。
空間が、折り畳まれる。
音も、光も、最小限。
転移。
ラザルが、そこにいた。
外套は羽織ったまま。
表情は、仕事の顔。
周囲を一瞥する。
ミレイア。
作業台。
結界。
そして——装置。
ラザルは、何も言わなかった。
説明を求めない。
質問もしない。
ただ、受け取って、決める。
ミレイアの手が取られる。
強くない。
だが、迷いがない。
「……」
次の瞬間。
再び、転移。
⸻
着地と同時に、空気が変わる。
柔らかい。
閉じている。
外と切り離された空間。
多層結界。
遮断。
隔離。
——守るためだけの部屋。
床に足が着いた瞬間、
膝の力が抜けた。
「……っ」
崩れる前に、
腕が差し込まれる。
ラザルだった。
引き寄せない。
抱きすくめない。
落ちないよう、位置だけを支える。
そのまま、ソファへ。
深く、沈む。
ミレイアは、座ったまま俯いた。
呼吸が、乱れる。
「……」
ラザルは、距離を詰めすぎない。
だが、離れもしない。
手は、まだ腕に触れている。
逃げ道を塞がない。
一人にも、しない。
「……大丈夫」
声は、低い。
「ここは、安全だ」
ミレイアは、何度か呼吸を繰り返す。
吸って。
吐いて。
ようやく、言葉になる。
「……装置が」
声は、小さい。
「最初は……普通でした」
説明は、途切れ途切れだ。
「演算補助。評価装置。古くて……よくある構造で」
一度、言葉が止まる。
「……でも」
喉が、震える。
「途中から……違いました」
ラザルは、何も言わない。
「判断の分岐が……人を前提にしていなくて」
視線が、落ちる。
「対象を……数として扱っていました」
効率。
破壊。
処理。
言葉にしなくても、伝わる。
「……兵器でした」
言った瞬間、
それが、現実になる。
「古代の……破壊兵器です」
ラザルは、短く息を吐いた。
「……それで」
声は、穏やかだ。
ミレイアは、唇を噛む。
「……壊しました」
掠れた声。
「誰も……直せないように」
一つ、息を吸う。
「……全部、分かって……できました」
指先が、震える。
「私……あれを……直せました」
理解できた。
分解できた。
壊せた。
その事実が、今になって重く落ちてくる。
「私が……」
そこで、
ラザルが、静かに言った。
「ミレイアさん」
名前を呼ぶ。
「そこまででいい」
ラザルは、姿勢を低くした。
同じ高さで、視線を合わせる。
「……ミレイアさん」
名前を呼ぶ。
「聞いて」
静かな声。
「君は、止めた」
断定。
「一人で、判断して、一人で止めた」
一拍。
「でも」
そこで、区切る。
「責任は、君一人のものじゃない」
はっきりと。
「君がやった判断は、僕も引き受ける」
逃げ道のない言葉。
「君だけに、背負わせない」
ミレイアは、顔を上げる。
「……怒らないんですか」
ぽつりと。
ラザルは、少しだけ目を細めた。
「怒る理由がない」
「壊したから?」
「止めたから」
即答だった。
ミレイアの喉が、鳴る。
何かが、静かにほどける。
ラザルは、最後に言った。
「君は、正しい判断をした」
揺らぎのない声。
「それだけは、変わらない」
ミレイアは、背もたれに身を預けた。
震えは、まだ残っている。
けれど——
一人では、なかった。
それだけで、今は、息ができた。




