修復不可
ミレイアの喉が、かすかに鳴った。
(……だめ)
(……考えるな)
(……止めろ)
だが、思考は止まらない。
——止められる方法。
起動を封じる。
封印を施す。
封印を維持する。
(……無理)
封印は、解かれる。
時間が経てば、必ず。
(……私が、直せる)
(……他の誰かも、いずれ)
その考えが浮かんだ瞬間、
ミレイアは、理解した。
工具箱を引き寄せる。
いつもと同じ位置。
いつもと同じ距離。
だが、選ぶ工具が違う。
切断用ではない。
破壊用でもない。
調整用。
ミレイアは、装置の主核へ近づいた。
魔力は、まだ流していない。
起動条件にも、触れていない。
それでいい。
(……起こさない)
まず、演算核の外周。
補助核との同期刻印。
評価分岐の要。
ここを壊せば、異常は分かりやすく出る。
だから——
壊さない。
刻印の意味だけを、ずらす。
ほんの一画。
角度を変える。
流れを、逃がす。
魔力は通る。
だが、判断は成立しない。
次。
制御層。
起動条件と解除条件が絡み合う場所。
ここも、削らない。
代わりに、
前提条件を書き換える。
「対象が存在する場合、処理を行わない」
その一文を、論理基底に沈める。
対象の定義は、空白。
制御は、意味を失う。
装置は、
何も判断できなくなる。
だが、それだけでは足りない。
ミレイアは、さらに奥へ進んだ。
再起動用の補助回路。
外部からの強制通電に備えた逃げ道。
ここを残せば、
“誰か”が再構築する。
だから——
素材を壊す。
金属ではない。
刻印でもない。
結晶格子。
古代特有の、再現困難な配列。
ミレイアは、温度を選んだ。
高すぎない。
低すぎない。
劣化として処理される温度。
結晶の内部構成が、
音もなく崩れる。
見た目は、変わらない。
だが、
同じ配列は、二度と組めない。
最後に。
演算核の中心。
最も深い場所。
触れれば、分かる。
思想。
設計者の向き。
ミレイアは、
ほんの一瞬だけ、そこを見る。
そして——
切り離した。
破壊しない。
消去しない。
孤立させる。
演算核は、
考え続けるが、
結論に至らない。
作業は、そこで終わった。
工具を戻す。
手袋を外す。
ミレイアは、装置を一度だけ見た。
見た目は、
何も変わっていない。
起動すれば、
静かに沈黙する。
「劣化」
「経年不良」
「解析不能」
そう、分類される。
再現は、できない。
ミレイアは、
そこで初めて、息を吐いた。
指先が、わずかに震えている。
(……私)
喉が、詰まる。
(……理解できた)
直せた。
分解できた。
壊せた。
それが、
今になって、重く落ちてくる。
声は、出なかった。
膝が、少し緩む。
(……一人で、抱えることじゃない)
通信機を掴む。
番号を押す指が、
一度だけ止まる。
それでも——
呼び出した。




