即決
販売部門の応接室は、珍しく騒がしかった。
机の上には、すでに空になった輸送箱。
その横で、数枚の契約書が重ねられている。
「――いやあ、本当に助かりました!」
声を張り上げているのは、学園側の男だった。
年齢は三十代後半。
外套の下には学術都市仕様の制服。
胸元の徽章は控えめだが、刻印はきちんと最新式だ。
ルミナ学術連合附属学院
魔道具管理部・主任
エドガー・ルフェンシュタイン
現場と事務の両方を知っているタイプの人間だ。
「《アレイオン式多重思考補助演算装置》が、まさかこの状態で手に入るとは……!」
エドガーは、空の箱を名残惜しそうに見つめる。
「現行型の《演算補助環・カリクルスⅦ》と比べても、思考分岐の柔軟性が段違いです。特に仮説評価の揺らぎ処理……あれは、今の規格じゃ再現できません」
息を吸い、吐く。
「これ一台で……いえ、正直に言えば、研究室が三つは救われました」
ラザルは、にこやかに頷いた。
「そう言ってもらえると、こちらも嬉しいよ」
「ええ、ええ! ですから!」
エドガーは、すぐに身を乗り出す。
「同型機、他にもお持ちでは? 可能であれば、是非、是非追加で――」
ラザルは、そこで首を傾げた。
わざとらしくない。
だが、即答もしない。
「……出したいのは山々なんだけどね」
穏やかな声。
「これ、仕入れ品じゃないんだ」
エドガーが、瞬きをする。
「……と、言いますと?」
「死蔵品を、修復した」
短く。
「だから、同型を安定したルートで仕入れるのは、正直難しいかな」
一拍。
空気が、止まった。
「……」
エドガーの表情が、ゆっくりと変わる。
理解。
確認。
そして――驚愕。
「……今」
声が、わずかに裏返った。
「直した、と……?」
ラザルは、あっさり頷く。
「うん」
「……この《アレイオン式》を?」
「そう」
エドガーは、椅子から半分立ち上がった。
「そ、それは……!」
言葉が追いつかない。
「アレイオン式は、素材不足で生産停止した旧世代装置です! 内部構造も非公開、現行規格とも噛み合わない! それを……修復……?」
一度、深呼吸をする。
「その方は…… その技師の方は、どちらに……?」
視線が、ラザルに突き刺さる。
ラザルは、即座に答えた。
「ダメ」
一言。
はっきりと。
「うちの大事な技師だから」
エドガーが、固まる。
「……」
「引き抜きは、受けない」
淡々と。
「本人が望めば別だけど。少なくとも、僕から差し出すことはしない」
それは、商人の判断であり、
上司の線引きだった。
エドガーは、数秒黙ったあと、ゆっくりと座り直す。
「……失礼しました」
頭を下げる。
「興奮しすぎました」
だが、すぐに顔を上げる。
目は、諦めていない。
「では、せめて。今後、同型機、あるいは類似構造の装置が出た場合」
慎重に、言葉を選ぶ。
「優先的に、当学院へ回していただくことは……?」
ラザルは、少し考える素振りを見せてから、微笑んだ。
「それなら」
一拍。
「条件付きで、いい」
エドガーの目が、輝く。
「条件、とは?」
「修復は、うちでやる。用途も、使用範囲も、事前に相談する」
線を引く。
「“研究のため”って言葉を、便利に使わないでほしい」
エドガーは、即座に頷いた。
「誓います。管理部の名にかけて」
ラザルは、満足そうに息を吐く。
「じゃあ、話は早い」
契約書に、指先を添える。
「同型、もしくは同系統が出たら、連絡するよ」
「ありがとうございます!」
今度は、深く頭を下げた。
「本当に……ありがとうございました」
やり取りが終わり、
エドガーが部屋を出たあと。
応接室には、静けさが戻る。
ラザルは、背もたれに預けて、天井を見上げた。
「……いやあ」
独り言のように。
「学園は、元気だね」
その足で、
ラザルは工房へ向かった。
工房は、いつも通りだった。
刻印の音。
魔道炉の低い唸り。
工具が触れ合う、乾いた響き。
ミレイアは、作業台の前で手を動かしている。
集中している時の背中だ。
ラザルは、邪魔しない距離で声をかけた。
「ミレイアさん」
「はい」
即座に返る。
「さっきね」
軽い調子で。
「学園から、話が来たよ」
ミレイアの手が、止まる。
「……話、ですか」
「うん」
ラザルは、作業台に寄りかからず、立ったまま続けた。
「特別講師になってほしいって。たまにでいいから」
ミレイアは、少しだけ考える。
ほんの数秒。
だが、答えは早かった。
「……お断りします」
即答だった。
ラザルは、驚かない。
「理由は?」
「待っている方たちが、いますから」
視線は、作業台の上。
未着手の札。
修理待ちの箱。
「ここで、直されるのを」
それだけで、十分だった。
ラザルは、小さく息を吐く。
「だと思った」
ミレイアは、少し間を置いてから、付け足す。
「それに……」
一拍。
「誰かに教えるのは、ちょっと、苦手です」
言い切りではない。
だが、正直な声。
ラザルは、思わず笑った。
「向こうが聞いたら、泣くよ」
「……すみません」
謝るところではない。
だが、ミレイアはそう言った。
「ちゃんと断っておくよ」
ラザルは、軽く頷く。
「“今は現場が優先だ”って」
ミレイアは、再び手を動かし始めた。
刻印の音が、戻る。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
それだけのやり取り。
だが、ラザルは、工房を出る前に一度だけ振り返った。
作業台に向かう背中。
(……そういうところ)
口には出さない。
工房の扉が閉まる。
刻印の音。
魔道炉の唸り。
何も変わらない。
だが。
学園からの評価も断った、その場所で。
ミレイアは、今日も一つ、直すべきものを直していた。




