眠る頭脳
倉庫の奥は、入り口側よりずっと暗い。
照明が届いていないわけではない。
だが、光が途中で吸われている。
結界だ。
古い。
用途は保存。
だが、念入りすぎる。
ミレイアは、足を止めた。
棚の影。
壁際。
他の木箱より、明らかに大きな塊。
木製ではない。
金属でもない。
複合材。
外装は鈍い灰色。
刻印は最小限。
だが、配置が異様に整っている。
(……箱、じゃない)
固定具。
移動を前提にしていない構造。
死蔵品というより、
置かれたまま、忘れられた設備だ。
手をかざす。
魔力反応は、ほとんどない。
だが、均一だ。
壊れた機器特有の濁りがない。
(……止まってるだけ)
保存用の結界の隙間を見つけ、
慎重に解除する。
抵抗は、ない。
だが、層が多い。
一枚。
二枚。
三枚。
最後の層が外れた瞬間、
空気が、わずかに変わった。
静かだが、
密度がある。
ミレイアは、息を整えた。
(……これは)
装置の側面に回り、
外装の点検を始める。
魔力導線。
冷却刻印。
演算補助陣。
一つ一つは、
常識的な設計だ。
だが——
(……重なりすぎてる)
内部構造を想像しただけで、
負荷の重さが伝わってくる。
(……単純な処理じゃない)
ミレイアは、運搬用の装置を起動した。
この装置は、
ここで触るべきではない。
判断は、すでに出ている。
工房へ。
工房に戻ると、
ミレイアは作業台を二つ連結した。
通常の修理台では、足りない。
外套を脱ぎ、マスクを上げる。
(……落ち着いて)
まずは、開く。
外装は頑丈だが、素直だった。
意図的に、分解しやすく作られている。
中が見えた瞬間、
ミレイアは、瞬きをした。
(……演算核)
一つ、ではない。
三層。
並列。
しかも、補助核が外周に配置されている。
(……これ)
計算装置ではない。
(……考えてる)
魔術式を評価し、
選別し、
最適解を導く構造。
学術用途。
しかも——
(……大規模)
だが、今は沈黙している。
魔力は通っていない。
遮断されているわけでもない。
(……過剰設計で、自滅してる)
ミレイアは、原因を即座に切り分ける。
演算核は健在。
刻印の摩耗も、破損もない。
問題は——
(……制御層)
おそらく、劣化によって交換された現行規格の制御刻印。
それが、この装置の思考速度に追いついていない。
だから、起動条件を満たせず、眠ったまま。
ミレイアは、工具を並べた。
削らない。
壊さない。
——間に、挟む。
制御層と演算層の間に、
翻訳層を作る。
現行規格を、この装置用に“噛み砕く”。
魔力を、微量ずつ流す。
一層目——反応。
二層目——抵抗。
三層目——遅延。
(……焦らない)
翻訳刻印を、即席で組む。
魔力の流れが、
音を立てて変わった。
低かった唸りが、
澄んだ振動に変わる。
演算核の一つが、
淡く光った。
次に、もう一つ。
最後に、外周の補助核が連動する。
工房の空気が、
一段、重くなる。
(……回り始めた)
ミレイアは、
起動刻印に指を置いた。
深くは流さない。
確認だけ。
——起動。
光は、派手ではなかった。
だが、“動いている”という感覚だけが、確実に伝わってくる。
演算核が、順序立てて回転を始める。
止まらない。
暴れない。
静かに、
考えている。
ミレイアは、息を吐いた。
「……起動、成功」
記録帳を開く。
《大型演算装置》
《起動成功》
《制御層:翻訳刻印追加》
《安定稼働確認》
ペンを止める。
装置を、もう一度見る。
(……これは)
ここで眠らせる物じゃない。
だが、今はそれを決める段階でもない。
ミレイアは、外装を仮止めし、
結界を張り直した。
丁寧に。
だが、閉じすぎない。
工房は、
いつもの音に戻っていく。
魔道炉。
刻印音。
職人たちの気配。
その中で、
一つだけ違う存在が、静かに回り続けていた。
——回らなかった頭脳が、
ようやく、目を覚ました。




