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他愛無い話

料理が一通り並ぶと、卓の上は一気に賑やかになった。


焼き色のついた肉。

香草を散らした皿。

油の匂いに、微かに甘い香りが混じる。


ラザルは、迷いなく酒を選んだ。

琥珀色。

度数の高い、蒸留酒。


ミレイアは、少し悩んでから果実酒を頼む。

薄い紅色。

氷が浮かぶ。


「……強そうですね」


ミレイアが、ラザルのグラスを見て言う。


「うん。強いよ」


あっさり。


「今日は、これくらいがいい」


ミレイアは、自分のグラスを見下ろす。


「私は……これで」


「それ、後から来るやつだよ」


「後から……」


「油断すると、立つ時に分かる」


忠告だった。


ミレイアは、少しだけ警戒した顔になる。


「……気をつけます」


その反応が可笑しかったのか、

ラザルはグラスを口に運びながら、喉を鳴らして笑った。


最初の話題は、本当に他愛なかった。


「この前さ、南の取引先で、妙な生き物見て」


ラザルが、フォークを止めずに言う。


「毛玉みたいなんだけど、足が八本あって。鳴くと、鐘みたいな音がする」


ミレイアは、首を傾げる。


「……生き物、ですか」


「生き物。魔獣でもないし、害もない」


「鐘……」


「夜中に鳴くと、まあまあ怖い」


ミレイアは、少し考えてから言う。


「……それ、警戒音では?」


「やっぱり?」


「はい」


ラザルは、納得したように頷く。


「じゃあ、僕は警戒されてたってことか」


「そう…なりますね」


ラザルは、笑った。


「今度連れてくるよ」


「……遠慮します」


即答だった。


食事が進むにつれ、会話はさらに緩くなる。


工房街で最近増えた屋台の話。

水路に落ちた荷物を引き上げる謎の魚の話。

倉庫で見つかった、用途不明の古い看板。


どれも、結論は出ない。

それでいい。


ミレイアは、いつの間にか肩の力が抜けていることに気づいた。


仕事の外だ。


判断しなくていい。


果実酒は、二杯目に入っていた。


顔が熱い。

だが、頭は冴えている。


ラザルは、強い酒をもう一杯追加している。

だが、様子は変わらない。


「……強いですね」


ミレイアが言うと、

ラザルは肩をすくめた。


「慣れ」


短く。


「昔から、こういうのは飲んでた」


「……昔?」


問いは、自然に落ちた。


ラザルは、少しだけ間を置く。


言うか、言わないか。

その境目。


「現場に出てた頃ね」


さらりと。


「今みたいに、会長室に籠もる前」


ミレイアは、視線を合わせる。


促さない。

だが、聞く姿勢だけは崩さない。


「小さな取引。荒い場所。護衛も、自分でやる」


指先で、グラスを回す。


「便利な道具は、少なかった」


——あの固定補助具が、頭をよぎる。


ミレイアは、何も言わない。


ラザルは、それ以上深くは語らなかった。


「まあ」


軽く息を吐く。


「今は、こうして座って飲めてるから、悪くない」


ミレイアは、果実酒を一口。


「……そうですね」


今度は、彼女の番だった。


「私も」


ぽつりと。


「こういう席は、久しぶりです」


「王都じゃ、なかった?」


「……ありませんでした」


即答に近い。


「必要、なかったので」


「今は?」


ミレイアは、少し考える。


「……今は」


視線を落とし、

それから、上げる。


「必要じゃないですけど、あっても、困らないなと」


ラザルは、黙って頷いた。


それ以上、踏み込まない。


その距離感が、ちょうどよかった。


会計を済ませ、店を出る。


夜風が、頬を撫でる。


水路の匂い。

昼より、少し冷たい空気。


街灯が、水面に揺れている。


二人は、並んで歩き出した。


歩調は、最初は揃っていなかった。

だが、自然と——合っていく。


靴音が、重なる。


ラザルが、ふと聞いた。


「今は、どう?」


短い問い。


ミレイアは、少しだけ考えてから答える。


「……悪くないです」


言い切りではない。

だが、嘘でもない。


ラザルは、満足そうに息を吐いた。


「それは、よかった」


水路を渡る風が、

二人の間をすり抜ける。


仕事は、明日もある。

判断も、選択も、終わらない。


それでも。


今夜だけは、少しだけ軽かった。


歩調が、少し合う。


——それだけで、

十分な打ち上げだった。

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