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都市の核

制御室に足を踏み入れた瞬間、ミレイアは違和感を覚えた。


音は、ある。

水の流れる低い響き。

結界が稼働する、ほとんど感じ取れない振動。


だが——

それらが、揃いすぎている。


整いすぎていて、

“流れ”としては感じられなかった。


まるで、

止まらないように、必死に形を保っているだけの空間。


ミレイアは、第二制御核の前に立ち、

工具箱を床に置いた。


すぐには触らない。


まず、見る。


(……動いている)


魔力は循環している。

遮断も、漏れもない。


(……でも)


わずかな遅れ。

人の感覚では捉えにくいが、

都市規模では、確実に積み重なる遅延。


刻印の癖は、明らかに古い。

都市創設期——

今の規格が生まれる前の設計だ。


現行規格の補助結界が、

その古い癖に、無理に“合わせに行っている”。


だから——


(……耐えてる)


第二制御核が、ではない。

周囲の結界が、だ。


ミレイアは、記録具を取り出し、

静かに数値を拾っていく。


流量。

反応速度。

負荷分散。


どれも、正常。

だが、揃って——遅い。


「……」


記録具を下ろし、顔を上げる。


「直せます」


代理担当の男が、息を詰めた。

期待とも不安ともつかない反応。


ラザルは、何も言わない。


ミレイアは、続けた。


「ですが」


声は低く、はっきりしている。


「第二制御核は、直しません」


空気が、わずかに張り詰めた。


代理担当の眉が動く。


「……理由を、聞いても?」


ミレイアは、制御核を見たまま答えた。


「この核は、都市全体の“基準”です」


一拍。


「ここを現行規格に寄せると、今度は、周辺の旧式結界が追いつけなくなります」


淡々と、事実だけを置く。


「結果として、今は問題になっていない場所に、遅延が分散します」


代理担当は、言葉を失った。


「……それは」


「数値上は、改善します」


ミレイアは、遮らずに続ける。


「ですが、“都市としての応答”は、必ず不安定になります」


それは、脅しではない。

推測でもない。


構造から、必然的に導かれる結果だった。


「では……」


代理担当が、慎重に問う。


「我々は、何もできないと?」


ミレイアは、初めて制御核から視線を外した。


「いいえ」


記録具を掲げる。


「触る場所が、違います」


代理担当が、瞬きをする。


「第二制御核ではな、現行規格の、補助結界側です」


空気が、静かに変わる。


ミレイアは、言葉を選ばない。


「補助結界は、この核に追いつこうとして、無理をしています。追従しすぎです」


淡々と。


「遅れを吸収し、隠し、結果として、異常が見えなくなっている」


一つ、区切る。


「ですから——」


記録具を操作し、簡単な図を映し出す。


「追従を、やめさせます」


代理担当が、息を呑む。


「遅れを、意図的に残します。管理者が、判断できる形で」


ラザルが、初めて口を開いた。


「要するに」


静かな声。


「頑張らせるのを、やめさせる」


「はい」


ミレイアは、即答した。


「第二制御核は、今も役目を果たしています。問題は、それを“今の基準”で無理に引きずっていることです」


沈黙。


制御室に、水音だけが低く続く。


代理担当は、長く制御核を見つめたあと、

ゆっくりと頷いた。


「……分かりました」


納得ではない。

だが、理解だ。


「補助結界側の調整指針と、許容遅延の基準を」


「はい」


ミレイアは、すでに書き始めていた。


作業は、派手さがなかった。


刻印を削らない。

回路も触らない。


ただ、流れを読み、条件を書き出し、“越えてはいけない線”を引く。


《通常運用時・遅延許容値》

《雨期増水時・警告域》

《結界再展開時・遮断判断基準》


——直さない故の、運用設計。


数時間後。


ミレイアは、最後の頁を閉じた。


「以上です」


代理担当は、書類を受け取り、

深く息を吐いた。


「……助かりました」


その言葉は、

修理に対する礼ではない。


判断に対するものだった。


帰路の転移は、静かだった。


商会の回廊に戻ってからも、ミレイアは、しばらく黙って歩いていた。


やがて、ラザルが言う。


「直せたね」


ミレイアは、足を止めないまま答える。


「……直しませんでした」


「うん」


ラザルは、笑った気配を滲ませる。


「でも。都市を、一番壊さない直し方だった」


ミレイアは、少しだけ考えてから、頷いた。


(……壊さなかった)


(……選んだ)


今日も、

都市は動いている。


無理をせず、

誤魔化さず。


それでいい。


それが、

今の最善だった。


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