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眠っている子たち

廊下は、思ったより静かだった。


足音が吸われる。

絨毯ではない。

床材そのものが、音を立てない造りだ。


(……結界、入ってる)


意識した瞬間に分かる。

装飾じゃない。

保存のための結界だ。


「こちらよ」


エレオノーラが、扉の前で立ち止まる。


両開き。

装飾は控えめだが、鍵の数が多い。


「ここが、一つ目の部屋」


“ 一つ目 ”。


ミレイアは、その言い方に、ほんの少しだけ息を飲んだ。


扉が開く。


空気が、変わった。


温度。

湿度。

魔力濃度。


すべてが、工房の保管区画と同じ——いや、それ以上だ。


「……」


言葉が、出ない。


棚。

展示台。

ガラスケース。


だが、博物館のような見せ方ではない。


すべて、

“触る前提”で置かれている。


置き時計。

卓上照明。

装飾用の魔道具。

用途不明の小箱。

明らかに古い規格の制御核。


(……全部、生きてる)


壊れていない。

だが、動いていない。


「昔から、こういう物が好きなの」


エレオノーラが、軽く肩をすくめる。


「流行り廃りで価値が決まる物より、作られた意味がある物の方が、ね」


ミレイアは、無意識に一歩、前へ出ていた。


棚の端。

控えめな位置に置かれた小型の魔道具。


布が掛けられている。


(……触りたい)


喉まで、言葉が出かかって——

慌てて止める。


(……勝手に、はダメ)


「見せてもよろしいかしら?」


エレオノーラが、先に言った。


ミレイアは、はっとして顔を上げる。


「……はい。もちろんです」


エレオノーラは、布を取る。


中から現れたのは、

小さな香り箱だった。


香炉ではない。

だが、内部構造は、よく似ている。


「これね」


淡々と。


「一度も、動いたことがないの」


ミレイアは、自然と近づく。


外装。

刻印。

接合部。


(……これ)


壊れていない。

破損もない。


(……でも、回路が……)


「……起動条件が、合っていないだけかもしれません」


気づいた時には、口に出ていた。


ミレイアは、慌てて付け足す。


「い、いえ……まだ、ちゃんと見ていないので……」


エレオノーラは、くすりと笑った。


「いいわ」


優しい声。


「そうやって、勝手に考え始めるところ、好きよ」


ミレイアは、耳まで赤くなる。


「……すみません……」


「謝らないで」


即座に。


「“そういう目”で見てくれる人を、待っていたのよ」


歩き出す。


次の部屋。

その次。


扉を開くたびに、

同じ静けさ。

同じ保存状態。


だが、内容はすべて違う。


古式の照明装置。

気候制御用の卓上結界。

音を記憶する魔道具。

用途不明の装身具。


(……多い)


多すぎる。


だが、雑ではない。


(……全部、選ばれてる)


「ねえ、ミレイアさん」


エレオノーラが、ふと立ち止まる。


「あなた、直す時に“壊れた原因”より、“どう使われたか”を見るでしょう」


質問ではない。

確認だ。


「……はい」


小さく頷く。


「原因は、結果なので…… 使われ方の方が、残りやすいです」


エレオノーラは、満足そうに息を吐いた。


「そう」


それだけ。


「だから、お願いしたかったの」


振り返る。


「全部、直してほしいとは言わないわ」


即座に、線を引く。


「でもね、“触る価値があるか”を判断してほしいの」


ミレイアの胸が、きゅっと締まる。


(……判断)

(……責任)


「……私で、いいんでしょうか」


思わず、出た本音。


エレオノーラは、即答しなかった。


代わりに、

例の香炉の話をする。


「あなたが直した、逆流香炉。あれ、家族全員が気に入ってるの」


ミレイアは、少し驚く。


「……ご家族も、ですか」


「ええ」


微笑む。


「子どもたちも。夫も」


少しだけ、声を落とす。


「“直された物が、ちゃんと今を生きてる”って、分かるから」


その言葉に、

ミレイアの肩の力が、ふっと抜けた。


「……でしたら」


慎重に、言葉を選ぶ。


「一つずつ、見させてください。直せるものから、順番に」


エレオノーラは、頷いた。


「ええ、もちろん」


迷いがない。


「眠っていた時間の分だけ、待てますわ」


その言い方は、

所有者ではなく——

預かり手のものだった。


ミレイアは、静かに息を吸う。


(……この人)

(……本当に、大事にしてる)


「では」


姿勢を正す。


「今日は、まず一つだけ」


エレオノーラの目が、わずかに細くなる。


「ええ」


楽しそうに。


「最初の子、選んでちょうだい」


部屋の奥。


静かに、

“眠っている子たち”が並んでいた。


ミレイアは、

その中の一つに、そっと視線を向けた。


(……大丈夫)

(……ちゃんと、起こせる)


初めての単独出張。


だが、

ここはもう——


彼女の仕事場だった。


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