幕間 職人たちの昼休み
工房の片隅。
昼の作業が一段落し、
魔道炉の音が少しだけ落ち着いた頃だった。
水を飲みながら、年嵩の職人がぽつりと言う。
「……なあ」
向かいにいた男が、工具を拭きながら顔を上げる。
「なんだ」
「最近さ」
声を落とす。
「ミレイア嬢ちゃんと、会長……距離、近くねえか」
言われた男は、一瞬だけ考えてから、鼻で笑った。
「今さら気づいたのかよ」
別の職人が、肩をすくめる。
「仕事の話してるだけだろ?」
「そうなんだけどよ」
最初に言い出した男が、指で空を切る。
「立ち位置が近えし、声が低い。会長のあんな顔、他じゃ見ねえ」
「……あー」
一同、微妙に納得した声を出す。
別の職人が、思い出したように言った。
「そういやさ、ミレイア嬢ちゃん」
自然に出た呼び方だった。
誰も、もう本名では呼ばない。
「昨日、あの半球の装置、会長と二人で確認してたらしいな」
「らしいな」
「暗室で」
「らしいな」
「……二人きりで」
一瞬、沈黙。
それから、誰かが咳払いをした。
「いやいやいや」
最年長が、慌てて手を振る。
「変な意味じゃねえぞ? 仕事だ、仕事」
「分かってるよ」
だが、否定しきれない空気が残る。
別の職人が、ぽつりと言う。
「年も……近そうだしな」
「だな」
「会長、まだ独り身だもんなあ……」
その一言で、場の空気が一段変わった。
「おいおい」
「言うな言うな」
「いや、事実だろ」
誰かが、小さく笑う。
「でもよ」
最初の男が、少し真面目な声になる。
「ミレイア嬢ちゃん、仕事してる時は完全に職人だぞ」
「ああ」
「色気とか、そういうのじゃねえ」
「分かる」
「ただ――」
言葉を探す。
「会長が、ああいう“仕事の仕方”を気に入ってるのは、珍しい」
そこは、全員が黙った。
ラザル・ノームは、誰にでも穏やかだ。
だが、深く評価する相手は、選ぶ。
「……まあ」
年嵩の職人が、最後にまとめる。
「変な茶々は入れねえ。仕事は仕事だ」
一拍置いて、にやりと笑う。
「でも、面白えもんは、面白え」
誰かが、肩をすくめた。
「そのうち、何か起きるかもな」
「起きねえかもな」
「どっちでもいいさ」
魔道炉が、再び音を強める。
「さて」
立ち上がりながら、誰かが言う。
「ミレイア嬢ちゃんの邪魔にならねえよう、仕事戻るか」
「おう」
「会長にもな」
冗談めかした声が、工房に溶ける。
その会話を、
当の二人は――
まだ、知らない。
だが。
工房の空気は、
確かに、少しだけ変わり始めていた。




