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初日、2個目

倉庫は、相変わらず静かだった。


一件目を終えた後でも、空気の温度は変わらない。

魔力の流れも、抑えられたまま。


ミレイアは、結界を張り直した作業区画を一度だけ振り返り、

そのまま再び、倉庫へ戻った。


(……もう一つ)


初日だ。

無理をする理由は、ない。


だが——


(触れるなら、今のうち)


足取りに、迷いはなかった。


棚の奥。

一段、低い位置。


箱が、三つ。


いずれも、無骨な外装。

刻印は摩耗し、番号だけが辛うじて残っている。


《旧軍用・広域展開式 結界投射装置》


(……払い下げ)


軍で使われていたものだ。

用途は、はっきりしている。


キャラバン護衛。

前線補給。

野営地防御。


(……数は、足りてる)


三基。

単体でも使えるが、本来は連動前提。


結界は、厚い。

だが、癖が強い。


(……これ、嫌われる)


扱いづらい。

調整がシビア。

下手に弄れば、反発で自壊する。


——だから、ここにある。


ミレイアは、箱の前に膝をついた。


外装には、触れない。

魔力反応だけを、拾う。


(……生きてる)


三基とも。

魔導核は、完全に生きている。


だが——


(同期が、死んでる)


連動前提の位相同期。

そこが、完全にズレている。


(……これ、現場で壊されたな)


戦場での応急処置。

無理な再起動。

結果、単体運用しかできなくなった。


(……でも)


ミレイアは、静かに息を吸った。


(通せる)


立ち上がり、

運搬用の浮遊陣を展開する。


三基まとめて、持ち出す。


作業区画へ。


床に、広域補助結界を展開。


一基分ではない。

三基分を想定した距離。


(……干渉、出る)


外套を脱ぐ。

袖をまくる。

指輪を外す。


布製マスクを引き上げ、呼気を遮断。


手袋を嵌め、

工具を並べる。


刻印ナイフ。

多軸同期調整器。

軍規格用の位相キー。


(……開始)


一基目の箱が、開かれる。


内部は、重厚だ。

民生品とは違う。


多層防御殻。

冗長回路。

そして——

三基連動前提の、同期炉。


(……やっぱり)


歪みは、三基とも同じ方向。


(同時に、壊された)


一基ずつ直す意味は、ない。


ミレイアは、三基すべてを開放した。


浮遊式刻印補正器、展開。

多軸魔力測定環が、三基分、同時に回る。


(……ズレ、七度)

(しかも、微妙に違う)


刻印ナイフが走る。


一基目。

同期補助輪を切り離す。


火花。

だが、制御下。


二基目。

三基目。


(順番、間違えると死ぬ)


三基の魔導核が、

低く、同時に鳴った。


(……揃った)


ここからだ。


軍規格位相キーを差し込み、

三基を——一度、完全に遮断。


空気が、張り詰める。


(今、全部止める)


一拍。


次の瞬間。


三基同時に、再接続。


魔力が、爆発的に走る。


だが——


(抑える)


逆相拘束。

同期固定。


魔力の奔流が、

一本の流れに、収束していく。


(……通った)


歪んでいた線が、

三基分、同時に整列する。


最後に、軍用結界制御符を再配置。


刻印灯を落とす。

魔力を、引く。


——沈黙。


だが、次の瞬間。


結界反応。


三基が、

一つの結界として、静かに展開した。


(……成功)


ミレイアは、ゆっくりと手を離した。


マスクを下ろし、深く息を吐く。


(……終わり)


工具を置き、

作業台の端に備え付けられた通信機を手に取る。


一拍、迷ってから、

起動符に触れた。


「……ミレイア・カレヴァンです」


声は、少し控えめ。


「えっと……」

「もう一件、終わりました」


間。


返答は、すぐだった。


『……もう一件?』


一瞬、間の抜けた声。


『今日、初日だよね?』


「はい……」


ミレイアは、視線を結界装置に向けたまま答える。


「軍用の、広域結界装置です。三基連動のものを……」


『ちょっと待って』


被せ気味に。


『それ、倉庫の奥にあったやつ?』


「……はい」


一拍。


『……うそだろ』


ため息混じりの声。


だが、次の瞬間。


『今、行く』


短い宣言。


通信が、切れた。


ミレイアは、ぴし、と背筋を伸ばす。


(……来る)


数秒後。


空気が、揺れた。


作業区画の端。

何もなかった場所に、

ふっと影が落ちる。


次の瞬間には、

ラザルが立っていた。


外套を揺らし、

視線は一直線に結界装置へ。


「……ほんとに、やってる」


半分、呆然。

半分、感心。


三基を順に見て回り、

結界反応を測る。


「しかも、同期まで……」


一歩、下がって全体を見る。


結界範囲。

出力安定。

反応遅延なし。


「……」


次の瞬間。


ラザルの顔が、

分かりやすく緩んだ。


「これ、うちのキャラバンに使える」


声が、弾んでいる。


「しかも三基連動。編成次第で、二隊……いや、三隊分だ」


完全に、商人の顔。


「助かるな、これは」


素直な感嘆だった。


ミレイアは、はっとして姿勢を正す。


「あ……」


少し、声が小さくなる。


「いえ……」


視線を落とし、

控えめに首を振る。


「私は…… ラザルさんが集めたものを、直しただけですから……」


言い訳ではない。

本心だった。


価値があったのは、

集めて、残していた判断。

それを、ずっと見てきたから。


ラザルは、一瞬だけ黙った。


それから、ふっと笑う。


「それを“直せるだけ”って言うの、君くらいだよ」


軽い口調。

だが、評価は、はっきりしている。


結界装置を、もう一度見る。


「直せなかったら、倉庫で眠ったままだった。それだけの話だよ」


ミレイアは、少しだけ困ったように目を伏せる。


「……はい」


小さく、頷く。


結界装置が、

静かに稼働を続けている。


初日。

二件目。


見た目は地味。

だが——


確実に、

商会の“足”を支える仕事だった。



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