初仕事
工房の朝は、早い。
魔道炉が起動する低音が、床を伝ってくる。
金属が擦れる音。
魔力の流路を測る、乾いた鳴動。
ミレイアは、工房の一角に設けられた自分の区画に立っていた。
広めに取られた作業台。
可動式の補助炉。
床には、簡易展開用の結界痕。
指示はない。
期限もない。
「これをやれ」という声も、ない。
——倉庫にある物から、好きに選んでいい。
——触らない判断も、仕事だ。
昨日、そう説明を受けただけだった。
ミレイアは、工具箱を閉じたまま、工房の裏手へ向かう。
⸻
倉庫は、しんと静かだった。
棚ごとに異なる結界強度。
抑制された魔力の流れ。
足が止まったのは、中段の一台。
くすんだ金属筐体。
《旧式・自律調整型 魔力圧平準器》
外装に触れず、魔力反応だけを拾う。
循環部が、死んでいる。
一度だけ頷き、運搬はせず、踵を返した。
⸻
向かったのは、ジャンク品置き場。
分解途中の魔道具。
外された回路。
用途不明の部品。
だが、危険物だけは、隔離されている。
迷いなく三つ選ぶ。
古い補助炉。
自律制御型の循環核。
同系統設計の制御輪。
浮遊陣を展開し、持ち帰る。
⸻
作業区画。
床に補助結界を広く展開。
外套を脱ぎ、袖をまくる。
手袋。マスク。
工具を並べる。
刻印ナイフ。
位相固定ピン。
細軸レンチ。
箱を開く。
多層封呪殻。
古式連動炉。
歪な位置に固定された、暴走抑制環。
短く息を吐く。
以前、素人が触った痕跡。
抑え込んだ安定。
核は、生きている。
抑制環の一部を切断。
低い唸り。
逆相補助輪を外す。
代わりに、旧式制御輪を嵌め込む。
魔力が跳ねる。
歪んだ干渉線が浮かび上がる。
位相拘束ピン。
一本。
二本。
抑制環を、完全に外す。
空気が止まる。
——光。
爆発ではない。
暴走でもない。
魔導核が、深く息を吸ったように、輝く。
逆曲率偏向板を滑り込ませる。
角度、三度修正。
刻印灯を落とす。
魔力を引く。
——沈黙。
正しい、沈黙。
ミレイアは測定環を確認し、頷いた。
マスクを外す。
「あ、えっと……急に音出して、すみません……」
ぺこり、と頭を下げる。
「かまわねぇよ」
炉のそばの年配職人が、片手を振る。
「生き返ったなら、上等だ」
作業音が、自然に戻る。
叩く音。
削る音。
魔力の鳴動。
ほんのわずか、整っている。
ミレイアは、静かに息を吐く。
——これが、初仕事だった




