表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/72

散策

社員寮の部屋は、よく整えられていた。


朝の光が、白い壁に柔らかく広がっている。

結界越しに、水音がかすかに届いていた。


ミレイアは、ゆっくりと目を開ける。


(……朝)


王都の仮家より、少しだけ空気が軽い。

湿り気を含んだ涼しい風が、窓の隙間から流れ込んでくる。


身体を起こす。


簡素だが、必要なものは揃っている部屋だった。

寝台。

机。

作業用の棚。


工具箱は、すでに壁際に置かれている。

運び込まれた形跡が、整いすぎていた。


(……早い)


それだけ、段取りが良いということだ。


本格的な勤務開始までは、まだ少し時間がある。

今日、無理に工房へ行く必要はない。


ミレイアは、身支度を整えながら考えた。


(……せっかくだし)


街を、見ておきたい。


ここで働くのなら、

この街の空気を知らずに始めるのは、落ち着かない。


外套を羽織り、鍵を確認する。

工具箱は、置いていく。


今日は、仕事ではない。


回廊に出ると、視界が一気に開けた。


白い石。

淡砂色の壁。

その合間を縫うように、細い水路が流れている。


上層の回廊は、移動のための場所だ。

人の流れはあるが、立ち止まる者は少ない。


ミレイアは、手すり越しに下を覗いた。


市場の気配。

声。

金属音。

水の跳ねる音。


(……やっぱり、綺麗な街)


自然と、足が下りの回廊へ向かう。


市場は、思ったより落ち着いていた。


呼び声はあるが、押しつけがましくない。

値札は明確で、交渉前提の空気も薄い。


食料品の隣に、簡易魔道具。

新品と中古が、区別なく並んでいる。


(……混ざってる)


魔道具が、特別扱いされていない。


水を浄化する石。

温度を保つ器。

どれも、「使う道具」として置かれている。


ミレイアは、ゆっくりと歩く。


視線は、自然と細部を見る。


接合部。

魔力痕。

補修の跡。


(……修理前提)


壊れたら終わり、ではない。

直して使う、が前提の街。


市場の奥。

少し雑然とした一角で、足が止まった。


半分、倉庫。

半分、露店。


分解途中の魔道具。

外された回路。

用途不明の部品。


だが、危険なものは、きちんと隔離されている。


(……ジャンク屋)


店主は、年配の男だった。

職人ではない。

だが、物の扱いに慣れた手つきだ。


ミレイアが覗き込むと、男は目を細めた。


「お嬢ちゃん」


軽い声。


「修理屋か?」


唐突だが、的外れではない。


「あ、はい」


ミレイアは、正直に答えた。


男は、ふうん、と鼻を鳴らす。


「なら、見る目はあるだろ」


近くに置かれていた小型の魔道具を、指で弾く。


「元は、上物だぜ」


ミレイアは、屈み込む。


手に取る。

重さを確かめる。

魔力の流れを、意識だけでなぞる。


(……確かに)


構造は古いが、無理はしていない。

致命的な歪みもない。


ミレイアは、顔を上げた。


「みたいですね」


それだけ言って、もう一度装置を見る。


「これ、ください」


即断だった。


男は、少しだけ口の端を上げた。


「分かってるなら、話は早い」


値段を告げる。


安すぎない。

だが、新品よりは、きちんと安い。


ミレイアは、何も言わずに支払う。


袋に入れられた魔道具を受け取り、軽く頭を下げた。


「どうも」


「壊すなよ」


「……ええ。壊さない前提で使います」


自然に出た言葉だった。


市場を抜け、再び回廊へ。


袋の中で、魔道具が小さく触れ合う音がする。


(……直してから、使おう)


それが、当たり前の選択だった。


回廊の上から、街を見下ろす。


水が巡り、

人が行き交い、

道具が使われている。


(……ここなら)


理由は、はっきり言葉にできない。


だが——


(……仕事が、生活の中にある)


ミレイアは、ゆっくりと息を吐いた。


社員寮へ戻る足取りは、

来た時より、少しだけ軽い。


明日からは、工房。


その前に、

この街の呼吸を、ちゃんと胸に入れられた気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ