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働く場所

工房に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。


熱。

金属の匂い。

魔力の残滓。


作業音が、一定のリズムで流れている。

叩く音。

削る音。

魔力が走る、微かな鳴動。


どれも、途切れない。


「……」


何人かの職人が、ちらりとこちらを見る。

だが、誰も手を止めない。


視線だけで、状況を測っている。

新しい人間かどうか。

それ以上は、まだ判断しない。


その中から、一人の男が歩み寄ってきた。


年齢は中年。

実務用の服装だが、装飾は最小限。

工房全体を把握している人間の、落ち着いた佇まい。


「会長」


短く、頭を下げる。


それから、ミレイアに視線を移した。


「ああ」


小さく頷く。


「……聞いています」


確認ではない。

すでに把握した上での声だった。


「ミレイア・カレヴァンさん」


名を呼ばれて、

ミレイアは反射的に背筋を正した。


「は、はい。よろしくお願いします」


男は、それ以上踏み込まない。


「こちらは、工房の統括だ」


ラザルが、簡潔に補足する。


名前は出さない。

役割だけで、十分だった。


ラザルは、工房全体に向けて一歩前に出る。


「今日から、彼女に入ってもらう」


はっきりした声。


「といっても、全部を担当してもらうわけじゃない」


そこで、一拍。


「現状扱えない物品、判断が難しいもの、触る前に、止めるべきか迷うもの」


言葉を選ばず、列挙する。


「その辺りを、専任で見てもらう」


工房の空気が、わずかに動いた。


驚きではない。

納得に近い反応だ。


そのタイミングで——

ミレイアは、一歩だけ前に出た。


深く息を吸い、

工房全体に向き直る。


「……あの」


作業音が、ほんの一瞬だけ緩む。


完全には止まらない。

だが、耳は確かに向けられている。


「ミレイア・カレヴァンと申します」


少しだけ声が震える。


「今日から、こちらでお世話になります」


一礼。


「まだ分からないことも多いですが…… よろしくお願いします」


頭を下げたまま、少し止まる。


返事がないままでも、おかしくない。

そう思った、その時だった。


「おう」


工房の奥から、低い声。


「よろしくな」


別の方向から、短く。


「危ねえもんは、無理すんなよ」


誰かが、ぶっきらぼうに付け足す。


作業音が、すぐに元へ戻る。


叩く音。

削る音。

魔力が走る、微かな鳴動。


だが——

空気だけが、ほんの少し柔らいだ。


ミレイアは、顔を上げる。


「あ……はい」


小さく、

でも確かに返す。


胸の奥で、

何かが静かに落ち着いた。


統括が、そこで一度だけ口を開く。


「現行の工程には、手を出さなくていい。こちらからも、無理に回さない」


淡々とした声。


「扱えないと判断した物だけ、回す」


それだけだった。


——線が、はっきり引かれた。


競合しない。

上下を作らない。

責任の所在も、曖昧にしない。


ラザルは、ミレイアを見る。


「だから、困ったら相談していい」


一拍。


「でも、最終判断は君だ」


工房の職人たちの視線が、

もう一度だけ集まる。


評価ではない。

序列でもない。


——役割の確認。


(……あ)


ミレイアは、そこで理解した。


ここでは、

「新人」ではない。

「何でも屋」でもない。


(……専門、か)


工房に属している。

その上で、

役割が最初から決められている。


ラザルは、歩き出す。


「前に見せた区画、覚えてる?」


「……はい」


「あそこを、当面使おう」


少し考えてから、付け足す。


「危ない物を持ち込んでも、邪魔にならないから」


それだけで、話は終わった。


統括は、もう別の指示を出している。

職人たちも、自然に作業へ戻る。


過剰に構わない。

だが、無関心でもない。


ミレイアは、

工具箱の取っ手を握り直した。


(……やれる)


居場所は、ある。

だが、押し付けられてはいない。


この距離感は——


悪くない。


ラザルが、歩きながら言う。


「今日は、無理に手を出さなくていい。空気と流れだけ、掴んで」


ミレイアは、小さく頷いた。


工房の音に、意識を馴染ませながら。


ここが、自分の職場になるのだと、静かに、受け入れていた。

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