銀幕の裏側
啓次郎は映画館の警備員。今日も営業が終了して、従業員が帰って寝る頃だが、警備員はこれからが仕事だ。深夜に誰かが入らないように気をつけないといけない。つらいけれど、それが自分の仕事だ。全うしなければならない。
この映画館は大正時代からあり、昔から数多くの映画を上映してきた。戦時中は休止していたものの、戦後、また多くの映画を上映するようになった。昭和の頃が最も栄えていた時期だったという。だが、平成に入り、近くにシネマコンプレックスができ、そっちに客が流れていった。広くて楽しい、飲食類が豊富だ、座席が大きいなど、いい所ばかりで、座席が小さくて、サービスが行き届いていない映画館の客足は減る一方だ。だが、そんな中でもここは昔ながらの映画館の面影を守り続けている。最近では昔ながらの風景に引かれてやって来て、インターネットで紹介する人もいるという。だが、赤字続きで、経営は苦しいという。ひょっとしたら、もうすぐ閉館になるんじゃないかという噂もある。だが、地域のために頑張っている。
啓次郎はそろそろ警備を交代する時間になった。すでに次の人は来ている。早く片づけをしないと。
「今日も疲れたわ」
啓次郎は時計を見た。早く帰ってゆっくりしないと。妻と子供はもう寝ているだろうな。夜遅くに寝て、朝遅くに起きるので、子供と接する時間が全く取れない。だけど、自分の仕事に誇りを持って、明日も頑張っていかないと。
「さてと、帰ろっか」
啓次郎は帰ろうとして、銀幕の裏を歩いていた。するとそこには、少年がいる。その少年はレトロな服を着ている。よく見ると、名札を付けている。顔が白いので、ひょっとして、幽霊だろうか?
「あれっ、君は?」
「見えるの?」
少年は驚いた。どうやら幽霊のようだ。どうしてそんな所にいるんだろう。啓次郎は首をかしげた。
「うん」
少年は喜んだ。どうやら、もう何十年も誰にも見てもらえないまま、ここにいるようだ。
「君、誰?」
「僕? 中村七吉っていうんだ」
中村七吉か。初めて聞く名前だな。少年の姿で、この頃に死んだんだろうか? でも、どうしてこんなに早く死んだんだろうか? まさか、空襲だろうか?
「ふーん・・・」
「僕、空襲で死んだんだ」
「そうなんだ」
やっぱり空襲で死んだのか。とてもかわいそうだな。もっと生きたかっただろうな。啓次郎は小中学校の夏休み中の登校日で、平和学習を受けた事がある。それに、図書館で太平洋戦争の空襲関連の絵本などを見た事がある。夢に出てきそうなほど怖かったのを覚えている。だが、それは真実だ。それを見るたび、戦争はしてはいけない事なんだなと痛感する。
「僕、映画が好きだったのに、俳優になりたかったのに、その夢をかなえられないまま、死んじゃったんだ」
「そうなんだ・・・」
七吉は映画が好きで、俳優になりたいと思っていたようだ。もし生き延びていて、俳優になっていたら、どんな俳優になっていたんだろう。有名になるんだろうか?
「僕、映画を見るのが好きで、ここにいるんだ」
「そうなんだ・・・」
七吉は映画が好きで、ここによく来ていた。だが、戦時中に映画館は閉鎖され、映画が見られなくなってしまった。七吉は楽しみが消え、心にぽっかりと穴が開いたようだった。映画の事が忘れられなかったのだ。そのせいで、学校の授業などがままならず、いい成績を残せなかった。先生に怒られてばかりだったという。そして、空襲で炎に包まれ、大やけどを負って、そのまま亡くなってしまった。
ふと、七吉は戦後の映画の発展を思い出した。ここで様々な映画を見てきた。特撮ができ、様々なアニメが上映され、どれも素晴らしい物だった。だけど、生きているうちにそれを見る事ができなかった。もし、自分がこの映画に出ていたら、この映画はどうなっていたんだろう。自分には想像できない。
「戦後、映画はいろいろ発展したんだね」
「うん」
啓次郎は映画に関する知識があんまりない。子供と一緒にたまにアニメ映画を観るぐらいだ。
「僕、あの時死ななければ映画の発展を見られたのに。そして、俳優として頑張ってたかもしれないのに」
七吉は泣いていた。あの時、戦死しなければ、自分は俳優として頑張っていたかもしれないのに。戦争なんて起きなければ、空襲なんて起きなければよかったのに。
「つらいよね」
啓次郎は七吉の頭を撫でた。とても暖かい。これが生きている人間の温かさなのかな?
「もっともっと、映画の発展、見たかったな」
「その気持ち、よくわかるよ」
啓次郎は時計を見た。そろそろ帰らないと、妻が心配するだろう。
「もうそろそろ帰らないと。じゃあね」
七吉は寂しい顔になった。啓次郎と別れるのが寂しいようだ。次はいつ会えるんだろう。わからないけれど、また会えたら、もっともっと映画の話をしたいな。
「また会えるといいね。おやすみ」
「おやすみ」
啓次郎は映画館を後にして、家に向かっていた。街の明かりはとっくに消えていて、静まり返っている。もう深夜だ。みんな寝ている頃だ。
ふと、啓次郎は夜空を見上げた。今日も夜空はきれいだ。あの空は、空襲の頃の空と同じなんだろうか? それから変わったんだろうか?
「もうあれから80年も経ったのか・・・」
啓次郎は考えた。戦争が終わってもう80年が経った。だけど、世界のどこかでまだまだ戦争が続いている。いつになったら、戦争のない世界になるんだろうか? 七吉が夢見た、戦争のない社会って、やって来るんだろうか?




