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■Ep.91 第54話:深夜の学園祭、二人だけのダンスパーティ

【第54話(Ep.91):まえがき】

いつもお読みいただきありがとうございます!


前回(Ep.90)では、聖女アヤネの無自覚な「萌え爆撃(物理)」によって、冷徹な審問官アリスの精神防壁が粉砕されました。オムライスの味と「尊さ」の洗礼を受けたアリスですが、去り際の殺気は本物。コタロウの平穏サボりライフへの道は、さらに険しさを増したようです。


今回の第54話は、そんな狂乱の一日が終わり、夜の帳が下りた学園祭のひとときを描きます。


キャンプファイヤーの明かりを遠くに眺めながら、一人屋上で焼きトウモロコシをかじるコタロウ。そこに現れたのは、本来なら貴賓室で華やかなパーティの主役を務めているはずの公爵令嬢クラウディア様でした。


かつてコタロウを「石ころ」と見下していた彼女が、ドレスの裾を摘まんで謝罪し、和解のダンスを申し込む……。

FランクのモブとSクラスの頂点、二人の境界線が月下で静かに溶け合う、少しだけロマンチックな夜をお楽しみください!


【Ep.91 第54話:本文】


1. 祭りの後の静寂と、屋上の逃亡者


学園祭初日の狂騒が終わり、夜の帳が下りた王立精霊学園。


グラウンドの中央には、校舎よりも高く燃え上がる巨大なキャンプファイヤーが焚かれ、後夜祭の前夜イベントとして、数千人の生徒たちがフォークダンスや談笑を楽しんでいる。 パチパチという炎の爆ぜる音と、遠くから聞こえる吹奏楽部の演奏するフォークダンスの曲が、心地よいBGMのように夜気に溶けていた。 まさに青春の1ページ。キラキラとした学園生活の象徴だ。


だが、そんな華やかな光の輪から遠く離れた、特別棟の屋上。 錆びついた貯水タンクと、乱雑に積まれたパイプ椅子があるだけの殺風景な場所に、一人の影があった。


「……ふぅ。やっと静かになったか」


俺、神木コタロウは、貯水タンクの縁に腰掛け、夜空に浮かぶ二つの月を見上げていた。 右手には、模擬店で売れ残って廃棄寸前だった焼きトウモロコシが一本。これが今日の俺の晩飯だ。 焦げた醤油の香ばしい匂いが、疲れ切った胃袋を少しだけ刺激する。


「昼間は地獄だったな……」


脳裏に蘇るのは、数時間前の死闘だ。 聖教会の筆頭審問官、アリス・リンドバーグの襲来。 表向きは美しいシスターだが、その本性は精霊を敵視する冷徹な処刑人。 なんとか精霊たちの総力戦――アヤネの「萌え萌えキュン」飽和攻撃、リリスとチックによる精密誘導、ミスティの情報戦――で撃退したものの、彼女が去り際に残した殺気は本物だった。 『必ず、その化けの皮を剥いでみせます』 その言葉は、明日以降も決して安眠できない日々が続くことを告げていた。


『マスター。バイタルは安定していますが、精神疲労度がイエローゾーンです。コルチゾール値の上昇を確認。休息を推奨します』


俺の肩の近くに浮遊していた、銀色に輝く小さな二股の金属体が、心配そうに「キーン」と小さく振動した。 **音叉の精霊【シンク】**だ。今日の通信網を支えてくれたMVPの一人である。


「ああ、分かってるよシンク。さすがに疲れた。 ……聖女だの精霊王だの、異端審問官だの、俺の周りは賑やかすぎるんだよ。Fランクのモブらしく、もっと地味に生きたいだけなのに」


俺はトウモロコシをかじりながら、眼下のグラウンドを眺めた。 炎を囲んで踊る生徒たちの影。その中には、アヤネやモモ、リリスの姿もあるかもしれない。 彼女たちは今、等身大の少女として「青春」を謳歌している。 それは、本来なら俺のような「世界の裏側チートを知ってしまった者」には縁遠い、眩しすぎる光景だ。


「俺には、ここの特等席がお似合いさ」


そう自嘲して、冷めかけたトウモロコシをもう一口かじった、その時だった。


「……ここにおいででしたのね」


背後から、凛とした、しかしどこか切なげな声が聞こえた。 夜風に乗って、焦げた醤油の匂いをかき消すような、芳醇で高貴な薔薇の香水の香りが漂ってくる。


---


2. 公爵令嬢の謝罪と休戦協定


俺はゆっくりと振り返った。 そこに立っていたのは、月光を浴びて輝く、この世のものとは思えない美貌だった。


燃えるような真紅のイブニングドレスに身を包んだ少女。 そのドレスは、精霊学部の安っぽい仮装ではない。王室御用達の職人が仕立てたであろう、最高級のシルクとレースで作られた逸品だ。 長く艶やかな金髪は夜風になびき、宝石のようなみどりの瞳が、真っ直ぐに俺を捉えている。 学園の頂点に君臨するSクラスの筆頭にして、王国の公爵令嬢。 クラウディア・フォン・ローゼンバーグ。


「クラウディア……様? なぜ、ここに?」


俺は驚き、食べかけのトウモロコシを隠そうと背中に手を回した。 まさか、こんな場所まで「精霊学部の予算」の話をしに来たわけではないだろう。


「学園の高位の方々とのパーティは宜しいのですか? 皆、貴女とのダンスを待ち焦がれているでしょうに」


Sクラスのエリートたちや、他学部の代表、あるいは招待された貴族の子息たち。 本来、彼女がいるべき場所は、シャンパングラスが輝く貴賓室のはずだ。こんな薄汚れた屋上ではない。


「……ええ。あの方々は、私と踊りたいのではありません。 『公爵家の権力』と、あるいは『Sクラス筆頭の座』と踊りたいだけですわ」


クラウディアは自嘲気味に口元を歪め、夜空を見上げた。


「……滑稽なお話ですわね。 魔法オリンピアで貴方たちに敗れた今のわたくしはもう、Sクラスでも、ましてや筆頭でもありませんのに……」


彼女は溜息をつき、ドレスの裾を優雅にさばいて俺の方へと歩み寄ってきた。 その表情からは、昼間の完璧な「女王」としての仮面が外れ、年相応の少女の孤独と、ある種の「決意」が見て取れた。


「それに……私は、探していたのです。 何の打算もなく、今のちっぽけな『私』を見てくれる方を。 そして、私が正当に評価し、謝罪すべき相手を」


彼女は俺の目の前まで来ると、立ち止まった。 月明かりの下、彼女の翠の瞳が揺れる。


「単刀直入に言いますわ、神木コタロウ様。 ……わたくしたち、**『休戦』**しませんこと?」


「休戦……ですか?」


俺が眉をひそめると、クラウディアは扇子を閉じ、ふぅ、と小さく息を吐いた。


「ええ。認めざるを得ませんもの。 貴方はFクラス出でありながら、先の魔法オリンピアで私を――いえ、学園全体を勝利へ導きました。 魔力を持たぬ『無能』と呼ばれ、誰もが見下していたFランク……。 ですが、貴方は精霊王セレスティア様をも動かし、あのアリス・リンドバーグすらも煙に巻いて撃退した」


彼女の声には、悔しさよりも、純粋な敬意が混じり始めていた。 プライドの塊である彼女が、自分の価値観が覆されたことを認めているのだ。


「貴方のその底知れない能力ちから、および、学部仲間を守ろうとする確固たる意志。 もはや、無視することも、侮ることもできませんわ」


そして、信じられないことが起きた。 クラウディアが、ドレスの裾を摘まみ、深く、優雅に膝を折ったのだ。 カーテシー。公爵令嬢が、Fランクの平民生徒に対して行う、最大級の礼節。


「これまでの数々の非礼……心よりお詫びいたします。 貴方を『石ころ』と呼び、軽視していた私の目は、節穴でした。 貴方は、わたくしが対等に向き合うべき相手でした。 ……ごめんなさい」


その言葉は、計算や演技ではない。 震える声、伏せられた瞳。 彼女の異常なまでのプライドの高さゆえに、一度認めた相手には最大の敬意を払う。それがクラウディアという少女の本質なのだ。


俺は手にしていたトウモロコシを、そっと貯水タンクの上に置いた。 ここで茶化したり、卑屈になったりするのは、彼女の覚悟に対する冒涜だ。


「……頭を上げてください、クラウディア様. 俺は気にしてませんよ。Fクラスが舐められるのは、この学園じゃ空気みたいなもんですから」


俺は努めて軽く言った。


「それに、今回の学園祭が成功しているのは、間違いなく貴女の資金力と政治力のおかげだ. リリスも感謝してましたよ。『あのお嬢様がいなきゃ、ウチの学部は破産してた』ってね。 ……俺の方こそ、休戦を受け入れます。これからは、良きスポンサーとして」


俺がそう答えると、クラウディアは顔を上げた。 月光に照らされたその顔には、花が咲くような、今まで見たこともないほど柔らかな微笑みが浮かんでいた。


---


3. 和解のワルツ


「嬉しいですわ。 スポンサー……ふふ、悪くない響きです」


クラウディアは嬉しそうに呟くと、俺に一歩近づいた。 薔薇の香りが強くなる。心臓の鼓動が、少しだけ早くなるのを感じた。


「……それではコタロウ様. 休戦と、和解の印として」


彼女は白く美しい右手を、そっと差し出した。


「私と、踊っていただけませんか? 音楽はありませんが……月明かりがあれば、十分でしょう?」


王女のような令嬢からの、和解のダンスの申し込み。 Sクラスの男子生徒たちが喉から手が出るほど欲しがり、それでも得られなかった栄誉。 それを、こんな屋上で、トウモロコシ臭い俺に申し込んでいるのだ。


ここで断れる男がいたら、そいつは男じゃない。 俺はズボンで掌を拭い、汗をかいていないか確認してから、恐る勇気を持ってその手を取った。


「……俺なんかで良ければ、喜んで」


俺が立ち上がると、クラウディアは俺の手を強く握り返し、誘導するように身を寄せた。


二人は屋上のひび割れたコンクリートの上で、静かにステップを踏み始めた。 遠くから聞こえるフォークダンスの曲は、不思議と優雅なワルツのリズムに聞こえた。 いや、俺の脳内【AI】が、リズム補正をかけているのかもしれない。


『マスター、心拍数が上昇しています。ダンススキルの補正、必要ですか?』


シンクが気を利かせて聞いてくるが、俺は首を横に振った。 「(いいや。……今は、自分の足で踊らせてくれ)」


彼女の手は小さく、温かかった。 触れ合う指先から、彼女の体温と、微かな緊張が伝わってくる。 敵対していた頃には分からなかった、華奢で、けれど芯の強い手のひら。


クラウディアは俺のリードに合わせ、軽やかにターンを決める。 真紅のドレスが夜空に舞い、金髪が流星のように煌めく。


「……不思議ですわね。 貴方とこうして踊っていると、肩書きも、派閥も、全て忘れてしまいそうです」


クラウディアが潤んだ瞳で俺を見上げる。 その距離は、吐息がかかるほどに近い。


「昼間のアリス様との戦い……貴方は、身を呈してアヤネさんたちを守っていましたわね. その強さと優しさが……わたくしには、とても眩しく見えましたの」


「……買いかぶりすぎですよ。俺はただ、自分の平穏を守りたかっただけです」


「ふふ、素直じゃありませんのね。でも、そこも貴方らしいですわ」


月光が二人の影を一つに重ねる。 敵対関係から共闘関係へ。そして今、それ以上の何かへと変わろうとしている。 それは、一枚の絵画のように完成された、美しくも静謐な時間だった。


だが。 世界は、俺たちにそんなロマンチックな時間を長くは許してくれなかった。


『警告。周辺空間に「歪み」を検知. 急速接近する高エネルギー反応あり。 ……上空です! 回避行動を!』


脳内【AI】の無機質なアラートが、甘い雰囲気を切り裂いた。


---


4. 舞い降りる「黒の使徒」


「コタロウ様?」 俺が突然足を止めたことに、クラウディアが怪訝な顔をする。


「伏せてください!」


俺は説明する間もなく、とっさにクラウディアの細い腰を抱き寄せ、その場から全力で横っ飛びに回避した。


ズドォォォォォンッ!!


直後、俺たちがコンマ一秒前までステップを踏んでいた場所に、黒い雷のような衝撃が直撃した。 コンクリートが砕け散り、爆風と砂煙が屋上を吹き抜ける。 貯水タンクが衝撃波でへこみ、水が噴き出した。


「きゃあぁっ!?」 「くっ……!」


俺はクラウディアを庇いながら地面を転がり、砂煙の向こうを睨みつけた。 もうもうと立ち込める粉塵の中、クレーターの中心に一人の影が立っている。


全身を漆黒のフルプレートアーマーに包んだ、身長2メートルを超える巨漢の戦士。 その手には、禍々しい紫色のオーラを纏った、身の丈ほどもある大剣が握られている。 兜の隙間からは、赤い光が不気味に明滅していた。


「……見つけたぞ。 精霊王の加護を受けし『異端の種』……神木コタロウ」


鎧の男が、地の底から響くような重低音の声で唸る。 その声には、アリスのような「正義」に基づく殺意ではない。もっと純粋で、ドス黒い「抹殺」の意志が込められていた。


「な、何者ですの……!? わたくしの……大切な和解のダンスを邪魔するなんて! 無礼にも程がありますわ!」


クラウディアが俺の腕の中で震えながらも、気丈に叫ぶ。 その瞳には、恐怖よりも、大切な時間を踏みにじられた憤怒が燃えていた。


「……教会の『聖騎士』じゃなさそうだな。 闇の魔力を感じる。どこの差し金だ?」


俺は懐から、完成したばかりの**【魔導ブラック・バトン】**を取り出した。 指先で軽く弾く。


キィィィン……!


漆黒のボディに赤いラインが走り、一瞬で長剣形態へと展開する。 オリハルコンとヒヒイロカネ、ダークマターの複合素材が、月光を吸い込んで鈍く輝く。


「我は『黒の使徒』。 あの方の命により、貴様の存在を抹消する。 ……邪魔をするなら、その女ごと切り捨てる」


「黒の使徒……?」 聞いたことのない名だ。だが、その力は本物だ。 ただ立っているだけで、屋上の空気きがピリピリと震え、重力が歪んでいるのを感じる。 Sランク相当……いや、単純な戦闘力ならそれ以上か。


「クラウディア様、下がっていてください。 せっかくの休戦協定を結んだばかりですが……どうやら、祝砲代わりの花火にしては、少し火薬が多すぎるのが来ちまったようです」


俺が前に出ようとすると、クラウディアが俺の袖を掴んだ。 「コ、コタロウ様……戦うおつもりですの!? あのような化け物と!」


「ええ。貴女との大切な時間を邪魔された落とし前は、きっちりつけさせてもらいますよ。 それに……」


俺はニヤリと笑い、バトンを構えた。


「**俺の新しいパトロン(クラウディア)**に指一本でも触れさせたら、今後の支援に響きますからね」


その言葉に、クラウディアは一瞬きょとんとした後、頬を赤らめ、そして力強く頷いた。 「……パトロン……ふふ、面白い呼び名ですわね。でも、気に入りましたわ。 背中は預けましたわよ、コタロウ様!」


サボり魔のFランク生徒と、公爵令嬢。 和解したばかりの二人の前に立ちはだかる謎の刺客。 月下の屋上で、新たな戦いの幕が上がった。


(第54話 完)

【第54話(Ep.91):あとがき】

お読みいただきありがとうございました!

いい雰囲気だったのに、空から降ってきた「黒い鉄屑(鎧の男)」のせいで台無しですね。トウモロコシの匂いを薔薇の香水が上書きした瞬間のドキドキを返してほしいものです。


今回のハイライトを振り返ると:


クラウディアの謝罪:プライドの塊である彼女が、Fランクのコタロウに膝を折る姿。一度認めた相手にはトコトン誠実な、彼女の「高潔さ」が光りました。


二人のダンス:【AI】のリズム補正を断り、自分の足でステップを踏むコタロウ。珍しく「主人公らしい」格好良さが見えた瞬間でした。


ブラック・バトンの初抜剣:長剣形態へと展開する漆黒のボディ。神話級素材を詰め込んだ「特異点」の真価が、いよいよ実戦で試されます。


「俺の新しいパトロンに指一本触れさせない」。

コタロウらしい(?)動機で始まった月下の死闘ですが、実はこの騒ぎ、地上のアヤネたちは全く気づいていないようで……?


【次回予告】 第54.5話(Ep.92)幕間:『屋上の死角:ヒロインたちの捜索と、皮肉な結界』

次は、地上でコタロウを探して血眼になるヒロインたちの視点。

しかし、コタロウがサボるために張らせた「静寂の精霊」の結界が、最悪の形で裏目に出る!?


次回もよろしくお願いします!


【作者からのお願い】

物語を楽しんでいただけましたら、ぜひブックマークや、下の評価欄から**【★★★★★】**で応援いただけると嬉しいです。

皆様の応援が、クラウディア様のドレスの修繕費と、ブラック・バトンの赤いラインの輝きに直結します!

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