Ep.09 第5.5話:【学園記事】ヘンドリックス教授とコタロウの共同論文
【第5.5話:まえがき】
前話で、歴史的発見と称された「神代の石碑」の解読。 その正体が、まさか**「家電の取扱説明書(PL法準拠)」**だったとは、ヘンドリックス教授は夢にも思わないでしょう。
「濡れた手で触るな」が「清浄なる手にて理に触れよ」に。 「初期化」が「世界の再創世」に。
今回は、AIによる「超・意訳」によって、ただのマニュアルが壮大な宗教論文へと捏造されていく過程と、その対価としてコタロウが手に入れた「ささやかな幸せ(食い扶持)」を描きます。
勘違いが加速する、ショートエピソードです。
【本文】
1. 勘違いの最高潮
放課後の古代語研究室。
そこには、数百年の時を超えた感動と、現代的な呆れが同居していた。
「おおぉぉ……! 素晴らしい! これぞ失われた神代の哲学! 神々はこれほどまでに厳格な『戒律』を持って生きていたのか!」
古代語研究の権威、ヘンドリックス教授は、遺跡から持ち帰った「神代の石碑」を抱きしめ、老眼鏡を涙で曇らせていた。
その視線の先には、俺――神木コタロウが、カンニング・AIを使って「完全翻訳」した解読文がある。
だが、教授は知らない。
彼が「神々の戒律」だと信じて疑わないその文章が、実はただの**『汎用魔導具・安全上のご注意(PL法準拠)』**であることを。
(……いや、言えないだろ。「教授、それ『分解しないでください』って書いてあるだけですよ」なんて)
俺は心のなかでツッコミを入れる。
教授が「魂の不可侵領域についての記述だ!」と絶賛している部分は、**「封印シールを剥がすとメーカー保証対象外になります」**という事務的な警告文だ。
2. 名誉よりも食い扶持
「コタロウ君! この世紀の大発見を、直ちに王立学会へ発表せねばならん! 君の名前を連名で出せば、君は歴史に名を残すぞ!」
教授が鼻息荒く迫ってくる。
俺は全力で首を横に振った。
「お断りします。俺の名前が出たら、王宮や教会から『古代の預言を読め』とか言われて連行される未来が見えます。平穏に寝たいんです」
「むぅ……無欲な。では、君の功績をどう報いれば……」
俺はニヤリと笑い、ポケットから一枚の申請書を取り出した。
「名誉はいりません。代わりに、教授の権限でこの書類に判子をください」
「こ、これは……**『学食プレミアム・フリーパス(一年分)』**申請書!?」
「はい。特許権も名誉も全部教授にあげます。俺はただ飯が食いたいだけです」
交渉は成立した。
論文の著者はヘンドリックス教授。俺はイニシャルのみの**「協力者K」**として記載されることになった。
3. AIによる「超訳」論文
「よし、善は急げだ! ……しかし困ったな。この『神の言語』の深遠なニュアンスを、現代の粗野な言語でどう表現すればいいか……」
教授が羽ペンを握りしめて悩み始めた。
俺はため息をつき、ペンを回す。
(AI、出番だ。さっきの『取扱説明書』の翻訳を、教授が喜びそうな難解な神学用語や哲学用語で埋め尽くした論文に変換しろ。中身がバレないように、荘厳にな)
ピコン♪
【カンニング・AI 論文生成モード:起動】
- ターゲット: 学術界の権威
- 変換レベル: 意識高い系MAX
数秒後、AIが弾き出した「超訳」を俺は読み上げた。
「……教授、ここはこう解釈すべきでは? 例えばこの一文……」
- 原文: 『濡れた手で触らないでください。感電の原因になります』
- ↓
- AI論文訳: 『穢れし水、導き(回路)を断つ災いなり。清浄なる手にて理に触れよ。さもなくば、天雷の裁きが下るであろう』
「おお……!! なんという美しい表現! 古代人は道具一つ扱う際にも、禊を行っていたのか!」
教授は震える手でそれを書き写していく。
こうして、ただの家電のマニュアルは、人類への警鐘を鳴らす壮大な叙事詩へと書き換えられた。
4. 詩人コタロウとリリスの評価
翌日。
新たに「Fクラス脱獄同盟」に加わったリリスが、完成した論文の査読を行っていた。
「……『初期化』を『世界の再創世』と定義するなんて……」
リリスは眼鏡を光らせ、感嘆の息を漏らす。
「一見すると非論理的な宗教詩に見えるけれど、構造解析すると『システムの保全と再生』を完璧に説いているわ。コタロウ、貴方は無機質なマニュアルすらも芸術に変えてしまうのね……」
「いや、俺はただ……」
「言い訳は不要よ。貴方のその『無駄な修飾語』に隠された論理美……また一つ、貴方の解析データが増えたわ」
彼女の中で、俺は「隠れ天才」から「孤高の詩人哲学者」へと、また訳の分からない方向に評価が爆上がりしてしまった。
5. 記事の波紋と、不穏な視線
数日後。
王立学術院から発行される『月刊・魔導の友』に掲載された論文は、学園内で瞬く間に話題となった。
掲示板の前には人だかりができている。
「おい見ろよ! ヘンドリックス教授が神代文字を解読したって!」
「協力者Kって誰だ? Sクラスの賢者家系の誰かか?」
「いや、あの難解な石碑を読めるなんて、もはや人間じゃないぞ」
そんな騒ぎをよそに、俺は学食の特等席で、手に入れたフリーパスを行使していた。
目の前には、1食で銀貨5枚はする「特上ドラゴンステーキ定食」。
肉汁が滴るその塊を口に運び、俺は至福の表情を浮かべる。
「ふぅ、食った食った。……これで専門学部に進めた場合、食費の心配はいらないな」
この権利があれば、進級後の生活も安泰だ。Fクラスの貧乏生活ともおさらばできる。
俺は満足げに腹をさすり、午後の昼寝のことだけを考えていた。
しかし、俺は気づいていなかった。
職員室でこの記事を読んだマグダ副学園長が、不快そうに目を細めていることに。
「協力者K……イニシャルからして、Fクラスの神木(Kamiki)が頭をよぎりますが……まさかね」
彼女は紅茶を一口飲み、冷たく呟いた。
「ですが、もし万が一、Fクラスの『でっち上げ』が、たまたま当たりを引き当てたのだとしたら……それは学園の秩序としてあってはならない、由々しき事態ですわ」
彼女の鋭い勘は、俺の正体を見抜きかけているわけではない。
ただ、「Fクラスごときが正解を出すはずがない」という偏見と、「もしそうなら潰さなければならない」という歪んだ正義感が、静かに燃え上がっていたのだった。
(第5.5話 完)
【第5.5話:あとがき】
お読みいただきありがとうございます!
「名誉より肉」。 ブレないコタロウの姿勢、素晴らしいですね。 歴史に名を残すチャンスを蹴ってまで手に入れた「学食プレミアム・フリーパス」。 貧乏学生にとって、これほど魅力的なアイテムはありません。
それにしても、AIの文章生成能力は優秀すぎます。 「感電注意」を「天雷の裁き」と翻訳するセンス、どこで学んだんでしょうか(中二病のデータベースでしょうか)。
さて、コタロウは上手く立ち回ったつもりですが、この論文がきっかけで、あの**「氷の副学園長」マグダ**の目に止まってしまいました。 彼女の鋭い勘は、徐々にコタロウの正体へと近づきつつあります。
次回は第6話。 試験まであと1週間。 追い詰められたコタロウたちは、図書館の奥深くに眠る「ニート精霊」を叩き起こし、地獄のスパルタ合宿を開始します。 そこへ、あの「重すぎる愛」を持つ聖女様が乱入してきて……?
次回、『AI教官のスパルタ合宿と、邪魔しにくる聖女様』。 図書館が修羅場と化します。お楽しみに!




