■ Ep.83 第50話:新学期、英雄は「客寄せパンダ」の夢を見る
■ Ep.83 第50話:本文
1. 英雄の凱旋、または公開処刑
魔法オリンピアでの優勝から数日、余韻冷めやらぬうちに、王立精霊学園へ戻った代表メンバー達、学園での平穏な日々が訪れる筈だった。
だが、その空気はオリンピア出立前とは明らかに違っていた。
「見ろ! コタロウ様だ!」
「キャーッ! こっち向いてー! その棒を回してー!」
「優勝おめでとうございます! サインください! いっそ婚姻届に判をください!」
校門をくぐった瞬間、俺、神木コタロウは黄色い悲鳴と羨望の眼差し、そして欲望渦巻く熱視線に包まれた。
まるで王族の凱旋パレードだ。かつてFランクの「石ころ」と呼ばれ、誰にも認識されずにサボれていた平穏な日々はどこへやら。今や俺は国民的英雄であり、学園一のアイドルになっていた。
「(……帰りてぇ。切実に)」
俺はマフラーで顔を半分隠し、足早に校舎へ向かった。
英雄? 冗談じゃない。俺が求めているのは「究極の怠惰」であり、「目立たず騒がず、平穏に卒業すること」だけだ。こんな注目度では、授業中に居眠りすることすらままならないじゃないか。
「おはようございます、ご主人様。……ふふ、大変な人気ですね」
背後から、少し呆れたような、それでいてどこか嬉しそうな声がした。
専属従者のマリーだ。今日はいつもの作業用ジャージではなく、ビシッとした学園指定の制服姿だが、その背中には巨大なハンマーケースを違和感なく背負っている。
「おはよう、マリー。……この状況を打開する策はないか? 例えば『実は双子の弟でした』とか嘘をつくとか、記憶喪失のふりをするとか」
「無理ですね。ご主人様の顔写真と『ペン回しポーズ』は、すでに王都中の新聞一面を飾り、ブロマイド屋では売り切れ続出ですから。諦めてください」
マリーはにこやかに絶望的な事実を告げた。
逃げ場はない。俺は鉛のように重い足取りで、精霊学部の本拠地――「精霊魔導ホール」へと向かった。今日はここで、学部全体のホームルームが行われるのだ。
---
2. 精霊学部の学園祭会議
数百人を収容する階段教室型のホールに入ると、そこは既に戦場だった。
「ふざけないでください! 『超大型メイド喫茶』だなんて、歴史ある精霊学部の品位に関わります!」
演台で声を張り上げているのは、精霊学部2年の首席であり、学部代表を務める優等生。
リリス・フレアガードだ。
燃えるような赤い髪をきっちりとしたポニーテールにし、真面目そうな眼鏡をかけているが、その眼鏡の奥の瞳には「紅蓮の魔女」と呼ばれるに相応しい怒りの炎が宿っている。
「あら、リリスさん。貴女は経済というものを分かっていませんわね。品位で飯が食えますの?」
対するは、最前列で従者に淹れさせた紅茶を優雅に飲んでいるクラウディア・フォン・ルミナス。
彼女は「政経占星術学部」の生徒だが、今回のオリンピア優勝チームの一員であり、実質的に精霊学部の財布の紐と決定権を握っている「影の支配者」だ。
「来月は学園祭。我が国最大のイベントですわ。
そして今年の目玉は、なんと言っても『魔法オリンピア優勝チーム』を擁する我が精霊学部。
外部からの観光客は例年の3倍……数万人の来場が見込まれていますのよ?」
クラウディアは扇子をパチンと高らかに鳴らした。
「そんな千載一遇の集客チャンスに、地味でカビ臭い『精霊魔法研究発表会』? 笑わせないで頂戴。
お客様が求めているのは高尚な理論ではありません。
『英雄コタロウ様のおもてなし』……これ一択ですわ!!」
「なっ……!?」
リリスが絶句する。
クラウディアの主張は極めて端的だ。コタロウの人気を最大限に政治利用し、精霊学部の総力を挙げて**「超大型執事・メイド喫茶」**を開催する。それこそが、学園への最大の貢献(と、自分の趣味の充足)であると。
「それに、リリスさん。貴女、学部全体の慢性的な予算不足に頭を悩ませているのでしょう?
数百体の精霊の維持には、莫大な魔石コストがかかりますものね? 最近は学食の裏メニュー『魔力大盛り』も廃止されたとか」
「うっ……そ、それは……痛いところを……」
「今回の喫茶の売上は、全額『学部研究費』として計上します。
目標売上は金貨1000枚。……これなら、貴女の契約精霊イフリートも、下級生たちの腹ペコ精霊たちも、お腹いっぱい魔力を食べられますわよ?」
「……ううっ……!」
リリスは唇を噛み締め、プルプルと小刻みに震えた。
学部代表としての高潔なプライドと、現実的な運営資金という名の暴力的な札束の板挟みだ。
「……わ、分かりました……。
百歩譲って、喫茶はやるとしましょう。研究費のためです……。
ですが! なぜ学部代表の私が『メイド』なのですか!? 私は全体の指揮を執るべき立場ですよ!?」
「適材適所ですわ。貴女のその『真面目すぎて融通が利かない』ところ……一部のマニアには**『ツンデレ』**として需要がありますのよ。『べ、別にあんたのために紅茶を淹れたんじゃないんだからね!』……これが言えれば完璧ですわ」
「ツンデレ!? 誰がですか! そんなセリフ、死んでも言いません!」
クラウディアの巧みな弁舌(と圧倒的な財力)に、席次1位のリリスが完全に押し負けている。
俺は関わりたくない一心で、そっと回れ右をして帰ろうとしたが――。
「あら、主役のご到着ですわね。
コタロウ様、貴方は当然、**『総支配人兼執事長(ゼネラル・マネージャー・アンド・ヘッド・バトラー)』**ですわよ。拒否権はありません」
逃がしてはくれなかった。
---
3. 被服の精霊シフォンの暴走
「決定ですわ。学部生全員分の衣装合わせを始めます!」
クラウディアが指を鳴らすと、ホールの空間が歪み、ファンシーな音楽と共に一匹の奇妙な精霊が飛び出してきた。
シルクの布をかぶり、手にはメジャーと針山、背中には大量の端切れを背負った、幽霊のような姿。
**被服の精霊「シフォン」**だ。
『ハァ~イ【ハート】 お呼びかしら、クラウディアちゃん?
あらあら、相変わらず精霊学部の子たちはファッションセンスが壊滅的ねぇ! 芋くさい制服なんて脱ぎ捨てちゃいなさ~い!』
シフォンはハイテンションなオネエ口調で喚き散らすと、高速でホール内を飛び回り始めた。
『まずは貴方、代表のリリスちゃん! その長いローブは論外よ!
これじゃ「お掃除おばさん」よ!
もっとこう……太ももの絶対領域を見せなきゃ、チップは貰えないわよん!』
シュバババッ!
「きゃああっ!? 何をするんですかぁ!?」
シフォンの手にした魔法の針と糸が舞い、リリスのローブが一瞬でミニ丈のメイド服に改造された。
さらに、胸元にはふんだんなフリル、背中には大きなリボン、頭には猫耳カチューシャ。
紅蓮の魔女が、あっという間に「秋葉原系萌えメイド(ツンデレ仕様)」に変身してしまった。
「な、な、何ですかこの破廉恥な服はぁぁぁ!? 足がスースーします!」
リリスは顔を真っ赤にしてスカートを押さえるが、シフォンは「ウフフ、いい反応ね【ハート】 その恥じらいがまたチップを呼ぶのよ!」と満足げだ。
『次! そこの天然オーラ全開の子! アヤネちゃんね!』
次にターゲットになったのは、おっとりと微笑んでいる篠宮アヤネだ。
『貴女は素材が最高ね! その「癒やし系」の雰囲気を活かさなきゃ!
基本はクラシカルなロングメイド服……だけど、それじゃつまらないわねぇ』
シフォンが悪い顔でニヤリと笑う。
『こうして……ここを、こう!』
シュババッ!
「わぁ、すごーい! 魔法でお洋服が変わっちゃった~!」
アヤネが着せられたのは、一見清楚なロングスカートのメイド服。だが、動くたびにスリットから健康的な美脚がチラリと見え、胸元はエプロンで強調されるという、計算され尽くした「天然小悪魔仕様」だった。
「えへへ、どうかなコタロウくん? 似合う?」
アヤネが無自覚にクルリと回ると、ホール中の男子生徒(と一部の女子生徒)が鼻血を出して倒れた。
「……ああ、似合ってるよ。刺激が強すぎるがな」
「あらあら、アヤネ様……! なんて神々しい……! そのお姿のブロマイド、独占販売契約を結ばせていただきますわ!」
クラウディアが拝むようにしてアヤネを見つめている。
『お次はそこの野生児! モモちゃん!』
「あァ!? なんだそのヒラヒラした布は! 俺はそんな動きにくいモン着ねぇぞ!」
モモが牙を剥いて威嚇する。彼女は制服ですら窮屈そうに着崩しているのだ。
『ダーリン、そんなこと言ってるとモテないわよ?
貴女にはこれ! 「ワイルド・キャット・メイド」!』
「ギャース! やめろ! 身体に巻きつくな!」
モモが爪で抵抗するが、シフォンは物理攻撃を透過して、強引に服を着せ替えていく。
出来上がったのは、動きやすいショートパンツタイプのメイド服に、モフモフの猫耳と尻尾がついた、獣人族の特性を活かしたスタイルだった。
「……チッ。なんだこの尻尾、邪魔くせぇ」
モモが不機嫌そうに尻尾をブンブン振るが、それがまた周囲の「ケモナー属性」の生徒たちを熱狂させた。
『さあ、最後は真打ち登場! コタロウちゃん!』
俺の番が来た。
『貴方、地味すぎ! 存在感が空気以下よ!
執事はもっと「高貴なオーラ」を出さなきゃ!
肩パッド追加! 燕尾服の裾を延長! ボタンは金ピカ仕様に変更! マントもつけちゃえ!』
シュバババッ!
「お、おい待て……! やりすぎだ!」
俺の制服も瞬く間に改造され、まるで宝塚のトップスターのような、無駄にキラキラした燕尾服に変わってしまった。
歩くだけで「シャララン【音符】」と無駄な効果音が鳴る仕様だ。
「……最悪だ。これじゃ目立って仕方ない」
俺は鏡を見て絶望した。
これでは「影の薄いモブ」どころか、完全に学部の「客寄せパンダ」だ。
---
4. ワンドの悲鳴と、職人への道
「ウフフ、完璧ですわ! 皆様、とっても素敵ですわよ!
これで学園祭の準備は整いました!」
クラウディアは満足げだが、俺にはもう一つ、衣装よりも遥かに致命的な問題があった。
(……衣装どころの話じゃない。
昨日の戦闘シミュレーションで、ワンドの反応速度が0.1秒遅れた)
俺は懐の**【スタイラス・ワンド】**を取り出した。
第20話で作った相棒。だが、その中心にある**【重力核】**には、肉眼では確認できないほどの微細なヒビが入っている。
【AI】の警告通り、このまま使い続ければ、次の戦闘(あるいは学園祭での酷使)で確実に砕け散るだろう。
「……マリー」
俺は小声で従者を呼んだ。マリーは瞬時に俺の意図を察し、そばに寄る。
「はい、ご主人様」
「午後から早退する。……ガント親父のところへ行くぞ」
「! ……承知いたしました。実家(工房)へ連絡を入れておきます」
マリーの目が、ただの従者から「職人の孫」の目になった。
彼女も、日々のメンテナンスを通じて気づいていたのだ。主人の武器が限界を迎えていることに。
「おいコタロウ! どこへ行くのですか! 衣装合わせはまだ終わってませんよ! 他のポーズも確認しないと!」
リリスがミニスカートを押さえながら叫ぶ。
「あー、急に腹が! 猛烈な腹痛が! 保健室行ってくる!」
俺はキラキラした燕尾服を脱ぎ捨て、リリスの悲鳴(「代表を置いて逃げるなぁ!」)と、アヤネの「お大事にね~」というのんきな声を背に、ホールを飛び出した。
目指すは東区画、職人街。
学園祭の喧騒を乗り越え、平穏なサボりライフを取り戻すための新たな相棒――**【魔導ブラック・バトン】**を生み出すために。
(第50話 完)




