第5話:古代語を翻訳したら「取扱説明書」で、空飛ぶ箒を改造したら「座布団」になった
【第5話:まえがき】
前話で「人狼のモモ」を懐柔し、用心棒を確保したコタロウ。 続いての攻略対象は、Fクラスの頭脳担当こと、爆発狂のエルフ・リリスです。
彼女が抱える悩みは、成績不振と「空飛ぶ箒」の制御不能。 しかし、コタロウの【AI】が解析した結果、箒が暴走する原因は、またしても精霊たちの「濃すぎる性格」にありました。
「歴史的発見(実は取説)」と「魔改造(座布団)」。 サボるためなら手段を選ばない男が、異世界の学会と航空力学に革命を起こしてしまいます。
それでは、コタロウ流の「効率化」がいかんなく発揮される第5話をご覧ください。
1. 歴史の授業は睡眠時間
翌日の2限目。
窓の外からは春の陽気が差し込んでいるが、Fクラス「監獄」の教室内の空気は、澱みきっていた。
いつものやる気のない担任・ゲイルの姿はない。代わりに教壇に立っているのは、本校舎から「特別派遣」として送り込まれてきた歴史学の権威、ヘンドリックス教授だ。
「えー、諸君のような猿に歴史を教えるのは、砂漠に水を撒くがごとき徒労だが……これも学園長からの業務命令だ。静粛にしたまえ」
神経質そうな銀縁眼鏡の老教授は、チョークを持つ指先さえ汚らわしいと言わんばかりの態度で、Fクラスの生徒たちを見下していた。
彼の背後の黒板には、幾何学模様と象形文字、そして魔法陣が複雑に絡み合った「謎の文章」がびっしりと書き連ねられている。
教室の最後列。
俺――神木コタロウは、教科書をバリケードにして完璧な要塞を築き、熟睡体制に入っていた。
昨夜、モモのポーカー特訓に付き合わされたせいで睡眠不足なのだ。隣の席では、その元凶であるモモが既に白目を剥いて爆睡しており、時折「肉ぅ……レイズだぁ……」と幸せそうな寝言を漏らしている。
「(……平和だ。このままチャイムまで意識を飛ばそう)」
俺の目的は「授業中にバレずに寝る」こと。
Fクラスの劣悪な環境でも、隣に番犬がいれば安眠できる。俺は意識を微睡みの底へと委ねようとした。
「――おい、そこの寝ている男子学生」
ピシャリ!
鋭い音が教室に響いた。ヘンドリックス教授が、長い教鞭で教卓を叩いたのだ。
教室中の視線が一斉に集まる。教授の冷ややかな目が、バリケードの裏にいる俺を正確に射抜いていた。
「……あ、はい」
俺は渋々顔を上げた。
「貴様だ。私の講義中に惰眠を貪るとはいい度胸だ。……よほど優秀なのだろうな?」
教授が意地悪く口角を上げる。
「Fクラスのゴミクズとはいえ、学生である以上、学ぶ姿勢くらいは見せてもらわねば困る。……そこでだ」
彼は黒板に書かれた、あの複雑怪奇な文章を教鞭で指し示した。
「名誉挽回のチャンスをやろう。これは王家の地下遺跡、最深部の『封印の間』から発掘された**『神代の石碑』**の拓本だ。解読できた者は、過去数百年の歴史において一人もいない。これを何と読む?」
クラス中がざわめく。
「おいおい、そんなの読めるわけねーだろ」 「嫌がらせかよ」 「じいさんの性格の悪さが顔に出てるぜ」
リリスでさえ、分厚い眼鏡の奥の瞳を細めて首を振った。
「……それは『失われた始原の言葉』。現代の魔法体系とは根本から異なる概念記述……解読不能が学会の定説よ」
教授は鼻を鳴らした。
「ふん、当然だ。賢者と謳われる私でさえ、最初の三文字の解釈に十年を費やしたのだからな。貴様らごとき無能に読めるはずも――さあ、答えられんのなら廊下に立っていろ、この劣等せ――」
俺はあくびを噛み殺し、虚空を見つめた。
廊下に立つのは面倒だ。それに、この教授の嫌味な態度が気に食わない。
俺は脳内の相棒に問いかけた。
(……おいAI。これ、なんて書いてあるんだ?)
ピコン♪
【カンニング・AI 古代語翻訳モード: 起動】
- 対象: 黒板の文字列
- 言語: ルミナス古代神聖語(Ver.1.0)
- 解析: データベース照合中……完了。
(読めるか?)
【AI】 Yes.
- 解析結果: 非常に難解な暗号に見えますが、実態は神代の魔法システムに関する**「システム管理者ログ(注意書き)」**です。
(は? 注意書き?)
【AI】 全文表示: 『警告:この世界の魔力リソースは有限です。 特に、**外部プロセスである「精霊」への過剰な負荷**は、システム全体の遅延を招きます。 精霊を酷使せず、労使協定を守り、ご利用は計画的に。 admin: Deus』
……なんだそれ。
この世界の「神」とか「古代人」って、もしかしてプログラマーだったのか?
それに「精霊への過剰な負荷」って……やっぱり昔から精霊はブラック労働させられていたのか。
あまりに夢のない真実に呆れつつ、俺はそのまま答えることにした。
「えっと……『魔力の使いすぎに注意。精霊はただの処理係なので、ブラック労働させると処理落ちして世界が強制終了します』……って書いてあります」
「…………は?」
教授がポカンと口を開けた。
教室に奇妙な沈黙が流れる。
「き、貴様……何を適当なことを……! 『処理係』だの『ブラック労働』だの、そんなふざけた意訳があるか! 神聖な石碑だぞ!? もっとこう、『汝、大いなる精霊を畏れよ』とか、そういう崇高な……」
教授が顔を真っ赤にして怒鳴りかけた、その時。
彼の手元にあった「解読の手引き(極秘資料)」が滑り落ち、あるページが開かれた。そこには、過去の賢者が唯一解読に成功した断片的な単語が記されていた。
『有限』……『過負荷』……『従僕の疲弊』……『停止』……
教授の動きが止まった。
彼の視線が、資料の単語と、俺の言った言葉を行き来する。
顔色が、赤から青、そして白へと変わっていく。
「ま、待てよ……? 彼の言葉を当てはめると……文法構造が……全て……繋がる……!?」
教授の手が震え始めた。
「『世界が落ちる(シャットダウン)』……すなわち**『世界の崩壊』!? 我々はとんでもない誤解をしていたのか!? 神は『畏れよ』と精神論を説いたのではない、『精霊との適切な労働管理』を具体的に警告していたのか……!?**」
ガタッ!
リリスが勢いよく席を立った。
彼女はブツブツと独り言を呟きながら、俺と黒板を交互に見比べ、そして興奮気味に眼鏡を光らせた。
「……論理的整合性が取れているわ。従来の『宗教的解釈』を捨てて、精霊を『システムの一部』と捉える『機能的解釈』を行えば……あの不可解な文字列は、確かに『エラーログ』として読める……!」
教授はわなわなと震えながら、まるで未知の生物を見るような目で俺を指差した。
「き、君は……一体何者だ!? まさか、失われた古代語を母国語のように操る『古の賢者』の転生体か……!? それとも精霊の声を聞く預言者か!?」
「いえ、ただの勘です」
「勘でこれが読めるかァァァッ!!」
結局、その授業は崩壊した。
「コタロウによる新解釈」を、歴史学の権威である教授が必死にメモを取り、涙を流して感謝するという異様な光景が繰り広げられたのだ。
俺はただ座っていただけだが、Fクラスの生徒たちは「あいつ、マジで何者だ……?」とドン引きし、モモだけが「さすがボス! 何言ってるか全然分かんねーけどすげぇ!」と尻尾を振っていた。
2. リリスの「聖域」と、暴走する箒
放課後。
俺がさっさと寮に帰って昼寝の続きをしようとしていると、白衣の裾を掴まれた。
「……ちょっと面貸しなさい、賢者様」
リリス・アルケミアだ。
彼女は有無を言わせぬ力で俺の襟首を掴み、ズルズルと校舎の裏手へと引きずり出した。
連れてこられたのは、キャンパスの最果て。鬱蒼とした林の中にポツンと建っている、傾きかけた小さな小屋だった。
入口には『農具入れ』という看板が掛かっているが、その上に赤いペンキで大きくバツ印がつけられ、手書きで**『リリスの聖域』**と書かれている。
「……ここがお前の研究室か?」
「ええ。学校側からは物置扱いだけど、私にとっては城よ」
リリスは重い扉を蹴り開けた。
中は酷い有様だった。錆びたスコップや一輪車に混じって、高価そうなフラスコ、半分溶けたビーカー、魔導書、そして失敗したスクラップの山が天井まで積み上げられている。カビと油、そして何かが焦げたような刺激臭が鼻をつく。
「座りなさい。……と言いたいけど、椅子がないわね」
リリスは埃を被ったパイプ椅子を蹴飛ばしてスペースを作ると、一本のボロボロの箒を取り出した。
「単刀直入に聞くわ。貴方、魔法式の『最適化』が得意なんでしょう? 昨日のモモへの指導、そして今日の古代語解読……貴方の視点は、明らかに常人とは違う」
「買いかぶりすぎだ。俺はただのサボり魔だよ」
「謙遜はいらないわ。……これを見て」
リリスの表情には、いつもの冷徹さとは違う、焦燥の色が浮かんでいた。
彼女は唇を噛み締め、箒を強く握りしめる。
「私は協調性がないし、興味のない授業には出ない。だから成績は最悪。……3週間後の試験で、私が退学になる確率は98.7%よ」
「自覚はあるんだな」
「ええ。でも……退学になる前に、どうしてもこれだけは完成させたいの。私の理論が間違っていなかったと、この学園の連中に証明したい」
彼女の目は血走っていた。それは研究者の執念であり、追い詰められた者の悲鳴にも似ていた。
「これが私が開発中の**『超高速飛行術式』**よ。従来の飛行魔法とは次元が違うスピードが出るはずなの」
彼女が箒に魔力を込める。
ヒュオォォォッ!!
狭い小屋の中に、猛烈な突風が巻き起こった。
書類やガラクタが舞い上がる。
「来なさい、最速の**風の精霊『疾風』**たちよ!」
リリスの叫びと共に、箒がブォン! と浮き上がった。
だが次の瞬間。
ギュルルルルルッ!!
箒はドリルのように激しく回転しながら暴れ回り、壁に激突し、床を削り、天井に突き刺さった。
「きゃあっ!? く、くそっ、また制御不能……!」
リリスは這々の体で暴れる箒を取り押さえ、魔力を遮断した。髪はボサボサになり、眼鏡がズレている。
「……見ての通りよ。推進力として、最高ランクの風の精霊を召喚しているから出力は十分なはずなの。なのに、どうしても姿勢制御ができない……。貴方なら、このパラドックスをどう解く?」
俺はため息をつき、AIに問いかけた。
(おい、原因はなんだ? あの箒、なんであんなに暴れてる?)
ピコン♪
【カンニング・AI 解析完了】
- 原因: 推進力として契約している**風の精霊『疾風』**たちの性格と、箒の形状が致命的にミスマッチです。
- 精霊データ:
- 種族: 風の上位精霊
- 性格: 「暴走族気質のスピード狂」
- 特徴: 彼らは集団で爆音(風切り音)を立てて走るのを好みます。
- 現象: 彼らは箒を「バイク」のように乗り回そうとしていますが、箒の柄は細すぎて掴まりどころがありません。結果、精霊たちが振り落とされないように暴れた反動で、箒が回転しています。
(……また精霊の問題かよ)
この世界の精霊、個性強すぎだろ。火の精霊がパリピで、風の精霊が暴走族か。
【AI】 提案
- 術式を書き換え、彼らが**「箱乗り」**できる安定した平面を提供します。
- 推奨デバイス: 4人の精霊が四隅を掴んで安定して運べる「四角い平面」。……例えば、そこの床に落ちている「座布団」などが最適です。
俺は小屋の隅に転がっていた、農作業の休憩用と思われる薄汚れた**「座布団(和風・紫色の布地)」**を拾い上げた。
「……これでいい」
「は? 座布団? 貴方、正気?」
リリスが呆気にとられた顔をする。「箒の話をしているのよ? なんでそんな薄汚れた布切れが出てくるの?」
「お前の契約した精霊たちは『スピード狂』だ。箒みたいな細い棒じゃ、彼らが踏ん張れないんだよ。もっと安定した足場を与えてやればいい」
俺はボールペンを取り出し、座布団に向かって**【高速記述(フリック入力)】を行った。
リリスの書いた複雑な魔法陣をAIがスキャンし、無駄な装飾コードを削除。代わりに、現代のドローン制御プログラムを応用した「4点支持・姿勢安定化コード」**を上書きする。
『――Overwrite(上書き保存)』
俺が指を鳴らすと、座布団の四隅に小さなつむじ風が発生した。
「ブォン! ブォン! パラリラパラリラ!」
どこからともなく、改造バイクのコール音のような風切り音が聞こえてくる。
風の精霊たちが、リーゼントのような髪型をした小さな姿で現れ、「ヒャッハー!」「こいつはいい車体だぜ!」と歓喜しながら、座布団の四隅にしがみつく。
座布団はふわりと浮き上がり、ピタリと空中で静止した。
「嘘……。あんな布切れに、これほどの安定性が……?」
リリスが目を見開く。
俺は座布団の上に胡座をかいて座った。
「おいリリス、魔力を流してくれ。俺は魔力が空っ欠だからな」
「えっ……? あ、そうか。Fランクだものね」
リリスは呆れながらも、座布団に手をかざした。
「出力は3%でいい。ゆっくり流せ」 「……はいはい。こう?」
彼女がおずおずと指先から魔力を供給すると、座布団はプログラムされた挙動通りに、滑らかに空中を移動した。上昇、下降、旋回。全てがスムーズだ。しかも座り心地がいい。
「名付けて**『空飛ぶ座布団』**だ」
俺は空中で腕を組み、ふてぶてしく見下ろした。
「どうだ。これなら精霊たちも『箱乗り』感覚で楽しめるし、俺も股間が痛くない。Win-Winだろ」
リリスは戦慄していた。
彼女の常識――「魔法とは荘厳で、箒や杖といった神秘的な媒体を必要とする」という概念が、目の前の「座布団に乗った気だるげな男」によって粉々に破壊されたからだ。
「……美しくない」
リリスが震える声で呟いた。
「美しくないわ! なんで座布団なの!? もっとこう、翼とか、流線型とかあるでしょ!?」
「機能美だ。楽をして飛べる。それが全てだろ」
「くっ……! 悔しいけど、理論は完璧ね……!」
リリスはガリガリと頭を掻きむしり、その場に崩れ落ちた。
だが、その顔には絶望ではなく、希望の光が宿っていた。
「完成した……。私の理論は、間違ってなかった……」
彼女は震える手で眼鏡を押し上げ、涙目のまま俺を睨みつけた。
「認めるわ、コタロウ。貴方は私の理解を超える『異端の賢者』よ」
「異端はいらないんだけど」
「貴方のその脳みそ、興味深いわ。……解剖させてくれる?」
「断る」
リリスはニヤリと不気味に笑い、俺の座る座布団の端を掴んだ。
その手はまだ震えていたが、握手のように力強かった。
「なら、協力しなさい。私の研究には、貴方のその『常識外れな発想』が必要なの。……3週間後の試験、合格したいんでしょ?」
どうやら、こちらの目論見通り、彼女も乗ってきたようだ。
俺は空飛ぶ座布団の上から、手を差し伸べた。
「ああ。俺もお前の頭脳が必要だ。特に、面倒なレポート課題と筆記試験の対策とかな」
リリスの手を握り返す。
こうして、Fクラスの頭脳担当が仲間に加わった。
番犬のモモ、頭脳のリリス。そして司令塔(サボり魔)の俺。
監獄からの「脱獄」パーティが、いよいよ形になってきた。
(第5話 完)
【第5話:あとがき】
お読みいただきありがとうございます!
「神代の石碑」が実はPL法準拠のユーザーマニュアル(管理者ログ)で、高位の風の精霊が「箱乗り好きの暴走族」……。 この世界の神秘性が、コタロウの現代知識(とAI)によってどんどん身も蓋もない形ではがされていく様子、いかがでしたでしょうか。
それにしても、異世界ファンタジーの華であるはずの「空飛ぶ魔法の乗り物」が、まさかの薄汚れた座布団。 絵面的にはかなりシュールですが、「股間が痛くない」「あぐらがかける」という実利の前には、伝統的な箒のロマンなど無力であることをコタロウが証明してくれました。
これで「物理」と「知能」を確保し、Fクラス脱獄パーティの布陣が整いつつあります。
しかし、歴史の授業で披露してしまった「古代語の真実」が、思わぬ波紋を呼ぶことに……。 ただ寝る場所を確保したかっただけのコタロウですが、その「才能」はすでに隠しきれないレベルに達しているようです。
★ 次回予告
次回、第5.5話は**【学園記事】ヘンドリックス教授とコタロウの共同論文**。 ヘンドリックス教授の勘違いが暴走し、コタロウの適当な回答が「世紀の発見」として学会に発表されてしまいます。 そのニュースは、当然あの「氷の副学園長」の耳にも入り……?
次回もお楽しみに!
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