Ep.56 第33.5話(幕間):闇の精霊ネロと、紅蓮の女王の決意
【第33.5話:まえがき】
いつもお読みいただきありがとうございます!
前回、第33話では狼少女・モモが「正直者」を卒業し、見事なブラフで3年生の暗殺者を撃破しました。2年生(Sクラス)側がまさかの2連勝。闘技場はお祭り騒ぎの熱狂に包まれ、エリートたちの掌は見事なまでに返りました。
さて、今回の第33.5話は**「幕間」**です。 舞台は深夜の特別寮。昼間の激闘(というかカンニング指示)で脳みそを使い切ったコタロウが、最高級ソファで泥のように眠り……たいところですが、彼の影には「嫉妬深い闇」が潜んでいました。
報酬をヤンキー精霊に先越された闇の精霊ネロのヤンデレな独占欲と、一週間前に首席のプライドをかけてコタロウの助力を拒んだリリスの「女王の決意」。 明日の最終決戦を前にした、静かで少しだけ甘い夜のお話をお楽しみください。
【本文】
1. 精霊学部特別寮の静寂と、代償
祭りの後の静けさが、広大な学園を包み込んでいた。
昼間、アヤネのホームランとモモの幻影攻撃に沸いた闘技場の熱狂も、深夜になれば冷たい夜風と共に去り、今はただ虫の音だけが響いている。
俺、神木コタロウは、選ばれたエリートのみが入居を許される**「精霊学部特別寮」**の最上階、自室に戻っていた。
貴族の邸宅を思わせるマホガニーの家具、深紅の絨毯、反映して窓の外に広がる学園の夜景。 その中央にある最高級の革張りソファに、俺は泥のように体を沈めていた。
「ふぅ……。疲れた……」
深いため息が、広い部屋に吸い込まれていく。 VIP席でコーラを飲みながらふんぞり返っていただけに見えるかもしれないが、その実態は過酷な労働だ。
常時展開している【AI】による戦況分析、アヤネとモモへのリアルタイム指示、ヴォルコット学部長への根回し、そして周囲の貴族たちへの「病弱な深窓の令息」という演技。 脳みそはフル回転し続け、精神的な疲労は肉体労働の比ではない。
「それに……財布と魔力のダメージもでかい」
俺はテーブルの上に散乱している、空になった魔力回復薬の瓶と、錬金術用の精製ツールを恨めしげに眺めた。
試合後、勝利の興奮冷めやらぬシップウにねだられ、約束通り渡した報酬――『バージンマナオイル』。 それは、市販されている精霊用の燃料ではない。 俺自身の膨大な魔力を、特殊な錬金術で濾過し、極限まで濃縮して液体化した、この世に二つとない「生体魔力燃料」だ。
市場価格にすれば、小瓶一本で王都に一軒家が建つほどの超高級品。それをあのヤンキー精霊は、まるで安酒のように一気飲みしやがった。
「あーあ。赤字だよ、大赤字。……これを取り戻すには、リリスにも勝ってもらわないと困るんだがな」
俺がぼやきながら、天井の豪奢なシャンデリアを見上げた時だった。 部屋の隅、間接照明の光すら届かない絶対的な**「影」**が、ゆらりと水面のように揺らめいた。
「……おい。主」
足元から、鈴を転がすような、しかしどこか冷ややかで、背筋を凍らせるような少女の声が響いた。
2. 嫉妬する闇と、甘い報酬
俺は驚かずに視線を落とした。 俺の足元に伸びる影の中から、漆黒のドレスを着た、手のひらサイズの少女が這い出てきたからだ。
透き通るような病的なまでに白い肌。夜空を切り取って溶かしたような艶やかな黒髪。そして、血のように赤く、すべてを見透かすような瞳。
【闇の精霊:ネロ】
• 種族: 影潜み(シャドウ・ストーカー)
• 容姿: ゴシック・ロリータ風のドレスを着た、精巧なフランス人形のような美少女(サイズは15cmほど)。
• 性格: 陰気、嫉妬深い、重度の引きこもり。強い光を嫌い、常にコタロウの影の中で生活している。
• 役割: 学園内の情報収集、盗聴、隠密活動。
「……なんだ、ネロか。起きてたのか?」
「寝れるわけ、ない……」
ネロはふわりと重力を無視して浮き上がり、俺の膝の上に着地した。 その赤い瞳は、ジト目という言葉では生ぬるいほど、冷ややかな視線を俺に向けている。
「……主の匂い。あの『ツッパリ風情』の田舎精霊の匂いがする」
「鼻がいいな。さっき会ってきたばかりだからな」
「……不愉快。あんな粗暴で知性のない風の塊が、主の特製オイルをガブ飲みして……。 あれは、私のもの。主のマナは、私の影を育てるためのもの……。 ズルい。許せない。処刑したい」
ネロはブツブツと呪詛を吐きながら、俺のシャツの袖を小さな手でギュッと握りしめた。 彼女は俺に勝手に粘着する精霊なのだが、独占欲が強い。 普段は影の中に引きこもっているくせに、俺が他の精霊(特にシップウのような騒がしいタイプ)を構うと、こうして拗ねて出てくるのだ。
「おいおい、喧嘩するなよ。あいつは今日、大活躍したんだ。モモを勝たせるために必要経費だったんだよ」
「フン……。あんなの、ただ暴れただけ……。脳筋。 私の方が、ずっと主の役に立ってる……。今日の対戦相手の情報も、全部私が集めてきた……」
ネロはプイと顔を背けた。 彼女の言う通り、ネロの功績は計り知れない。
俺がこの学園で「全知」のように振る舞えるのは、【AI】の演算能力に加え、ネロが学園中の影に潜り込み、あらゆる会話、密談、秘密を盗み聞きしてくるからだ。
今日のサラの「不可視」の種明かしも、事前にネロが探ってきた情報があったからこそ、モモに対策を授けることができた(本人は勘だと言い張ったが)。
「分かってるよ。お前が一番の功労者だ。感謝してる」
「……口だけなら、いらない」
「そう言うと思って、用意しておいた」
俺は苦笑しながら、サイドテーブルの引き出しを開けた。 そこから取り出したのは、黒曜石のように美しく輝く、小さな飴玉のような結晶。 俺の闇属性マナを数日間かけて結晶化させ、彼女好みのフレーバーを加えた、特製の**『ダークマナ・キャンディ』**だ。
「ほほら、特別報酬だ。今日はとびきり甘く、濃厚にしておいたぞ」
「……!」
ネロの不機嫌な赤い瞳が、一瞬で輝いた。 「……食べる」
ネロは素早い動きでキャンディを奪い取ると、小さな口でカリコリと音を立てて齧り始めた。 先ほどまでの呪詛が嘘のように、頬を染めて恍惚の表情を浮かべる。
「……ん。悪くない……。 主のマナは、暗くて、ドロドロしてて、底が見えなくて……美味しい。 あの風船野郎には分からない、大人の味……」
「……褒め言葉として受け取っておくよ」
俺のマナを「ドロドロしてて美味しい」と評するのは、世界広しといえどこの精霊くらいだろう。
3. 死の匂いと、ネクロマンサー
キャンディを平らげ、機嫌を直したネロが、俺の肩によじ登ってきた。 そして、冷たい唇を耳元に寄せ、小さく囁いた。
「……主。一つ、警告しておく」
「ん? なんだ」
「明日の……次の相手。ゾッド。あいつは、ヤバい」
ネロの声から、甘えた色が完全に消え、冷徹な「観測者」としての響きに変わった。 影に潜む彼女は、光の下を歩く者よりも、遥かに鋭敏に「死」や「穢れ」を感知する。
「どうヤバいんだ?」
「あいつの周り……影が『死んでる』の。 精霊じゃない。あれは、無理やりこの世に縛り付けられた、死者の怨念……。腐った魂の集合体。 私の影でも、近づくと腐りそうになる……。すごく、臭い」
ネロが露骨に顔をしかめた。 闇の精霊である彼女が、ここまで嫌悪感を示すということは、ゾッドの実力は本物だ。 単なる魔法使いではない。魂の循環という理を犯し、土足で踏み込む禁忌の術者。
「リリスの『炎』じゃ、相性が悪いか?」
「……最悪」
ネロは断言した。
「普通、炎はアンデッドに効くって思われてるけど……あいつのは違う。 物理的な肉体は焼けるけど……怨念そのものは焼けない。 むしろ、死者たちは『熱』や『生気』を求めて群がってくる……。 あの高慢ちきな女、炎に頼りすぎると、自分の炎に焼かれるか、怨念に食われるかもね」
「……だろうな。普通にやれば、な」
俺はソファの背もたれに体を預け、目を閉じた。 ネロの分析は正しい。相性だけで見れば、リリスの勝率は極めて低い。 だが、それでも俺は動かなかった。
なぜなら、この状況は既に「想定済み」だからだ。 いや、正確には、リリス自身が**「この状況を選んだ」**のだ。
4. 一週間前、女王の決断
俺の脳裏に、一週間前の出来事が鮮明に蘇る。
――回想(一週間前、精霊学部特別教室にて)――
『というわけで、このままじゃ全員留年だ。俺が考えた「必勝カリキュラム」で特訓をする』
放課後の教室。俺がアヤネとモモ、そしてリリスを集めてそう提案した時のことだ。 俺は机の上に、対戦相手の分析データ、弱点リスト、そしてそれに合わせた「攻略法」を記したファイルを叩きつけた。
アヤネとモモは、「留年は嫌だ!」「ハンバーグ食べたい!」と、俺の提案に即座に飛びついた。彼女たちにはプライドよりも食欲や平穏な生活の方が重要だったからだ。
だが、リリスだけは違った。 彼女は腕を組み、俺の差し出したファイルを見下ろすと、冷たく、しかし力強く言い放ったのだ。
『お断りよ』
教室の空気が凍りついた。 俺は眉をひそめて彼女を見た。
『あ? 状況を理解してるのか? 相手は実戦経験豊富な3年生だぞ。普通にやれば負けて、留年確定だ』
『ええ、分かっているわ。負ければ終わり。それは理解している』
リリスは紅蓮の髪を払い、毅然とした態度で俺を見据えた。 その瞳には、揺るぎない炎が宿っていた。
『でもね、コタロウ。 アヤネとモモは、貴方の力を借りればいいわ。彼女たちは自由だもの。 でも、私は違う。私は**精霊学部の席次1位**なのよ』
彼女は一歩、俺に近づいた。
『2年生の代表であり、エリートと呼ばれるSクラスの顔。それが私。 その私が、裏工作やカンニングのような手段に縋って勝ったら……精霊学部の威厳は、本当の意味で地に落ちるわ』
『……威厳、か。負けて笑い者になるよりマシじゃないか?』
『いいえ。誇りを捨てて生き延びるくらいなら、私は玉砕を選ぶ』
リリスは断言した。
『それに、相手のリスト……見たわ。 私の相手は「死霊使い」や「格闘家」の可能性がある。私の炎とは相性が悪いことも分かっている』
『分かっていて、丸腰で行く気か?』
『丸腰? ふふっ、馬鹿にしないで』
リリスは不敵に微笑んだ。それは、守られるだけのお姫様の顔ではなく、戦場に立つ女王の顔だった。
『私を誰だと思っているの? 神木コタロウ。 貴方だけが賢いと思ったら大間違いよ。 この一週間、私がただ指をくわえて待っていると思う? ……**「対策」**は、もう練ってあるの』
彼女は俺の胸を指先でトン、と突いた。
『今回の代表戦、私の試合には手出し無用。 私が、私の力で、精霊学部の誇りを取り戻す。 ……私のプライド、貴方の汚い手で汚さないでちょうだい』
――――――――――――
5. 信じて、見守る
「……主? どうしたの? ニヤニヤして」
ネロが不思議そうに俺の顔を覗き込む。
「いや、なんでもない」
俺は小さく笑い、ネロの頭を指先で撫でた。
リリスは馬鹿じゃない。 相手が死霊使いであることも、自分の炎との相性が悪いことも、そして負けた時のリスクも、すべて理解している。 その上で、最初から俺の助力を拒否し、自力で戦う道を選んだのだ。
「あいつにはあいつなりの考えがあって、勝算があるんだろうさ。 伊達に首席を張ってるわけじゃないってことだ」
「……ふーん。あの女、プライドだけは高いからね。 でも、そのプライドが折れる時の音を聞くのも、悪くないかも……」
ネロは意地悪く笑い、興味なさそうに欠伸をした。
「まあ、お手並み拝見といこうか。 俺たちが手を出さなくても勝てるなら、それに越したことはない。俺の財布にも優しいしな」
俺は窓の外、暗闇に沈む巨大な闘技場の方角を見た。 そこには明日、リリスという紅蓮の女王と、ゾッドという死者の王が対峙する。
リリスは精霊学部最強の2年生だ。 彼女が用意したという「対策」。それが、死線をくぐり抜けてきた本物のサバイバーであるゾッドに通じるのか。 それとも、ネロの予言通り、怨念の泥沼に沈むのか。
俺はその答え合わせを、誰よりも特等席で見届けるつもりだ。
「おやすみ、主。……明日は、特等席に死臭が漂いそうね」
ネロは満足そうに笑うと、再びスッと俺の足元の影の中へと溶けていった。 部屋に再び、重苦しい静寂が戻る。
「死臭か……。ポップコーンが不味くなりそうだ」
俺は明日の激闘を予感しながら、ふっと照明を消し、深い闇の中で目を閉じた。
(第33.5話 完)
【第33.5話:あとがき】
お読みいただきありがとうございました! 「主のマナはドロドロしてて美味しい」。……ネロさんの食レポが相変わらず不穏で安心しました。
今回のハイライトを振り返ると:
大赤字の経営者: シップウへの報酬『バージンマナオイル』で、文字通り身を削ってしまったコタロウ。
闇の特別報酬: 機嫌を直すためだけに精製された、世にも贅沢な『ダークマナ・キャンディ』。
紅蓮の女王の誇り: 首席として、あえて「ズル」を選ばなかったリリスの気高さ。
コタロウが裏で糸を引く「代理戦争」という形を、自らの意志で拒んだリリス。彼女が選んだのは、幼い相棒イグニスと共に、自力の策で強敵に挑む茨の道でした。
【次回予告】 第34話『紅蓮の女王と死者の軍勢:暴走する座布団と竜の咆哮』 いよいよ対抗戦第2ブロック最終試合! 死霊使いゾッドが操る「腐竜」の瘴気が、リリスとイグニスを絶望の淵に叩き落とす。酸素すら奪われたフィールドで、女王が鳴らした反撃の指パッチン。空から降ってきたのは……あの「族車仕様の座布団」!?
次回もよろしくお願いします!
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