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Ep.55 第33話:獣の嘘と風の不良:見えない刃を噛み砕け

【第33話:まえがき】

いつもお読みいただきありがとうございます!


前回、第32話では「物理聖女」アヤネが、サバイバーのジェシカ先輩を特大ホームランで場外へ。清楚な笑顔で凶悪な鈍器を振り抜くその姿に、全校生徒が「聖女とは何か」という哲学的な迷宮に叩き落とされました。


さて、今回の第33話。 熱狂と恐怖が入り混じる闘技場に降り立つのは、狼獣人の少女・モモ。 対するは、姿も音も消して一方的に獲物をなぶり殺す、3年生の暗殺者・サラです。


正直すぎるモモにとって、見えない敵は最悪の相性。 カマイタチに切り刻まれ、絶体絶命のピンチに追い込まれる彼女ですが……。 「ハンバーグのためなら、俺様は嘘だってつくぞ!」


コタロウと【AI】による魔改造教育、そしてリーゼント精霊「シップウ」とのマブダチ連携。 正直者の獣が、牙を隠して獲物を誘い込む「狡猾な狩人」へと変貌する瞬間をお楽しみください!

【本文】

1. 姿なき強敵と、陰気なコウモリ


アヤネの衝撃的な勝利――いや、一方的な「聖女の鉄槌」により、会場のボルテージは最高潮に達していた。


それまで「2年生は温室育ちの雑魚」と嘲笑していた学園生たちや、他学部の生徒たちの掌は完全に返った。「今年の2年生はヤバい」「何かやってくれるかもしれない」という熱狂が、闘技場全体を包み込んでいる。


その期待の視線に応えるように、第2ブロック・準決勝のフィールドに、一人の獣人少女が弾丸のように飛び出した。


「うおおおッ! 次は俺様の番だ! ハンバーグのためなら神様だって喰ってやるぞ!!」


モモ(2年・席次3位)。


彼女は両拳を空に突き上げ、野性味あふれる咆哮を上げた。


その両腕には、鈍く黒光りする機械鎧**『幻影の篭手ファントム・ガントレット』が装着され、肩にはリーゼントのような髪型にサングラスをかけた不良精霊『シップウ』**が、偉そうにふんぞり返っている。


対する対戦相手は、フィールドの反対側から現れた……はずだった。


だが、そこには誰もいない。


ただ、冬の冷たい風だけが、ヒュオオ……と不気味な音を立てて吹き抜けている。


『おっとぉ!? 第2ブロック・シード選手、サラの姿が見当たらない! まさか逃亡か!? いや違う、既に**「狩り」**は始まっているのだァッ!!』


ヴォルコットの実況が響いた瞬間。


モモの鋭敏な狼の耳が、頭上からの微かな「超音波」と、風に乗った嘲笑を捉えた。


「キキキッ……。馬鹿な犬ねぇ。どこ見てるの? 餌を探してるのかな?」


嘲笑うような鳴き声と共に、空中の「何もない空間」が揺らぎ、一瞬だけその姿が蜃気楼のように露わになった。


【対戦相手:サラ・ゲイル(3年・疾風の斥候)】


• 二つ名: 疾風の斥候


• 属性: 風・音(不可視特化)


• 戦法: 自身の姿と音を完全に消し、風の刃で一方的に相手を切り刻む暗殺スタイル。正面戦闘を嫌い、相手がパニックになる様を楽しむ。


そして、彼女の肩には、主人以上に不気味な精霊が張り付いていた。


【サラの精霊:エコー】


• 種族: 音響コウモリ(ソニック・ファントム)


• 容姿: 目がなく、顔の半分以上を占める巨大な耳を持つ、紫色の毛並みのコウモリ。翼は影のように半透明で透けており、常に不協和音のようなノイズを撒き散らしている。


• 性格: 陰湿。姿を隠して相手の耳元で悪口や不安を囁き、精神を削るのが趣味。サラとは「性格の悪さ」で意気投合している最悪の相棒。


「……遅いね、ワンちゃん。キョロキョロしちゃって、散歩の途中かな?」


『キキキッ! マヌケ、マヌケ! 見エナイデショ? 悔シイデショ?』


サラの冷徹な声と、エコーの神経を逆撫でする嘲笑。


次の瞬間、モモの頬が、カマイタチのようにスッと切れた。


「痛っ!?」


2. 一方的な蹂躙と、嘲笑う影


「どこだ! 出てこい卑怯者!」


モモが叫びながら、適当な方向に拳を振るう。


だが、その拳は虚しく空を切るだけだ。敵の気配が、風の中に溶けてしまっている。


「ここだよ」


ヒュンッ!


「ぐっ!」


背後からの、音のない風の刃。


モモの肩が切り裂かれ、鮮血が舞う。


「こっちかもね?」


ザシュッ!


「あがっ!」


今度は足元。アキレス腱を狙った鋭い斬撃。


モモは回避しようとするが、見えない攻撃を避けることはできない。


どこから攻撃が来るのか、いつ来るのか、まったく予測ができないのだ。


『ああっと! これは一方的だ! モモ選手、敵の姿を捉えられない! 目に見えない恐怖! これぞサバイバーの戦い方だ! 正面から戦うだけが強さじゃない! 卑怯上等! 勝てば官軍だァッ!!』


観客席の学園生たちから、悲鳴が上がる。


「やめて! モモちゃんが死んじゃう!」


「卑怯だぞ! 姿を見せろ!」


「また2年生が負けるのか……?」


さっきまでの熱狂が、急速に冷めていく。


だが、サラの冷徹な声が、風に乗って会場中に響く。


「卑怯? 生き残るのが正義よ。馬鹿正直に姿を晒すなんて、死にたがりのすることだわ。ねえ、エコー?」


『ソウダソウダ! 死ニタガリ! 血ヲ流シテ踊レ、駄犬! もっと悲鳴を聞かせろ!』


サラの姿は完全に背景と同化していた。


精霊エコーが周囲の音波を操作して「音」を消し、さらに風の膜で光を屈折させて「姿」を消しているのだ。


完全なステルス迷彩。


単純な殴り合いなら誰にも負けないモモにとって、最も相性の悪い、最悪の天敵である。


「(……ククッ。かかったな)」


VIP席で、俺は氷が溶けたコーラを回しながら呟いた。


モニターに映るモモは、傷だらけになり、焦燥し、パニックになっているように見える。


観客も、実況も、誰もがモモの敗北を予感している。


だが、よく見ろ。


モモの瞳孔は、恐怖で見開かれていない。冷静に細められている。


彼女の尻尾は、恐怖で垂れ下がっているのではなく、獲物を狙う時のように微かに震え、リズムを刻んでいる。


「モモ。お前の演技力ブラフ、アカデミー賞ものだぞ」


あいつは、一週間の特訓で「馬鹿正直」を捨てた。


今のモモは、罠にかかったフリをして、獲物が慢心して近づいてくるのを待つ「狩人」だ。


3. 獣のブラフと、ヤンキーの鉄拳


フィールド中央。


モモは膝をつき、荒い息を吐いていた。血が絨毯に広がる。


「ハァ……ハァ……! くそっ、全然見えねぇ……! もう駄目だ……」


全身傷だらけ。誰が見ても限界だ。


見えないサラが、勝利を確信して忍び寄る気配がする。


エコーが調子に乗って、モモの耳元で囁く。


『キキキッ! 弱イ、弱イ! ハンバーグ? お前ガ挽肉ニナルンダヨォ!』


サラの声も、モモの真後ろ、至近距離から聞こえた。


「……終わりよ。獣人族のタフさは認めるけど、頭が悪すぎたわね。サヨナラ」


トドメの一撃。首筋を狙った、必殺の風の刃が振り下ろされる。


防御も回避も間に合わない距離。


誰もが目を背けた――その瞬間。


「……なんて言うと思ったか? バーカ!」


モモがニヤリと笑った。


カシャッ!


モモの腕の『幻影の篭手』が怪しく発光した。


サラの風の刃が、モモの首を切り裂く――はずだった。


だが、刃はモモの体を「すり抜け」た。手応えがない。


「なっ……!? 残像!?」


サラの驚愕の声。


そう。そこにいた「傷だらけで膝をつくモモ」は、ガントレットが作り出した**「光学迷彩の幻影」**だったのだ。


本物のモモは、攻撃を受ける寸前に脱力し、地面すれすれまで体を沈めていた。


「へへっ! 痛いフリするの疲れたぞ! おいシップウ! あのうるさいコウモリ、ぶっ飛ばしてやれ!」


モモの肩で、退屈そうにあくびをしていた不良精霊シップウが、指をポキポキと鳴らした。


「おうよ姉ちゃん! さっきから耳障りだったんだよ、あの陰気なネズミ野郎! 俺様のシマでデカイ顔すんじゃねぇ!」


『オラァァァッ!! 調子コイてんじゃねぇぞ!!』


シップウが猛スピードで突撃した。


彼は隠れていたエコーの目の前に瞬間移動すると、その巨大な耳を両手でガシッと掴んだ。


『ピギャ!? ミ、見エ……!?』


「風の匂いでバレバレなんだよ! こちとら喧嘩の年季が違げぇんだよ! 表出ろや!」


シップウはエコーを掴んだまま、ジャイアントスイングのように振り回し、地面に叩きつけた。


『ピギャァァァッ!?』


エコーが悲鳴を上げ、音波の制御が乱れる。


「消音魔法」が強制解除されると同時に、隠れていた数十匹の子分シルフたちが一斉に暴れだした。


彼らはサラの周囲の空気を乱し、その「不可視の迷彩」を物理的に剥がしにかかる。


バリバリバリッ!


「きゃあっ!?」


空気が歪み、何もない空間に人影が浮かび上がった。


驚愕に目を見開くサラと、シップウにヘッドロックを決められて白目を剥いているエコー。


「みーつけた!!」


モモの野性の瞳が、完全に獲物をロックした。


4. 必殺:幻影のファントム・ファング


「ば、馬鹿な! 私の気配をどうやって……!?」


サラが後退る。エコーは既にシップウにボコボコにされて無力化されている。最強のステルスが、暴力的な風によって剥ぎ取られた。


「匂いだよ! お前、近づく時に『勝った』と思って気が緩んでたろ! その甘ったれた匂いがプンプンしたんだよ!」


モモが地面を蹴る。


その速度は、傷ついているとは思えないほど速い。


「させるか! !!」


サラが必死に杖を振り、風の刃を放つ。


だが、モモは止まらない。


彼女は走るリズムを変えた。


イチ、ニ、サン……ではない。不規則で、予測不能な獣のリズム。


ヒュンッ!


サラの刃が、再び「モモの幻影」を切り裂く。


ガントレットが生成する残像が、サラの狙いを狂わせる。


本物のモモは、既にサラの視覚の死角サイドに回り込んでいた。


風の精霊たちが、モモの背中を押して加速させる。


「こっちだぜ、お嬢ちゃん!」


シップウがサラの眼前に現れ、サングラス越しにガンを飛ばして視界を塞ぐ。


「ひっ!?」


精霊の守りを失い、視界も塞がれたサラの無防備な横腹に、漆黒のガントレットが食い込む。


「必殺! (幻影の牙)ッ!!」


風の加速ジェットストリームと、ガントレットの質量、そしてモモの剛腕。


すべてが一点に集中した一撃。


ドゴォォォォォォンッ!!!


「が、はっ……!?」


サラの体が、砲弾のように水平に吹き飛んだ。


風を操るはずの彼女が、暴力的な風の塊となって吹き飛ばされる皮肉。


彼女は闘技場の反対側の壁まで一直線に飛び、壁にめり込んで止まった。


相棒のエコーも、きりもみ回転しながら墜落し、地面に突き刺さった。


5. 勝者と、最高級の燃料


シーン……。


会場が一瞬静まり返り、次の瞬間、爆発的な歓声に包まれた。


「すげぇぇぇ!! 見えない敵をぶっ飛ばしたぞ!!」


「あの一撃、見えなかった! 消えたぞ!?」


「モモちゃんかっこいいーー!! 精霊もヤンキーだけど強ぇぇ!!」


アヤネの時とは違う、純粋な「強さ」への称賛。


モモは拳を突き上げ、傷だらけの顔でニシシと笑った。


「勝ったぞー! コタロウ、見てたか! 俺様の『ブラフ』、最高だったろ!」


そして、彼女はVIP席に向かって、一番重要なことを叫んだ。


「約束だぞ! 今夜は特大チーズインハンバーグだかんな!!」


「おう! オレ様にも忘れんなよ大将!」


シップウもエコーを踏みつけながら、サングラスを直して叫ぶ。


「オレ様には、大将のマナから精製した純度100%の『バージンマナオイル』をよこしな! あの最高にキマるヤツをよぉ!」


VIP席で、俺は苦笑しながら親指を立てた。


「……ああ、分かっているよ。財布と俺の魔力が搾り取られるな」


シップウが要求したのは、俺が個人的に精製している超高濃度の液体マナだ。 だが、魔力ゼロの俺のマナをオイルとして定着させるには、**『空っぽの魔石ヴォイド・クリスタル』**という特殊な「器」が欠かせない。


天然の魔石が数百年の間、地下の『マナの奔流』に揉まれ続け、中身の属性が完全に削ぎ落とされて「真空」になったという、自然界のエラーでしか生まれない超希少な透明結晶。それを魔法的フィルター兼ボトルとして使い、俺のマナを濾過・熟成させるのだが、精製が完了するたびに、内部の高圧に耐えきれずクリスタルが粉々に砕け散ってしまう「使い捨て」の超贅沢品なのだ。


【AI】 解説: マスターのマナは精霊にとって『濃すぎるウイスキー』のようなものです。このクリスタルで割って不純物を濾過しなければ、精霊の脳(核)が物理的に溶けてしまいます。


精霊にとっては、人間で言うところの「最高級ヴィンテージワイン」と「ニトロ燃料」を足して割ったような、極上の嗜好品らしい。 一回の精製で王都に一軒家が建つほどのコストがかかる一滴を、あのヤンキー精霊はガブ飲みしようとしているわけだ。


モニターには、白目を剥いて壁に埋まったサラと、勝利のポーズを決めるモモとシップウ。


正直者だった獣が、狡猾な狩人へと進化した瞬間だった。


これで2年生は2連勝。


会場の空気は完全に変わった。


「2年生は弱い」という前評判は覆され、「今年の2年生はヤバい」という熱狂が渦巻いている。


だが、俺は知っていた。


次の試合こそが、本当の意味での「鬼門」であることを。


第3ブロック・第6試合。


2年生席次1位・リリス vs 3年シード・ゾッド(死霊使い)。


「(リリス……。お前の相手は、相性が最悪だぞ)」


俺は少しだけ真剣な眼差しで、モニターを見つめた。


2年生最強の炎使いであるリリス。彼女のプライド高き炎が、恐怖を知らない死者の軍勢に通用するのか。


それとも、アヤネたちが作った流れを止めてしまうのか。


(第33話 完)

【第33話:あとがき】

お読みいただきありがとうございました! 「ハンバーグの匂いの嘘」。……やっぱりモモの基準は食べ物でしたね。


今回のハイライトを振り返ると:

名演技ブラフ: 傷だらけのフリをして誘い込む、アカデミー賞級の「死んだふり」。

• ヤンキーの意地: シップウによるエコーへのジャイアントスイング。喧嘩の年季が違いました。

• 幻影のファントム・ファング: AIの計算すらバグらせる、不規則で理不尽な必殺の一撃。


これで2年生側はまさかの2連勝! 「2年生は雑魚」という前評判をひっくり返す快進撃に、VIP席でポップコーンを食べているコタロウも満足げですが……その財布(魔力)は、精製するたびに希少な『ヴォイド・クリスタル』を粉砕する報酬「バージンマナオイル」のせいで大赤字の模様です。


【次回予告】 第33.5話(幕間)『闇の精霊ネロと、紅蓮の女王の決意』 深夜、コタロウの特別寮に忍び寄る「影」。独占欲の強いネロが、シップウへの嫉妬を爆発させる!? そして、一人で戦うことを選んだリリスの「誇り」が語られます。

次回もよろしくお願いします!

【作者からのお願い】 物語を楽しんでいただけましたら、ぜひブックマークや、下の評価欄から**【★★★★★】**で応援いただけると嬉しいです。 皆様の応援パッションが、モモのハンバーグのトッピングと、コタロウの財布の回復速度に直結します!

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