Ep.40 第23話:寂れた港町の造船所:潜水艦がないなら作ればいい
【第23話:まえがき】
いつもお読みいただきありがとうございます!
前回、第22.5話では、AIの「シュレディンガーの猫」という超次元な屁理屈に完敗し、涙を流しながら不貞寝したコタロウ。しかし、そんな彼の心をさらに叩き折る**「真の悲劇」**が、翌朝の食卓で待ち受けていました。
カニを奪われ、焼き魚を奪われ、絶望の朝食を突きつけられた一行。
「美味い飯を取り戻す」という、生存本能に直結した怒りが、ついにコタロウのサボり魔としての重い腰を上げさせます。
「潜水艦がない? ならば作ればいい(そこら辺にあるもので)」
ファンタジーの世界に、DIY精神と異世界の物理演算が火を噴く!
即席潜水艦「ネモ・ウォルナット号」、爆誕の瞬間をお楽しみください!
【本文】
1. 朝食の悲劇と、死んだ港
翌朝。 高級旅館「竜宮」の最上階にある個室食事処には、窓の外の吹雪よりも冷たく、重苦しい空気が漂っていた。
「……ない」 獣人族のモモが、空っぽのメインディッシュの皿を凝視しながら、亡霊のように呟いた。 彼女の目は死んでおり、自慢の獣耳もぺたりと垂れ下がっている。
「焼き魚が……ないです。カニの鉄砲汁も……ないです。あるのは、漬物と山菜の煮付けだけ……」 テーブルの上には、確かに高級旅館らしい上品な朝食膳が並んでいる。 艶やかな白米、出汁の効いた卵焼き、自家製の漬物。どれも一級品だ。 だが、そこには決定的な「主役」が不在だった。海辺の宿ならば当然あるはずの、海の幸が一切ないのだ。
配膳係の仲居さんが、申し訳なさそうに畳に頭を擦り付けた。 「本当に申し訳ございません……! 魔物の影響で漁船が一隻も出せず、生簀の在庫も昨夜の宴会で底をついてしまいまして……」
食い物の恨みは、海よりも深い。 モモとリリスが顔を上げた。その瞳には、魔王を前にした時よりも鋭い、飢えた獣の殺気が宿っていた。
「許せません……私の楽しみだった朝の焼き鮭定食を奪うなんて……」 モモが箸をバキリとへし折る。 「そうね。リゾートに来て山菜ばかりなんて許容できないわ。美味しい朝食を取り戻すためなら、地獄の底だろうと潜って殲滅してやるわ」 リリスの手元で、小さな火の玉がメラメラと燃え上がる。
「(……やる気になってくれて何よりだ)」 俺は苦笑しながら、漬物で白飯をかきこんだ。 これで、彼女たちも「深海行き」に反対はしないだろう。我々の利害は完全に一致した。全ては「美味い飯」のためだ。
食事を終えた俺たちは、完全防寒装備で街へと繰り出した。 昨夜は暗くてよく分かったが、日中の光の下で見る港町は、その惨状をさらけ出していた。
港には無数の漁船が係留されたまま、厚い雪に埋もれている。 市場のシャッターは全て降り、看板は寒風にガタガタと揺れている。 活気あるはずの港町は、まるでゴーストタウンのように静まり返っていた。通りすがる漁師たちは皆、焚き火を囲んで暗い顔をしており、俺たち観光客(に見える一行)を物珍しそうに、そして羨ましそうに見ていた。
「……これは酷いな」 「経済が完全に止まっていますぅ。このままだと、この街の皆さんは冬を越せませんねぇ……」 アヤネが心を痛めたように眉を寄せる。聖女としては見過ごせない状況だろう。
凍てつく港の桟橋の先端に、一人の人影があった。 セレインの使いである、半透明の身体を持つ水の精霊だ。彼女は俺たちが来るのを待っていた。
「お待ちしておりました、コタロウ様一行。……状況はご覧の通りです」 精霊は悲しげに、荒れ狂う灰色の海を指差した。
「ダンジョンの入り口は、この沖合10キロ。水深500メートルの海底にあります」 俺は桟橋の柵から海を覗き込んだ。 ドス黒い波間には、鋭い背びれや、船ほどもある巨大な触手がうごめいているのが見える。 水温はマイナス。深さは500メートル。落ちれば数分で凍死、潜れば水圧で圧死、運良く生きても魔物の餌食だ。
「……なぁ、案内人さん。この世界に『海の中を進む船』ってあるのか?」 俺は淡い期待を込めて尋ねた。魔法世界だ、潜水魔法くらいあるかもしれない。
しかし、精霊は首を横に振った。 「いいえ。水上船しかありません。過去に潜水魔法で挑んだ勇者もいましたが……水深100メートルを超えたあたりで水圧に結界が耐えきれず、ペチャンコになるか、魔物の餌食になりました」
「(……つまり、詰みだ)」 俺は深い溜め息をついた。 生身は無理。船もない。魔法も通じない。 どうやって深海に行けというのだ。セレインの奴、最初から無理ゲーを押し付けやがって。
「(カンニング・【AI】。……撤退を提案する。違約金はガント親方の金で払えばいい)」 俺が脳内で弱音を吐くと、即座に冷徹な回答が返ってきた。
【AI】 解答: 却下します。契約不履行による社会的信用の失墜、および精霊王による報復(街からの追放・海鮮料理の永久剥奪)のリスクが算出されます。 「(じゃあどうしろってんだ! 泳げってか!?)」 【AI】 提案: 既存技術の応用による『即席潜水艦』の建造を推奨します。
「……潜水艦だと? このファンタジー世界で?」 俺は思わず声に出しそうになった。鉄の加工技術すら未熟なこの世界で、精密機械の塊である潜水艦など作れるわけがない。
【AI】 解説: ゼロから作る必要はありません。既存の『頑丈な船』を二つ用意し、それを上下に張り合わせれば、理論上は『密閉された殻』になります。
「……は?」 俺は耳を疑った。船を二つ張り合わせる? サンドイッチみたいに?
【AI】 補足: 通称『お椀工法』。空気の確保と耐圧さえクリアできれば、動力は精霊の力で行えます。見た目は二の次です。
「(……狂ってるな。だが、それしかねぇか)」 俺は覚悟を決めた。 コタロウ・エンジニアリング、始動だ。
2. 頑丈な船を求めて
俺たちは案内人の精霊に頼み、街外れにある造船所を訪れた。 ここも開店休業状態で、錆びついたクレーンと作りかけの船が寒風に晒されている。
「ごめんください! 親方はいますか!」 俺が作業場の扉を叩くと、奥の詰め所から、油と潮の匂いを染み付かせた頑固そうな人間の老人が出てきた。 ここの造船所を取り仕切るベテラン船大工、ゲンゴロウ親方だ。
「あぁ? なんだ学生か. 船なら出せねぇぞ. 魔物が怖くて誰も乗らねぇからな」 親方は咥えタバコで、面倒そうに手を振った.
「いや、船を借りに来たんじゃない。……作って欲しいんだ」 俺は作業台の上に、一枚のメモ書きを叩きつけた。 ここに来るまでの間、カンニング・【AI】が作成し、俺が必死に書き写した「設計図(落書き)」だ。
「はぁ? なんだコりゃ. ……船底と船底をくっつける? 船を逆さまにして蓋にするだと? ふざけてんのか?」 ゲンゴロウ親方は図面を見て鼻で笑った.
「俺たちが乗り込んで、海底まで潜るための船だ. 名付けて『潜水艦』」
「バカ言え! 鉄の塊なんぞ海に沈めたら、二度と浮いてこねぇぞ! 第一、そんな密閉したら息ができねぇ! 中の人間は窒息死か圧死だ!」
「空気は『空気生成の魔導ボンベ』を持ち込む. 浮上はバラスト(重り)のパージで行う. あんたたちは、とにかく水が漏れないように『頑丈な殻』を作ってくれればいい」
「帰んな! そんな棺桶を作る手伝いはできねぇ! 俺は船を作るのが仕事だ、水葬用の棺桶屋じゃねぇ!」 親方は聞く耳を持たない. まあ、当然だ. 常識的に考えれば自殺志願者にしか見えないだろう.
だが、ここで引き下がるわけにはいかない. 俺は懐から、切り札を取り出した.
「(……ガントの爺さんが言ってたな. 『職人ってのは、自分より上の技術を見せつけられれば黙る生き物だ』と)」 俺は先日手に入れた**【スタイラス・ワンド】**を取り出した. 指先で軽く弾くと、ペンが高速回転を始め、空中に詳細な設計図を青白いホログラムで投影した. それは【AI】が演算した、船体の強度計算、水圧分散のアーチ構造、接合部の断面図などが緻密に描かれた3Dモデルだ.
「なっ……なんだその魔法具は!? ……それに、この図面……船の骨組み計算が完璧だと……!?」 ゲンゴロウ親方の目が釘付けになる. 長年の勘が、この図面がデタラメではないことを悟ったのだ.
「俺は王都の『鉄血工房』、あのガント親方の技術顧問だ. この設計図の通りに作れば、理論上は深海500メートルの水圧に耐えられる」
「が、ガント親方の……!? 王室御用達の、あのドワーフの人間嫌いが認めたってのか!?」 親方の顔色が変わった. 職人の世界において、伝説の鍛冶師ガントの名は、絶対的な効力があるらしい.
「あ、あの頑固ジジイが認めた技術顧問……なるほど、タダの学生じゃねぇとは思ってたが……」 親方の態度が軟化した. だが、彼は渋い顔で首を振った.
「だがな、坊主. 技術的には可能でも、時間がねぇ. こんなデタラメな船、一から改造するにしても一ヶ月はかかるぞ. 板を曲げるだけでも一苦労だ」 「一ヶ月も待てない. 今日中に完成させる」 「無理だ! 人手が足りねぇ! この街の職人はみんなやる気を無くして酒浸りだ!」
「人手なら、最高の助っ人がいる」 俺が指を鳴らすと、造船所の入り口から、ゾロゾロと青白い人影が入ってきた. セレインが派遣した**【精霊調査団】**の面々だ. 彼らは皆、この氷点下の寒空の下で半袖半ズボンという姿で、手には魔力でできた工具を持っていた.
「精霊王セレイン様の勅命により、建造を手伝います」 リーダー格の精霊が敬礼する.
「せ、精霊が船大工をやるだと……!?」 ゲンゴロウ親方が腰を抜かした. 海の民にとって、精霊は崇める対象であって、一緒にトンカチを振るう相手ではない.
「セレイン様も、この事態を重く見ている. ……どうだ親方. 精霊と人間が協力して、誰も見たことのない船を作る. 職人冥利に尽きるんじゃないか?」 俺の挑発に、ゲンゴロウ親方はニヤリと笑い、ねじり鉢巻を締め直した. 「……へっ、面白ぇ. 精霊様をコキ使えるなんて機会, 二度とねぇからな. やってやろうじゃねぇか!」
3. 人間と精霊のハイブリッド造船
そこからは、常識外れの突貫工事が始まった.
「いいか! 俺の【AI】に従って動け! 誤差は1ミリも許さん!」 俺は現場監督として、スタイラス・ワンドを指揮棒のように振り回した.
【工程1:素材の調達と加工】 「木材を蒸して曲げてる時間はない! 精霊、氷魔法で強制的に型枠を作れ!」 「了解! アイシクル・プレス!」 精霊たちが冷気で鉄板や木材を一瞬で凍結・変形させていく. 人間が一日かけて行う曲げ加工が、数秒で終わる.
【工程2:接合と密閉】 「親方! 船底同士の合わせ目だ! 鋲打ちは任せた! 隙間を埋めるコーキング剤の代わりに、この『高粘度スライムの粘液』を使え!」 「おうよ! べらぼうめ、スライムを接着剤にするなんざ聞いたこともねぇ!」 ゲンゴロウ親方を筆頭に、噂を聞きつけて集まってきた街の職人たちが総出でハンマーを振るう. 精霊が支え、人間が打ち込む. 種族を超えた連携プレーだ.
【工程3:動力炉と内装】 「スクリューはいらない! 水漏れの原因になる! 後ろから精霊の水流魔法で押すからだ! その代わり、姿勢制御用のフィンをつけろ!」 「アヤネ、船内を『浄化』してカビ臭さを消せ! それと居住スペースにカーペットを敷け! 快適性は譲れん!」 「はーい! キラキラにしますぅ! おやつ置き場も作りますねぇ!」
カンカン! ギギギ! チュドーン! 鉄を打つ音、魔術の爆発音、さらに職人たちの怒号が入り混じり、死んだように静まり返っていた造船所に熱気が戻る. その熱気に誘われるように、街の人々も見物に集まってくる.
「すげぇ……. 精霊のマナで素材を強化しながら、職人の技で組み上げていく……」 「コタロウ様、なんだか楽しそうですね」 リリスが呆れたように笑う. 確かに、俺は少し興奮していた. 前世で作ったプラモデルや秘密基地作りを思い出す. ただ、スケールがデカすぎて命がけなだけだ.
そして、朝日が昇る頃. ついに「それ」は完成した.
4. 潜水艦「ネモ・ウォルナット号」、進水
造船所のドックに鎮座するのは、お世辞にも格好いいとは言えない、異形の代物だった.
二つの頑丈な漁船の船底を、無理やり上下に張り合わせた形状. 全体的に丸みを帯び、ゴツゴツとしたリベットや補強材に覆われたその姿は、巨大な**「クルミの殻」**のようだった. 継ぎ目はスライム樹脂と鉄板で厳重に塞がれ、船体にはアヤネが描いた魔除けの文様(下手くそな花の絵)と、精霊の加護が青白く輝いている.
【即席潜水艦:ネモ・ウォルナット号】
• 全長: 20メートル
• 形状: クルミ型(上下対称の船底構造)
• 動力: 水精霊による外付け水流ジェット推進
• 装備: マジックハンド(漁船の網巻き上げ機を改造)、魔導ソナー(モモの聴覚増幅器)
• 居住性: 最悪(窓なし、湿気100%、閉所感MAX)
「……不格好だな. まるで鉄のクルミだ」 俺が呟くと、ゲンゴロウ親方が煤けた顔で笑った.
「だが、頑丈さは保証するぜ. ガント親方の設計図、それも学園都市に残ったお前の従者――マリーがセレイン様の『精霊通信』を強引に中継させて親方本人と連絡を取り、この極寒の深海環境に合わせて最適化させた修正版の通りだ. 水圧分散の結界もこれ以上ないほど緻密に組み込んである. ……へへっ、まさか俺の代で『海に潜る船』を作るなんてな. いい冥土の土産になったわ」
親方は満足げに、船体をポンと叩いた. 「名前はどうするんだ、坊主?」 「**『ネモ・ウォルナット号』**だ. ……海底二万マイルの艦長の名と、この見た目そのままだよ」
「ネモ・ウォルナットか. 強そうだか弱そうだか分からんが、いい名だ」 親方はニカっと笑い、俺の背中を叩いた. 「行ってこい、学生さんよ. この街の海と、俺たちの朝飯を取り戻してくれ」
「ああ、任せとけ. ……だがその前に、ちょっと精霊王のところへ『最終報告』に行ってくる. お前らはここで待機しててくれ」
俺は不格好な鉄のクルミを眺めながら、心の中でほくそ笑んだ. (……いいか、カンニング・【AI】. この船は精霊の魔力だけで動くように調整した. おまけにマリーとガントのジジイが最適化までしてくれたんだ、理論上は俺がいなくても調査は完璧にこなせるはずだ. これからセレインを論理的に説得し、俺は地上側で優雅にバックアップ――という名の『お留守番』に回る……. これが俺の、最後にして最大のサボり計画だ!)
期待と野心を胸に、俺は雪道を蹴ってセレインの館へと向かった. 深海行きのチケットを、何としてもキャンセルするために.
(第23話 完)
【第23話:あとがき】
読んでいただきありがとうございました。
不格好な鉄のクルミ、「ネモ・ウォルナット号」。 造船所のゲンゴロウ親方の意地と、精霊たちの暴力的な出力、そしてAIの精密すぎる(無茶な)計算が生み出した、この世界初の潜水機です。
今回の見どころ:
• 食い物の恨み: モモとリリスを「修羅」に変えたのは、精霊王の命令ではなく「欠けた朝食」でした。
• コタロウ・エンジニアリング: 「お椀工法」にスライム樹脂のリベット打ち。技術顧問としての本領(?)発揮です。
• 精霊調査団の過労: 極寒の中、半袖半ズボンでデスマーチをこなす精霊たちの健気さが光ります。
さて、船は完成しました。あとは潜るだけ……なのですが。 ここで往生際の悪いコタロウが、再び「自分だけ行かない方法」を模索し始めます。
次回、第23.5話。 【幕間】船長指名:コタロウ、歴史的初の試みにハメられる
「バックアップに回るわ」というコタロウの最後のあがきを、精霊王セレインが笑顔で粉砕します。 次回もよろしくお願いします!
【作者よりお願い】
「食い物の恨みで潜水艦作っちゃうの笑った」「精霊たちのブラック労働が目に浮かぶ……」など、少しでも楽しんでいただけたら、ぜひブックマーク登録をお願いします!
また、下にある【☆☆☆☆☆】を**【★★★★★】**にして評価いただけると、ゲンゴロウ親方の二日酔いが少しだけ軽くなり、ネモ・ウォルナット号の機密性が0.5%くらいアップするかもしれません。応援よろしくお願いいたします!




