Ep.23 第12.8話:通り道が汚かったので、ついでに「聖女のお仕事(※お掃除)」をやっておいた
【第12.8話:まえがき】
前回の幕間で、カニ鍋のカロリーを消費するために深夜のダンスを踊ったアヤネたち。 おかげで体調は万全、足取りも軽くダンジョン攻略を再開します。
しかし、深層はそう簡単に通り抜けさせてはくれません。 次に一行の前に立ちはだかったのは、魔物ではなく……生理的な嫌悪感を催す「ドス黒いヘドロの海」でした。
「汚いからヤダ!」と駄々をこねる聖女アヤネ。 そんな彼女にコタロウが授けたのは、祈りの言葉ではなく「高圧洗浄」の極意!? 物理と魔法で汚れを削ぎ落とす、爽快なお掃除回の始まりです。
【本文】
1. ダンジョンの排水溝
ダンジョン生活4日目の朝。
昨夜の「カニ鍋パーティー」によるカロリー過多もなんのその、完全復活を遂げた俺たちは、いよいよ奔流の裂け目らしき光源を目指して進んでいた。
「ふんふーん♪ 今日は体が軽いよぉ!」
アヤネが、俺の作った「風車杖(骨とコウモリの羽根製)」をバトンのようにクルクルと回しながら先頭を歩く。
昨夜の深夜トレーニング(脂肪燃焼ダンス)の効果か、それともカニの滋養強壮効果か、足取りは羽が生えたように軽快だ。
リリスも眼鏡を輝かせ、手元の羊皮紙に地図を書き込んでいる。
「……素晴らしいわ。深層のマナ配列に規則性を発見した。これなら論文が3本書ける……」
モモは「朝ごはん、カニの残り汁……うまかった」と尻尾を振っている。
全員、遭難者とは思えないほどポジティブだ。
順調だ。順調すぎる。
そう思った矢先、俺たちの足がピタリと止まった。
「……うぅ、なにここ……気持ち悪い……」
目の前に広がっていたのは、視界を遮るほどドス黒い霧が渦巻く**「淀み」**のエリアだった。
頭上遥か彼方を流れる極彩色の「マナの奔流」から外れ、重く、粘り気のある澱んだ空気が溜まっている窪地。
地面はヘドロのような黒い粘液で覆われ、過去の冒険者たちのものと思われる朽ちた装備や、風化した骨が散乱している。
そして何より、空気そのものが腐った卵と古漬けをミキサーにかけて煮込んだような、強烈な悪臭を放っている。
「……解析不能。計測器の針が振り切れてるわ」
リリスが眉をひそめ、慌ててハンカチで鼻と口を覆った。
「ここは地形的に、ダンジョン全体の『底』にあたる場所ね。上の階層から流れてきた負の魔力(瘴気)や、死した魔物の汚染物質が、全て重力に従ってここに溜まっているのよ。いわば**『ダンジョンの排水溝』……いえ、『浄化槽』**ね」
モモが全身の毛を逆立てて、喉の奥でグルルルと低い威嚇音を鳴らす。
「ここ、嫌い。この霧の中、何かがいっぱいいる。……苦しそうな声がする。いっぱい、泣いてる」
どうやら、このヘドロのような霧の海を抜けないと、目指す裂け目には行けないらしい。
迂回ルートはない。一本道だ。
「いやだよぉ! 絶対にオバケ出るもん! 私、こんな汚いところ通れない!」
アヤネがその場にペタンと座り込み、子供のように手足をバタつかせて駄々をこね始めた。
「聖女の直感が言ってるの! ここに入ったら、服に匂いが染み付いて、一生お嫁に行けなくなるって!」
「(……面倒くさいな)」
俺は深く溜息をついた。
ここで足止めを食らうわけにはいかない。
俺はこめかみをトントンと叩き、脳内の相棒に問いかけた。
「カンニング・AI、解析しろ。この霧を払う最短ルートは?」
2. 精霊たちの墓場
ピコン♪
【AI】 カンニング・AI 解析完了
- 対象: 超高濃度瘴気。
- 内部解析: 瘴気の泥の中に、数万体の**「迷子の精霊」**が絡め取られ、ヘドロ化しています。
- 原因: 頭上の「マナの奔流」の激流に巻き込まれ、出口を失った精霊たちがこの窪地に溜まり、長年の腐敗によって悪霊化する寸前です。
- 除去方法: 聖属性による広域浄化および、精霊の解呪・解放。
- 難易度: Sランク(国家予算クラスの大事業)。通常、枢機卿クラスの高位聖職者が100人掛かりで数か月祈祷を行うレベルです。
「(……精霊が埋まってるのか。通りで空気が重いわけだ)」
俺は座り込んで涙目になっているアヤネを見下ろした。
枢機卿100人? いや、ここに**「世界最強の聖女」と、それを制御する「精霊界のVIP(俺)」**がいる。十分だ。
俺はアヤネの背中をバンと叩いた。
「アヤネ、立て。通れないなら、掃除すればいい」
「えっ、掃除? 箒なんてないよ? 雑巾がけするの? こんな広いところ?」
「お前にはアレがあるだろ。……**『風車杖』**を構えろ」
俺はアヤネに、あの「骨とコウモリの羽根で作ったハリボテ杖」を持たせた。
本来は夏休みの工作のような見た目だが、今は頼れる清掃用具だ。
「いいか、アヤネ。ここは**『詰まって逆流した排水溝』**だと思え。汚いから流すんだ」
「は、排水溝……!?」
アヤネが顔をしかめる。乙女に言う喩えではなかったかもしれないが、分かりやすさ重視だ。
「そうだ。お前の得意な『浄化』を、この杖を回しながら全力で放つ。俺がブーストをかけるから、お前は難しいことは考えなくていい」
「な、なにを考えればいいの?」
「**『みんな、お家に帰ろうねー』**と念じるだけでいい。迷子を家に帰す、幼稚園の先生になったつもりでやれ」
「お家に……帰す……」
アヤネが杖を握りしめる。
「わ、わかった……! 私、聖女だもん! 迷子の精霊さんたちを助けるのね!」
アヤネはおっかなびっくり立ち上がり、ヘドロの海へ向かって杖を突き出した。
へっぴり腰だが、その瞳にはやる気が宿っている。
「ええいっ! 悪いもの飛んでけぇぇぇ!! 『浄化』ッ!!」
ブンブンブンブンッ!!
アヤネが必死に風車を回す。
物理的な風圧と共に、彼女の体から膨大な聖なる魔力が放出される。
そこへ俺が、胸ポケットから愛用の**「樫の木の短杖(改)」**を取り出して【コード改変】を行う。
それは、入学初日に「長すぎて邪魔なんで切っていいっすか?」と教師を絶句させ、その場でノコギリで切断した学園指定の杖だ。
両端に鉛のテープを巻いて**「重心バランス」**を調整してあるため、一見ただの木の棒だが、回転性能は抜群に高い。
3. 業務用高圧洗浄機、起動
ピコン♪
【AI】 演算コード入力
- Source: 聖女アヤネの祈り(純度S+)
- Amplifier(増幅): ペン回しによる螺旋加速・圧縮
- Mode: 『Industrial_Wash(業務用高圧洗浄・解呪オプション付き)』
俺は短杖の回転数を極限まで上げた。指の動きが残像になる。
アヤネの放つフワフワとした優しい聖なる光を、一点に圧縮し、強力な回転を与え、空間そのものを漂白する**「高圧洗浄機」**へと変貌させる。
ギュイイイイイイイン!!!!
アヤネの杖から、魔法とは思えない、甲高い駆動音のような音が響いた。
「ひゃあああっ!? 杖が勝手にぃ!?」
杖の先端から、レーザービームのような極太の光の奔流が噴き出した。
それは霧を払い、地面のヘドロを抉り、空間を削り取る勢いで直進する。
ジュッ……ジュワワワワワッ!!
ドス黒い瘴気が、光に触れた瞬間に「断末魔」を上げる暇もなく蒸発していく。
洗浄。漂白。滅菌。
圧倒的な「聖」の暴力が、数百年蓄積された「負」を物理的に消し飛ばす。
すると。
黒い泥が弾け飛び、その中から無数の**「光の粒」**が溢れ出した。
「わぁ……!」
それは、瘴気という鎖から解放され、本来の色を取り戻した精霊たちだった。
赤、青、緑、黄金色。
泥まみれで腐りかけていた小鳥や蝶のような光たちが、洗いたての洗濯物のようにキラキラと輝きながら舞い上がる。
『ありがとー!』
『重かったよー!』
『くさかったー!』
『帰れるー!』
数万、いや数十万の精霊たちの声が響く。
アヤネには、その声が聞こえているようだ。
精霊たちはアヤネの周りを嬉しそうにクルクルと回ると、頭上を轟々と流れる「マナの奔流」へと向かう――いや、違う。
彼らは奔流の流れに乗るのではなく、弾けるように奔流の外側へと飛び出していく。
彼らは「マナの奔流」という、一度入れば二度と出られない激流の牢獄に囚われていたのだ。
それが今、アヤネの浄化によって「外壁」が突き破られ、本来あるべき静寂な世界(精霊界)への出口が開かれた。
まるで、深海から無数の泡が水面へと昇り、空気に溶けていくような幻想的な光景。
淀んで腐臭を放っていた空間が、一瞬にして高原の朝のような、清浄な聖域へと澄み渡った。
4. 奇跡の評価額
「……す、すごい。精霊たちが……解放されていくわ」
リリスが絶句し、眼鏡に映る光の乱舞を見つめている。
「マナの奔流のベクトルを無視して、次元の壁を越えている……。これだけの規模の解呪……歴史書でも見たことがないわ」
モモも嬉しそうに尻尾を振っている。
「くんくん……空気がおいしくなった。もう苦しくない。お花畑の匂いがする」
アヤネは杖を下ろし、光が消えていった虚空を見上げて大きく手を振った。
「バイバーイ! 気をつけてねー! 寄り道しちゃダメだよー!」
完全に「幼稚園の先生」の顔だ。自分が放ったのが高圧洗浄ビームだったことなど、きれいさっぱり忘れている。
ピコン♪
【AI】 カンニング・AI 評価レポート
- 結果: 「マナの奔流溜り(トーレント・プール)」の完全浄化。
- 成果: 精霊約3万4千体の救助、および精霊界への帰還ルート確保。
- 貢献度: 学園が計上していた「瘴気対策費」および「地下汚染除去費」10億ゴールド相当の削減。
- Special: 精霊界からの**「感謝スコア」**が限界突破しました。
- 備考: これは「掃除」ではありません。**「奇跡」**です。
「(……へぇ。10億か。俺の口座に振り込んでくれないかな)」
俺は肩をすくめた。
まあ、通りやすくなったからいいか。
俺の足元の影の中で、ネロが「……眩しい。……でも、綺麗」と小さく呟くのが聞こえた。
どうやら、この浄化の光は闇属性の彼女にとっても悪いものではなかったらしい(少し影が薄くなった気もするが、本人は気持ちよさそうだ)。
「よし、道は開けた。行くぞ」
「はーい! ピクニック再開だね!」
アヤネが元気に歩き出す。
俺たちは、まさか自分たちが学園の長年の悩みを解決し、さらに精霊界の大規模リストラ危機を救ったとは露知らず、「いいことしたな」とピクニック気分でボス部屋へと向かった。
これが後に、学園長室で感謝状を授与されるだけでなく、精霊王たちから**「ウチの社員がお世話になりました(高級菓子折り)」**が俺の寮の部屋に届く原因になるとも知らずに。
(第12.8話 完)
【第12.8話:あとがき】
読んでいただきありがとうございました!
「聖女の祈りを高圧洗浄ビームに変換する」。 数百年分の瘴気とヘドロを一瞬で漂白してしまったコタロウの魔改造、いかがでしたでしょうか。 本人は「通りにくいから掃除しただけ」という極めてドライな動機でしたが、その結果は以下の通り、とんでもないことになっています。
• 学園側: 10億ゴールド相当の汚染除去費用が浮いて大喜び。
• 精霊界: 3万体以上の社員(精霊)が救出され、コタロウへの信頼(重すぎる愛)がカンスト。
• アヤネ: 聖女の威厳を捨て、プロの清掃業者としての才能に目覚める(?)。
もはや「奇跡」という名の物理除菌ですが、影の中でその光を「綺麗」と感じていたネロの反応も気になるところです。
さて、綺麗になった道を進んだ先に待っていたのは、ついにこの章のラスボスです。 しかし、相手は魔法を食らう「魔喰らいの竜」。アヤネたちの天敵です。
【次回予告】 第13話『脱出しようとしたら、番人が強すぎて詰んだ』 「魔法が効かないなら、どうすればいいの!?」 絶望する一行を背に、コタロウの影から「最悪のバグ」が這い出す。 深層最強の竜 vs 執着の影精霊。 勝つのはどっちだ(コタロウの平穏はどっちにしろ死ぬ)。
次回、第2章クライマックス! お楽しみに!
【作者からのお願い】 今回の「お掃除無双」を楽しんでいただけましたら、ぜひブックマークや、下の評価欄から**【★★★★★】**で応援いただけると嬉しいです! 皆様の星が、アヤネの杖の回転数と、コタロウの清掃スキルの精度をさらに高めます!




