第10.5話:初日の夜、AIが「寝心地」について文句を言い出した
【第10.5話:まえがき】
前回の幕間で、コタロウは知らない間に「精霊界のVIP」となり、同時に「ヤンデレ精霊」にロックオンされてしまいました。
今回は時間を少し戻し、第10話の直後。 深層に落ちた初日の夜のお話です。
激闘を終え、ようやく訪れた休息の時間。 しかし、高濃度のマナが充満するこの場所では、ただ「寝る」ことさえ命がけのミッションでした。 硬い地面、迫りくるダニ、そして無意識に「安全地帯」を求めて群がるヒロインたち。
コタロウの安眠をかけた、静かで過酷な夜が始まります。
1. 深層のキャンプ・サイド
「ゴオオオオオオ……」
頭上遥か彼方を流れる極彩色の「マナの奔流」が、地響きのような重低音を立てている。
ここはダンジョンの裏側、地下100階層よりも深い奈落の底だ。
時間の感覚すら狂いそうな闇の中で、パチパチという焚き火の音だけが、唯一の安らぎだった。
俺たちが初日の野営地に選んだのは、モモの鼻が見つけた「魔物の匂いがしない岩陰」だ。
背後は切り立った断崖、前方は巨大な岩で遮蔽されており、とりあえず大型の魔獣に襲われる心配はない。
燃料にしているのは、Fクラスに支給された「武器」こと、ただの「焚き付け用の薪」だ。皮肉なことに、この産業廃棄物のような装備が、今は命を繋ぐライフラインになっていた。
「……すぅ……すぅ……」
「……んぅ……」
青白い炎のそばで、アヤネ、リリス、モモの三人は泥のように眠っていた。
彼女たちの寝顔は、平和そのものだ。だが、その身体は限界を迎えていた。
地上の100倍という魔素濃度は、魔力を持つ生物にとって猛毒に近い。
呼吸をするたびに、肺が熱い鉛で満たされるような負荷がかかる。ただそこに存在しているだけで、高山でフルマラソンをしているようなカロリーと精神力を消耗するのだ。
アビス・ウルフの群れを撃退した後、彼女たちは緊張の糸が切れたように倒れ込み、そのまま気絶するように眠りに落ちた。
「……やっと静かになったか」
俺――神木コタロウは、冷たい岩壁に背中を預け、大きく伸びをした。
身体の節々がバキバキと音を立てる。
「(俺だけ元気なのも、妙な罪悪感があるな)」
俺自身は「魔力臓器」が機能していない――つまり魔力の器が空っぽで、大気中のマナをただ素通りさせているだけだ。そのため、彼女たちを苦しめる「魔力酔い」や「内臓圧迫」とは無縁だった。
肉体的な疲労はあるが、精神的にはまだ余裕がある。
「さて、見張り番はAIに任せて、俺も寝るか……」
これからの長旅に備えて、体力を回復させなければならない。
俺はフードを目深に被り、硬い地面に横になろうとした。
その時だった。
ピコン♪
脳内で、空気を読まない電子音が鳴り響いた。
2. AIによる「寝床」の星付きレビュー
【AI】 カンニング・AI:寝具環境スキャン完了
- 対象エリア: 現在地の岩盤(半径2メートル)
- 評価: 星 0.5 (「地獄の岩盤浴」級)
「(……なんだよ、いきなり)」
俺は眉をひそめる。
【AI】 詳細レポート
- 地面の硬度: モース硬度7。コンクリートと同等です。ここで就寝した場合、翌朝の腰痛発生リスクは98%、背中の痛みが引くまでに3日を要します。
- 湿度: 85%。サウナのような蒸れ具合です。不快指数はMAXを超えています。
- 生物汚染: 半径1メートル以内に、深層特有の**『マナ・ティック(吸血魔ダニ)』および『アビス・ノミ』**を、合計 4,328匹 検知しました。
「(……ッ!?)」
俺は反射的に飛び起き、自分の体をパンパンと叩いた。
「(言うなよ! 知りたくなかったよ、そんな情報!)」
【AI】 補足
- これらの害虫は、高濃度のマナを持つ生物を好みます。魔力ゼロのマスターは「石ころ」と同義なので、刺されるリスクは低いです。
- ただし、服の中に入り込んでカサカサ動く不快感は避けられません。
「(やめろ! 具体的に想像させるな!)」
俺は総毛立つ感覚に襲われた。
見た目はただの岩場だが、ミクロの視点では害虫のスクランブル交差点らしい。
「(じゃあどうしろってんだ。ベッドなんてないし、殺虫剤もないぞ)」
【AI】 ソリューション提示
- 対策: スキル**【重力制御】**の応用。
- 方法: 身体を地面から常に「1センチ」だけ浮かせ続けることで、ダニの接触と地面の硬さを物理的に回避します。
- コスト: 一晩中、ペンを低速回転させ続ける必要があります。
「(……は?)」
俺は呆れ返った。
「(寝ながらペン回ししろってか? 器用すぎんだろ……却下だ。今日はもう指一本動かしたくない)」
【AI】 反論
- しかし、マスター。睡眠の質は翌日のパフォーマンスに直結します。
- サボりのプロフェッショナルとして、劣悪な環境で妥協するのですか?
「(うるさい。プロのサボり魔は、どんな環境でも3秒で寝るんだよ。……おやすみ)」
俺はAIの提案を無視して、強引に目を閉じた。
硬い地面? 知るか。
ダニ? 夢の中で戦えばいい。
俺の意識は、泥のような疲労感と共に沈んでいく――はずだった。
1秒、2秒、3秒……。
ズシッ。
「ぐえっ!?」
腹の上に、質量の伴う衝撃が走った。
「て、敵襲!?」
俺はカッと目を見開き、身構える。
だが、そこにいたのは魔獣ではなかった。
3. 深層の「抱き枕」戦争
薄暗い視界の中、俺の腹の上に鎮座していたのは、シノミヤ・アヤネだった。
彼女は無意識に這いずってきたらしく、俺の胸板に顔を埋めている。
「……うう……コタロウくん……」
「(おい、アヤネ。起きろ、重い)」
「……ん~……いい匂い……スーハースーハー……」
「(匂いを嗅ぐな。変態かお前は)」
彼女は完全に寝ている。
だが、俺を剥がそうとすると、華奢な腕からは想像もできないロッククライミング級の握力で、俺の服を掴んで離さない。
聖女の加護か何か知らないが、物理的に強すぎる。
「(くっ……剥がれない……!)」
俺がアヤネと格闘していると、さらなる追撃が来た。
ギュッ。
右腕を、何者かが強く抱きしめる。
「……ん……ここ、パスが通る……」
リリスだ。
彼女は俺の右腕を高級抱き枕か何かと勘違いしているらしく、頬をスリスリと擦り付けてくる。眼鏡がズレて俺の二の腕に食い込んでいるが、気にする様子もない。
「……効率的……マナ循環……良好……」
寝言まで理系的だ。
そして、トドメとばかりに。
ガブッ。
「いったぁ!?」
左足のふくらはぎに、鋭い痛みが走った。
見ると、モモが俺の足をガッチリとホールドし、甘噛みしている。
「……んむ……この肉……上質……」
「(痛い痛い! 食うな! 夢の中で狩りをするな!)」
「……じゅるり。……いただきまーす」
「(やめろ! 本気で食おうとするな!)」
俺は必死に左足を振るが、獣人の身体能力で締め上げられ、身動きが取れない。
俺は完全に拘束された。
右手はリリス、左足はモモ、胴体はアヤネ。
なんだこれ。俺は人間アスレチックか? それとも深層限定の特級呪物か?
「(おいAI! どうなってんだ! こいつら、寝てるんじゃないのか!?)」
4. 人間Wi-Fiルーターの悲哀
【AI】 原因解析
- 現象: 「マナ・スポットへの走性」
- 解説: 現在、マスターの周囲(半径50cm)は、カンニング・AIによる演算処理でマナが最適化され、不純物が濾過された**「超・快適空間」**になっています。
- 比喩: 彼女たちは、極寒の猛吹雪の中で唯一稼働している**「高性能ストーブ 兼 超高速Wi-Fiルーター」**を見つけた遭難者です。
- 結論: 生存本能が「ここから離れると死ぬ」と判断しており、無意識下で最も安全な場所(=マスター)にしがみついています。
「(……つまり、俺は人間空気清浄機ってことかよ!)」
俺は愕然とした。
彼女たちに悪気はない。ただ、生きるために必死に「呼吸しやすい場所」を求めた結果、俺というフィルターに辿り着いただけなのだ。
アヤネが俺の首筋に顔を埋め、安らかな寝息を立てる。
「……コタロウくん……あったかい……すき……」
さっきまでの苦悶の表情が嘘のように、幸せそうな顔だ。
リリスも、モモも、俺にしがみついてからは深く安定した睡眠に入っている。
「(……はぁ)」
俺は振り上げた拳(比喩)を下ろした。
こんな無防備な顔を見せられては、無理やり引き剥がして、毒ガスのようなマナの中に放り出すわけにもいかない。
だが、問題は俺の安眠だ。
【AI】 警告
- リスク: この状態(密着率90%)で長時間経過すると、以下のリスクが発生します。
1. 熱中症: 3人分の体温により、マスターの体感温度が上昇。
2. 風邪: 寝汗をかいた後の冷えによる免疫低下。
3. 魔力枯渇(彼女たち): マスターの制御なしに魔力を吸い取り続けられる可能性があります。
「(……最悪だ)」
俺は天井(に見える岩盤)を見上げた。
重い。暑い。湿気がすごい。
アヤネの柔らかい感触も、リリスの体温も、モモの尻尾のもふもふも、今の俺には「拘束具」でしかない。
「……んー……ふへへ……」
「……んぐ……むにゃ……」
三人の寝息が、サラウンドで聞こえてくる。
俺は諦めの境地で、虚空を見つめた。
「(AI。……やるぞ)」
【AI】 了解。
俺は、自由になっている**左手(利き手ではない方)**で、ペンを器用に取り出した。
指先だけで、音もなくチロチロとペンを回し始める。
ヒュン、ヒュン……。
【AI】 実行: 【局所空調制御】
- 設定: 除湿・冷房(微弱)・そよ風モード
- 範囲: 半径1メートル(4名分)
俺のペン回しによって生じた微細な気流が、熱のこもった空気を逃し、冷涼な風を循環させる。
「……ん……すずしい……」
アヤネが気持ちよさそうに身じろぎし、さらに強く俺を抱きしめた。
……逆効果だったかもしれない。
「(……俺は、何やってんだろ)」
王立精霊魔法学園でも、楽をして、サボって生きていくはずだった。
それなのに、なんで深層の底で、美少女3人に抱きつかれながら(羨ましい状況のはずなのに)、左手で必死にエアコン代わりになっているんだ。
「(……帰りたい。今すぐ家に帰って、誰にも邪魔されずに一人で寝たい)」
俺の切実な願いは、三人の寝息と焚き火の音にかき消された。
深層の夜は長い。
俺の安眠は、マナの奔流の彼方へ流されていったようだった。
(第10.5話 完)
【第10.5話:あとがき】
読んでいただきありがとうございました!
「人間Wi-Fiルーター」ならぬ、**「人間高性能エアコン」**へとジョブチェンジを強いられたコタロウ。 客観的に見れば、聖女・エリート・獣娘に囲まれた天国のような夜ですが、当の本人にとっては「3人分の熱源による熱中症リスク」と「左手一本での24時間空調管理」という、サボり魔にあるまじきブラック労働でした。
特に、以下の個性豊かな「しがみつき方」にはコタロウのSAN値も限界寸前です。
• アヤネ: 聖女級の吸引力
• リリス: 眼鏡が食い込む理論的ホールド
• モモ: 夢の中で狩りを始める甘噛み(物理)
サボりのプロとして「睡眠の質」を妥協しない【AI】とのやり取りも、もはや漫才の域に達してきましたね。
さて、そんな寝不足のまま迎える深層2日目。 魔法が封じられた彼女たちのために、コタロウがゴミ(薪)から作り出す**「小学生の工作レベルのトンデモ武器」**が炸裂します。 そして、精霊界から放たれた「最悪のヤンデレ」が、ついに彼らの背後に……。
【次回予告】 第11話『魔法を「物理」で解決したら、ヤバい精霊にストーキングされ始めた(+ハリボテ武器開発編)』 Fクラス流・泥臭いサバイバルの真髄、お見せします。
次回もよろしくお願いします!
【作者からのお願い】 この「羨ましいけど全然寝られない地獄」に共感いただけましたら、ぜひブックマークや、下の評価欄から**【★★★★★】**で応援いただけると励みになります! 皆様の評価が、エアコン役を務めるコタロウの左手の持久力に変わります!




