第6.3話:決戦前夜、闇鍋カレーと副学園長の冷ややかな視線
【第6.3話:まえがき】
いつもお読みいただきありがとうございます!
前話の図書館合宿で、脳みそが焼き切れるほど勉強したFクラス脱獄メンバーの面々。
しかし、試験の前には必ず「腹ごしらえ」が必要です。
「腹が減っては戦ができぬ」と言いますが、脱獄メンバーにおいては「食事そのものが戦い」でした。
毒持ちの魔物肉、叫ぶ植物、そして紫色のスープ。
彼らが作り出したのは、カレーという名の**「特級呪物」**。
試験会場にたどり着く前に、食中毒で全滅する危機に瀕したコタロウ。
彼が召喚した「食の助っ人」とは?
決戦前夜の、命がけの夕食タイムをお届けします。
1. 限界受験生の夕食事情
図書館での地獄の合宿から戻った夜。
決戦前日のFクラス寮は、静まり返るどころか、異臭と煙に包まれていた。
「……おい。なんだこの紫色の物体は」
共有スペースのボロボロのキッチンで、俺は鍋の中を覗き込み、戦慄していた。
そこには、ドロドロと泡立つ紫色の液体の中に、正体不明の骨と、何かの眼球が浮いていた。
「なによ。栄養価を計算して、ダンジョンの苔とマンドラゴラを煮込んだ『完全栄養食』よ」
リリスが白衣を煤で汚しながら、胸を張る。
彼女の手にはお玉ではなく、なぜかガラス棒が握られている。
「俺は肉を手に入れたぞ! さっき裏山で狩ってきた『コカトリス(猛毒持ち)』だ!」
モモが血抜きもしていない肉塊をドンと置く。
「(……こいつら、勉強はできるようになったが、生活能力が絶望的すぎる)」
俺は頭を抱えた。
明日は大事な試験だ。こんな**「特級呪物(闇鍋)」**を食べたら、試験会場ではなく病院(あるいは霊安室)に直行することになる。
「どけ。俺がやる。……と言いたいが、ここまで『汚染』が進んでいると、普通の料理じゃ無理だ」
俺はため息をつき、ポケットからペンを取り出した。
だが、今回ばかりは俺がマナを精製してまで、手伝おうという気にはなれない。これは「自業自得」というやつだ。
「おい、お前ら。自分の尻拭いは自分でしろ。魔力を出せ」
「あ? 魔力で腹が膨れるのか?」
「いいから出せ。……来い、調理の精霊『ビストロ』!」
俺がペンで空中に『召喚陣(オーダー表)』を描くと、ポンッ! という小気味よい音と共に、鍋の上から白い湯気が立ち上った。
現れたのは、コック帽を被り、赤いスカーフを巻いた、丸々と太った蒸気の精霊だった。顔には立派なカイゼル髭が生えている。
【調理の精霊:ビストロ】
- 出没場所: 精霊魔法学園の「VIP専用食堂(学園長や貴賓用)」。普段は超一流の料理にしか宿らない、高貴なグルメ精霊。
- 性格: 究極の美食家であり、不味い料理を見ると激怒する頑固親父。Fクラスの残飯など、本来なら視界に入れることすら嫌う。
- 能力: 『味覚の等価交換』。食材の毒素や雑味を、魔力を対価にして「旨味」に変換する。
「『ノン! ノン! ノン!』」
ビストロは鍋の中身を見るなり、髭を震わせて激怒した。
「『ナンダこの汚物ワ! ワタシは学園長のディナーを作る身デアルぞ! こんなスラムの餌を見せるとワ、侮辱デアル!』」と、蒸気の身体を赤くして抗議している(AI翻訳)。
「ほら、VIP専属シェフがお怒りだ。モモ、リリス。お前らの魔力で彼を満足させろ。そうすれば、このゴミが『カレー』に変わる」
「えぇ……? よく分かんねえけど、魔力を食わせりゃいいのか?」
「非論理的だけど、毒素分解プロセスを外部委託するってことね。……分かったわ」
二人はおずおずと手をかざした。
2. 究極の再構築
「うらぁッ! 燃えろ料理魂!」
まず、モモが掌から荒々しい魔力を注ぎ込む。
彼女の魔力は、特訓の成果で以前より制御されているとはいえ、やはり「火力」が強い。
「『ウィ! セボン! その熱意、悪くナイ!』」
ビストロがモモの熱い魔力を吸い込み、コック帽を膨らませる。
VIP食堂仕込みの厳しい目利きも、モモの純粋な「食いたい」という欲望(魔力)には心が動いたらしい。鍋の中のコカトリスの肉が、瞬時に解体され、毒素が高熱で焼き払われていく。
「次は私よ。……分子結合、再構成」
続いてリリスが、緻密で冷ややかな魔力を流し込む。
彼女の魔力は成分分析に長けており、マンドラゴラのえぐみや苔の臭みを、化学式レベルで分解していく。
「『トレビアン! 繊細な仕事ダ! 学園長ノ前菜ヨリ美しいカモしれん!』」
ビストロは二人の対照的な魔力を、フライ返しと泡立て器で巧みにブレンドしていく。
「『破壊』と『創造』のマリアージュ! これゾ、至高の調理法ナリ!」
カッ!!
鍋がまばゆい光を放った。
ドロドロの紫色だった液体が、黄金色に輝き、スパイシーで食欲をそそる香りが寮全体に広がっていく。
3. 束の間の団結
「……で、できた」
光が収まると、そこには完璧な煮込み具合の「特製スタミナカレー」が完成していた。
ビストロは「『メルシー! 久々にイイ仕事をした! 学園長ニ自慢してこヨウ!』」と言い残し、満足げにVIP食堂の方角へ消えていった。
「うめぇぇぇ! なんだこれ! 毒が抜けてる!」
モモが皿を舐める勢いでカレーを平らげる。
「……悔しいけど、美味しいわ。私の理論魔力と、モモの直感魔力が融合して、奇跡的なバランスを生んでいる……」
リリスもスプーンが止まらない。
俺も自分の分を一口食べた。……悪くない。いや、絶品だ。AIの計算とVIP専属精霊の技、そして二人の魔力が合わさって、高級レストランレベルの味になっている。
「食ったらすぐ寝ろよ。明日の朝一、ドーピング(ビブリオによる最終確認)をしてから会場に向かう」
俺が言うと、二人はスプーンを止めて顔を見合わせた。
「……なぁボス。俺たち、本当に勝てるのか?」
モモが不安そうに呟く。
ポーカーで勝った時のような勢いはない。やはり、学園全体からの「Fクラス差別」の圧力は、彼女たちの心を蝕んでいるようだ。
「リリスもだ。手が震えてるぞ」
「……武者震いよ。統計的に、Fクラスの合格率がほぼ0%なのは事実だもの」
俺はため息をつき、コップの水を飲み干した。
「勝てるさ。今のカレーと同じだ」
「あ?」
「毒とゴミだと思ってた材料も、使いようで極上のメシになっただろ? お前らも同じだ。混ざり合えば最強になる」
俺はボールペンを指先で回し、カチリと鳴らした。
「俺たちは真正面からは戦わない。裏口から、泥だらけになって、奴らの寝首をかく。……それがFクラスの戦い方だろ?」
二人の目に、少しだけ光が戻る。
「……へへっ。そうだな。泥仕合なら負けねえよ」
「論理的ね。不確定要素こそが、私たちの勝機」
皿が空になる頃には、彼女たちの顔から迷いは消えていた。
4. 嵐の前の静けさと、副学園長の誤解
一方その頃。
Fクラス寮の外、暗闇の中に佇む人影があった。
副学園長、マグダ・フォン・ローゼンバーグである。
彼女は明日の試験の見回りのため、不快感を隠そうともせず、この「吹き溜まり」の近くを歩いていた。
「……騒がしいですね。明日が試験だというのに」
寮の窓から漏れる、カレーの匂いと、コタロウたちの笑い声。
それを見上げたマグダの目が、冷酷に細められた。
「なるほど。どうせ受からないと諦めて、『最後の晩餐』で馬鹿騒ぎですか。……Fクラスらしい、浅ましい諦観です」
彼女の中で、Fクラスの生徒たちは「努力を放棄したゴミ」として認識されていた。
だが、そのゴミが楽しそうにしていること自体が、彼女の完璧主義的な神経を逆撫でした。
「いいでしょう。そんなに余裕があるのなら……ただの不合格では生温い」
マグダは踵を返し、本校舎の最上階を見上げた。そこには、今夜予定されている重要会議の明かりが灯っている。
「今夜の**『賢人会議(学部長会議)』**で、貴方たちに相応しい舞台を用意して差し上げましょう。……絶望という名の舞台を」
ヒールの音を高く響かせ、マグダは闇へと消えていった。
彼女はまだ知らない。
その「悪意ある提案」こそが、コタロウたちFクラスにとって、最大のチャンス(攻略ルート)に変わることを。
寮の中では、俺がふと悪寒を感じて窓を見た。
「(……なんか今、嫌な予感がしたな)」
「どうしたボス? おかわりか?」
「いや、なんでもない。……寝るぞ」
嵐の前の静けさ。
運命の会議、そして試験本番まで、あと数時間。
(第6.3話 完)
【第6.3話:あとがき】
お読みいただきありがとうございます!
「毒とゴミも、使いようで極上のメシになる」。
Fクラスの在り方を象徴するような、奇跡のカレー回でした。
調理の精霊ビストロ、VIP専用の食堂にいるような高貴な精霊ですが、対価(魔力)さえ払えば、Fクラスの闇鍋ですら絶品料理に変えてくれます。
モモの「火力」とリリスの「分析力」。
勉強だけでなく、料理でも二人の特性が噛み合いました。
これで胃袋も満たされ、あとは試験本番を待つのみ……と言いたいところですが。
外から様子を伺っていた副学園長・マグダ。
彼女は「カレーパーティー」を「諦めによる馬鹿騒ぎ」と勘違いし、静かな怒りを燃やしていました。
次回、第6.5話『悪意の晩餐会(学部長会議)』。
ただの不合格では飽き足らないマグダが、本校舎の会議室で「とんでもない提案」を行います。
試験の難易度が「ハード」から「理不尽」に変わる瞬間を目撃せよ!
次回もお楽しみに! ブックマークや評価をいただけると、コタロウの胃腸がさらに強くなります!




