みつぎもの
「姫様!」
部屋に入った女に気づき、アヴェリウスは上半身を起こそうとした。
「そのままでいいわ、アヴェリウス」
女は優雅に微笑む。
――演技だ。内心は安堵で膝が折れそうだった。
「傷は?」
「たいしたことありません。肩をかすっただけで……」
「利き腕じゃない」
右肩の包帯に、女はそっと触れた。
アヴェリウスがわずかに顔を歪める。
「よく効く薬を寄越すわ」
「ありがとうございます」
雪色の前髪の陰で、銀の瞳がいつになく揺れていた。
「情けないですね、俺。訓練でこんな怪我して。姫様にまで心配かけて」
抱き締めたい衝動を殺し、女は優しく言う。
「訓練は傷ついてこそ意味があるのよ」
「でも、これじゃ格好がつかない。隊長の息子だから注目されてるのに」
伏せた顔が、わざとらしいほど人の心を揺らす。
「前にも言ったでしょう。貴方は隊長“如き”の器じゃない。傷ついて、強くなるのよ」
本当は、怪我なんてしてほしくない。
でもそれを言えば、崩れる。
「なんでそんなに優しいんです? 本当は呆れてるんでしょう」
アヴェリウスが顔を上げる。
銀の瞳と、女の闇の瞳が重なる。
「……失礼しました。せっかく慰めてくださっているのに。僕という男は」
首を傾げ、許しを請う仕草。
女の心がざわつく。
――もっと傷つけばいい。私だけに縋ればいい。
それでも、私にだけ向ける笑顔も欲しい。
矛盾が、甘い毒みたいに女を酔わせた。
「アヴェリウス、いいものをあげるわ」
侍女に持たせていた贈り物を、女はアヴェリウスの肩にかけた。
「これは……」
「シンダービーストの毛皮よ」
神秘的な毛並みが、アヴェリウスの体に吸い付くように馴染む。
「本物だ……」
目を見開き、自分の身体を抱くようにして確かめる。
「あら。私が偽物を持ってくると思ったの?」
女は黒髪を揺らし、拗ねたふりをした。
――自分が許せる、精一杯の勇気。
「俺なんかのために、本当に手に入れてくださるなんて……」
「欲しいと言ったのは嘘だったの?」
「違う! ずっと欲しかった。冗談だと思ってたんです。姫様に迷惑をかける気はなかったから」
興奮した声が、熱を帯びる。
「嬉しいです。姫様」
不意に正面から抱きしめられ、女は固まった。
全身に伝わる温もり。耳元の吐息。
女はゆっくり腕を上げ、抱き返そうとする。
――触れようとした瞬間。
アヴェリウスは素早く離れた。
「慣れ慣れしいことを。嬉しさのあまり……」
「いいのよ。喜んでもらえて、よかったわ」
女はくるりと背を向けた。
紅く染まった顔など、誰にも見せたくなかった。




