おもいで
「影が、遊んでいるのかと思いました」
木洩れ日に溶けるような、やわらかな声だった。
幼さを残しながらも、どこか場違いな落ち着きがある。
女が振り返ると、そこに立っていたのは白い髪の少年だった。
光を跳ね返すでもなく、吸い込むでもなく、ただ淡く透過する色。
年の頃はまだ若い。おそらく見習いの剣士なのだろう。
着慣れていない制服は肩が落ち、袖もわずかに長い。
「無礼者!」
反射的に、女は声を荒げた。
地位と矜持が先に立ち、理由は後からついてくる。
だが青年は、怯まなかった。
詫びることも、視線を逸らすこともない。
ただ、花が咲くように微笑んだ。
「素敵ですよ」
その言葉に、媚も計算も感じられなかった。
事実をそのまま口にしただけの、無垢な断定。
葉の隙間から差し込む光が、白髪に絡みつく。
輪郭が溶け、存在がぼやけ、現実味が薄れていく。
あまりの眩しさに、女は言葉を失った。
怒りも、叱責も、立場さえも、一瞬で霧散する。
――美しい。
そう理解した時には、もう遅かった。
評価でも感想でもない。
それは、抗いようのない認識だった。
それが、アヴェリウスとの出会いだった。
後になって、女は何度も思い返すことになる。
あの時、背を向けていれば。
名を問わず、立ち去っていれば。
だが現実には、そうしなかった。
この瞬間から始まったのだ。
光に見せかけた影に抱かれる、
偽りの幸福が。




