ゆるし
「アヴェリウス」
背後から声をかけられ、着替えをしていたアヴェリウスが振り向いた。
「姫様。驚きました」
「ごめんなさい。いい薬ができたから、早く塗ってあげたくて」
女は天緑の鉢を抱え、薄く微笑む。
「ありがとうございます。俺のためにわざわざ」
いつもと変わらぬ、軽い調子。
それが今は、ひどく遠く感じられた。
女は近づき、そっと上着を脱がせる。
触れた指先の冷たさに、アヴェリウスが小さく身震いした。
「……染みる?」
「いえ、大丈夫です」
だが、アヴェリウスは眉を寄せる。
「いつもの薬と、匂いが違う気がします」
「……さすがね」
女の瞳が、静かに揺れた。
「今日は特製なの。不死の呪いを込めたわ」
「不死……?」
言葉の意味を測りかねている間に、
女は薬を、ゆっくりと肩へ塗り広げる。
「天緑に、乙女の血を混ぜると、不死の薬になるの」
「……それは」
気づいた瞬間、アヴェリウスは女の手を振り払おうとした。
だが遅い。
視界が歪み、膝が崩れる。
「……っ、う……」
身体の内側から、焼けつくような熱が広がる。
腕が、喉が、胸が――痛い。熱い。
「姫……様……?」
下界の者にとっての薬は、上界の者には毒。
誰もが知る、単純で残酷な理。
女は、最初からそれを知っていた。
「私を、裏切ったわね。アヴェリウス」
見下ろす声は、驚くほど穏やかだった。
「甘い言葉で私を縛って、貢物を引き出すのは楽しかった?
私の孤独に付け込むのは、さぞ気持ちがよかったでしょう」
「違う……俺は……本当に……」
震える腕が、女へ伸びる。
女は片膝をつき、その手を取った。
「もう、嘘をつかなくていい」
「助けて……ください……」
縋る声。
女は、その白い髪を撫でる。
「赦してあげるわ、アヴェリウス」
一瞬、希望が灯る。
女は微笑んだ。
「貴方が、私の手で死んだ、そのずっと後に」
シンダービーストの毛皮が、床に落ちる音がした。
それを最後に、アヴェリウスの瞳から光が消えた。




