はじまり
身分が、血筋が、どれほど尊かろうと。
この国で女の価値を決めるのは、ただ一つ――美しさだった。
黒髪の女は、深く息を吐いた。
ほとんど見ることのない鏡に映る己の顔は、今日も変わらず醜い。
わかっていたはずなのに、涙は勝手に溢れてくる。
長い髪は女の証。
けれどその髪が黒であるというだけで、女は忌み嫌われた。
この国で最も疎まれる色――闇の色。
いっそ切り落としてしまえたら、どれほど楽だろう。
だが王族の血を引く女が、死刑囚のような真似を許されるはずもない。
不幸は髪だけではなかった。
瞳もまた、夜のように黒かった。
魔物の目。
陰では、そんな囁きが飛び交っていることを、女は知っている。
燃えるような赤髪の一族の中で、なぜ自分だけがこの色を背負わされたのか。
問い詰めるべき母は、女を産むと同時に死の床についた。
「……どうして、私が」
吐き捨てるような呟きを聞きつけて、待女が視線の先に気づく。
「姫様、そろそろお休みに――」
言い終える前に、女は扇で待女の頬を打った。
「余計なことをしないで」
亜麻色の髪を鷲掴みにし、冷たく言い放つ。
「お前に、私の気持ちはわからない」
窓の外に、人影が二つあった。
男と、女。
愛しい者と、憎い者。
相反する二人が、同じ笑みを交わしている。
胸の奥が、焼けつく。
身分も低く、知性もなく、声も耳障りで――
そんな娘が、あの青年の笑顔を独り占めしている。
女の血に、赤髪の一族よりも深い憎悪が巡った。




