止まった世界で、最初に動いたもの
世界が止まった——その事実に慣れるには、数分どころか一生かかる気がした。
僕は自分の手を見つめる。指先は震えているのに、心臓は不思議なほど冷静だった。
窓の外では、小学生が自転車で立ちこぎをしたまま宙に浮いている。犬は吠える途中で口を開いたまま、風はカーテンを揺らした姿勢で固まっている。
その静寂は、不気味なのに、どこか心地よかった。
「……本当に、俺だけなのか?」
思わず口にした声は、今度はちゃんと耳に届いた。
その瞬間——背後で何かがカチリと動く音がした。
振り返ると、地下室の奥にあったはずの古い時計が、止まった世界の中でただひとつ、針を進めていた。
チ、チ、チ……
まるで僕の存在を数えているかのように。
そして、時計の文字盤に赤い光が走る。
浮かび上がった文字はこう告げていた。
「時間を動かす者には、必ず対となる“監視者”が現れる」
呼吸が詰まる。監視者? 誰だ?
僕の足音だけが地下室に響く。
そのとき、止まっているはずの玄関のドアがコン、コンと叩かれた。
「……え?」
世界が止まっているのに、誰かが——動いている?
心臓が一気に跳ね上がる。
僕は鍵を握りしめ、恐る恐る階段を上がった。
そしてドアを開けた瞬間、目に飛び込んできたのは——
時間が止まった世界で、唯一動いている“もうひとり”の存在だった。
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