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同僚③



「ねぇ…なんかこっち来てるよ」


しばらくへばっていた私を面白そうに見ていたルンバさんがふと顔を上げた。

重い身体を起こして言われた方向を見てみる。


…え。


「ええっなにあれ!!」


お城の方から大きな波がものすごい勢いでがこちらに向かって来ているのが見えた。

明らかに自然現象ではない。私達を目指している。

このままでは呑まれる。確実に水浸しに…


あっ!



ーー 『俺機械だから水ダメなんだー』



バッとルンバさんを見る。


「え、なに」


このままじゃルンバさんが…

でも今から逃げても間に合わない。

波はすぐそこまで迫っている。


こうなったら…


「ルンバさん!!」

「うわ」


私は咄嗟にルンバさんを抱き締めた。

波の方向に背を向け、このあと降りかかるであろう水から守るために。


ほぼ同時に予想通りものすごい量の水が背中側から降り注いだ。

かなりの衝撃。足に力を入れてなんとか踏ん張る。


私が潰れたらルンバさんが水浸しになる…っ

胸に抱えたルンバさんに少しでも水がかからないよう、とにかく自分に抱き寄せた。



大きな衝撃波の後、シャワーのように水が降り注いだ。流石に完璧には守れなかったかも…


「ルンバさん大丈夫ですか?」

「へ?」


硬直しているルンバさん。丸い目をぱちくりさせて私を見ている。

あれ…やばい壊れた?




「そちらの人間とサイボーグのお方」


くっついていた私達に背後から透き通るような声がかかった。

振り向くと、銀髪の大きな男性の人魚と白銀の髪の綺麗な女性の人魚がシャボン玉のような球状の水の中にゆらゆらと浮いていた。その間にはさっき助けた男の子がいる。


「え…えと…どちら様でしょうか」

「馬鹿、シプトピアの王様と王妃様だよ」

「へぇ……えっ!?」


ルンバさんが頭を下げている。

それを見た私も慌ててガバチョとひれ伏す。



「先ほどは息子を助けていただきありがとうございました」

「おねぇちゃんありがとう!」


む、息子…ってことは王子様!?


「おかげで息子が人魚化できました。なかなか泳ぎを習得出来ず途方に暮れていたのですが…ああ、なんとお礼を申したらいいか」


「いっいや!あのこちらこそ息子様のおかげで助かりましたので!全然!あのっおあいこと言いますかなんと言いますか…」

「もったいなきお心でございます。彼女も王子殿下に救われました。心よりお礼申し上げます」


テンパる私の横で冷静に言ったルンバさん。

る、ルンバさんが真面目だ…



「ではせめて人間のお方。お名前だけでも教えていただけないかしら」


王妃様の透き通るような声。まるで歌声のようだ。


「くっクールオンの吉田と申します…る」

「ヨシダ殿、この度は本当にありがとう。いつかこのご恩、お返しいたします」

「は、ははあー!」

「じゃあね!人間のお姉ちゃん!ありがとう!」


ひらりと身を翻し、水の中に消えていく3人の人魚。水が流れるようにあっという間の出来事。

その姿が見えなくなり波が落ち着いた頃、ようやく気が抜けてへたりと座り込む。


「びっくりした…」

「まさか王子殿下だったとはね」


本当世の中何があるかわかんないね。




…あの子、立派な人魚になるといいなぁ。

ルンバさんがまだ驚きが抜けきらぬ表情のまま、お城の方を見ている。


「…ねぇルンバさん」

「なに」

「やっぱり人助けって無駄なんかじゃないです。誰かのためにしたことは、巡り巡っていつか自分のためになる。この世は持ちつ持たれつだから。それを知ってるから人間ってお人好しなのかもしれません」

「……」


昔、そんなことを誰かに言われた気がするの。

まあ人間なら誰でも言いそうなことだけどね。



「うぅ寒っ今日は井戸水じゃなくてお風呂に…ああっ!」


そういえば!

バッとルンバさんに振り返る。

服が水に濡れてしなっている。


「るっルンバさん!大丈夫ですか!?」

「え、なにが」

「水!結構浴びちゃいましたよね!?」


ルンバさんより小さい私が壁になるなんてやっぱり無理だった!機械に水は御法度だよぉぉ!

金髪から滴り落ちる水を見て青ざめる。


「機械なのに水ってやばいですよね!?」

「あー…もしかしてそれで俺のこと抱きしめたの?」

「抱っ…きしめましたけども…別に他意があったわけではないですよ!水ダメだって言ってたから…」

「……」


どうしよどうしよ。ショートとかしたらやばいよ。

やっぱり壊れちゃったりしたかな…?


「無事ですか?どこか痛いですか?」


ぐっと近寄って至近距離で顔を確認する。

顔色はいつも通りだけど…でも中のことは私には…



ぐい


「ぴぇっ!」


唐突にルンバさんの手が私の腕を引き寄せた。

思わぬ衝撃に成すがままルンバさんの胸にダイブしてしまう。

ゴンっと硬い胸に額がぶつかる。さすが金属製…痛い。


いやいや!って何してんの!?


「るるるルンバさん!?なんで抱きしめてるんですか!?」

「…んー…なんだろうね」

「やっぱ壊れてる!?」

「…壊れたのかな」


ひいいいい!!

やっちまったあああ!


「ごめんなさいごめんなさい!」

「いやなんで君が謝るの?悪くないでしょ?」

「でっでも私がもっとデカければ…」

「…ふふっ」


…へ?笑った?

私を抱くルンバさんの体が小刻みに揺れた。


「なにそれ、デカくなれんの?」


る、ルンバさんが笑った…

いつもの作られたような笑い方じゃない。ちゃんと笑ってる…。



ぐっと体を離してルンバさんの顔をまじまじと見る。


「……」

「な、なんで急に黙るんだよ…顔近いし」


顔が近いのはあんたが私の腰に回した手を離さないからよ。

でも…


「ルンバさん…ちゃんと笑えるんですね」

「は?」

「あ、いや…あの私、いつもより今みたいな顔の方がいいと思います」

「え…?」

「あ、すみません!変なことを…。ていうか離してください」

「……」


離れようと身体を引くがびくともしない。

それどころか私の腰を支えるルンバさんの機械の左手が余計に引き寄せてくる。


「ルンバさん?」

「嫌」

「えっなんで!」

「君のせいで壊れたから」

「えっさっきは私は悪くないって言ったのに!?」

「まー水がかかったのは君のせいじゃないよ。てか俺水平気だし」


……は?

え?平気なの?


「普通に風呂入るし」

「はああ!?じゃなんであんなこと言ったんですか!」

「あの子供が人魚族だって知ってたから」

「それ私に言ってくださいよ!」


信じらんない!なんなの!?



…あれ?じゃあ


「なんで私のせいで壊れたんですか?」

「君が変に俺を抱きしめたりしたから」

「え…そんな強かったですか?あ…でも強かったかも…」


だって水かかったらやばいと思ったから…

え、結局私が壊したってこと?

でも仕方ないよね。善意よ?100%善意。


「はは、冗談だよ。ヨシダちゃん」

「へ?」

「ありがとう。守ろうとしてくれて」


ふわっと笑うルンバさんの金髪を風がドラマチックに揺らす。

グレーの左目と茶色い右目がバランスよく細くなる。

おわ…そういえばこの人顔綺麗だった。



「…私も、ありがとうございました」

「え?何が」

「水の中にいた時…ちょっとパニックになっちゃって…でもルンバさんの声でしっかりしなきゃって思えたので」


あの時は本当に助かった。

クソサイボーグって言ってごめんなさい。


「ルンバさんが居てくれてよかったです」



「……俺本当に壊れたかもしれない」

「え?」

「なんか…君がキラキラして見える」

「へ?エフェクトでもかかったんですか?」

「…ただの故障だったらいいんだけどね」

「どういうことですか?」

「んー?」


ルンバさんはふっと息を吐いて立ち上がった。

私の腰に回る手は離れていなかったので、そのままぐんっと私の体まで持ち上がる。


「えっ!な、なんで抱えてるんですか!降ろしてくださいよ!歩けますよ!」

「俺気に入ったものはそばに置いておくタイプだから」

「意味がわからないです!」

「いつか教えてあげる」

「えぇ?」

「さあ帰ろう!ヨシダちゃん」


爽やかに笑うルンバさん。

私を抱えたまま、バチンと眩しいウインクまでかましてきた。


「ちょっとルンバさん!?」

「捕まっててねー」


えええぇ!!

やっぱりあなた壊れてるよぉお!!


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